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木曜深夜。そして――「ヤツ」は現れた



 瑞樹の来襲など、ハプニングもあったが、本日のバイトもこれといったトラブルなく終わることができた。本日の退社時間は21時40分。


「千鶴っちゃん、今日は途中まで送って行ってやんよ」


 豊見山とは普段は帰り道が正反対の場所ゆえ、珍しい申し出だった。聞けば、明日は休みなので、ゲーム仲間の友人たちとドンチャン騒ぎをやるのだという。そこまでの道が、たまたま彰人の帰り道と一致しているのだとか。

 断る理由もなかったので、彰人は豊見山の運転する車に乗り込んだ。


「今日のカウンターに来たあのゴス少女、いや少年か。あれ、確か例の万引き犯の時の子だろ。あん時はお手柄だったなあ」

「あ、一応覚えてるんですね。あの時の事」


 こちとらとしては、親友二人をどんな形であれ、もっとねぎらってほしかったのだが。あの時の感謝には言及せず、豊見山は車を走らせる。


「千鶴っちゃんも、変わった友人ダチ多いよな」

「それは否定しないっす」


 何故か、そういうのを集めてしまう体質があるのかもしれない。

 七城尾花はもちろん、瑞樹に船尾、鈴奈……言われてみれば、同級生だけでも濃いのが多いなと改めて思う彰人。


「そういや、例の行方不明の社員な。目撃情報が出てきたぞ。今日、客が教えてくれた」


 えっ。本当ですか? 彰人は思わず聞き返した。予想以上の彰人の食いつきっぷりに「お、おう」と若干驚く豊見山。


「行方不明になって、三日目あたりの時くらいらしいがな。姿を見たっていうんだよ。ただ、様子が、尋常じゃないくらいおかしかったらしい」

「それは、どういう風に?」

「なんか、何日も食べてないくらいにゲッソリと痩せこけて、髪を振り乱し、覚束ない足取りでフラフラと進んでは止まって、進んでは止まってを繰り返していたそうだ」


 髪を振り乱し……進んでは止まって……。その様子は、ほぼあのT字路の女と一致する。やはり、彼女が、そうなのだろうか……。彰人はぞくりと、背筋を駆け上がるものを感じた。一体、彼女に何があったのだろう。

 不気味なものを感じながらも、豊見山の車は夜の街中を進んでいく。

 千鶴が御厄介になっている、親戚の千歳家までは、店から車で距離にして2km弱。歩けば25分ほど。標識の速度制限をそこそこ順守して3分弱。

たったそれだけの、何でもない道のりのはずだった。

 そう、そのはずだった—―。


「あれ? そんな道通るんですか?」

「だって、こっちのほうが近いじゃん。俺、こっち側走る時は、いつもここ通るし」

「はあ……」


 彰人と豊見山を乗せた車は、彰人のいつもの通学路を逸れた。そして草木の生い茂る、林道の闇の中に吸い込まれていく。


 ――確かに、この道を通れば、ショートカットにはなる。彰人もそれは、重々承知していた。だが、うっかり遅刻しそうになった時以外は、この道を使ったことはない。何故か。


 それはこの道が、物凄く薄気味悪いからだ。


 常に日光を遮るように鬱蒼と草木が生い茂り、物寂しい空気が流れており、近所の人間は、近寄ろうとすらしない。

 噂に曰く。女の幽霊が出たとか、神隠しにあった者がいるだとか。不審者や、精神に異常をきたした者が潜んでいる。死体が埋められていた。この場所で人が殺された。などなど、そんな物騒な噂さえある。この辺りの人間ではない豊見山は知りもしない話だろうが。


 それにしても、久々に通ったが、相変わらず気味が悪い。豊見山は車内に流れる曲に合わせて小さく鼻歌を歌うも、彰人の方は全く気がまぎれない。


 ザッ……ザザッ……。


 突如として、曲にノイズが混ざった。思わずビクリと心臓を縮み上がらせる彰人。


「お? どうした? 調子悪いのかこれ。ったく」


 首を傾げながら不満を漏らす豊見山。嫌な偶然だ。彰人の方も、不満を言いたいくらいだった。

 林道も半ばに差し掛かり、闇は深まる一方だ。それにこの異常、まるで誂えたかのようだ。何に遭遇しても全くおかしくはない。そんな雰囲気だ。それこそ、どんな魑魅魍魎にも――。


「ん……? 何だありゃ」


 人だ。人が歩いている。どうやら男のようだ。

 マジかよ、と思わず彰人は呟いた。それこそ、肝試しや罰ゲームでもない限り、こんな道を一人で歩くなんて、あり得ない話だった。

 それも、その足取りはどこか覚束ない。猫背気味に、足を引きずっているかのような足取り。よくよく見ると、小さく振り子のように体を左右にゆすりながらの歩行である。明らかに様子がおかしい。

 異常者が潜んでいる、という噂。あれは本当だったというのか。

 

(こんな光景、どこかで見たような……)


 考えるまでもなかった。T字路に立っていた、あの不気味な女だ。シチュエーションは違えど、あれと、イメージが完全に重なった。

 

「何だよ。薄気味悪ィな」


 悪態をつく豊見山。

 男に、車が近づく。時速50kmで。確実に近づいていく。

 そしてついには、隣接する――。男の顔が一瞬だけ照明に照らされた。

その瞬間、豊見山の目が大きく見開かれた。


「ひっ……ひいいいーーーッ!!!」


 車内に、豊見山の恐怖の悲鳴が響き渡った。直後、社内で倒れ込む豊見山。


「うわっ!!」


 男と隣接した時に相手と顔が合い、そこで何かを見たらしい。

 彰人は、男の顔までは、運転席の豊見山に隠れて見えていなかった。何だ。一体何を見たというのか。

 

 しかし目の前には、全く別の恐怖が接近していた。実に、時速50㎞というスピードで!


(……!! カーブだ。なのに車が減速しない!!)


 距離にして約50m。カーブの角度はほぼ90度。ここでなぜ車が減速しない!? ガードレールこそあるがそんなものは気休め。カーブを曲がれなければガードレールを突き破り、落ちたら下へと真っ逆さまだ!

 即座に運転手の豊見山に眼を向ける。すると、力なくシートに凭れる豊見山の姿が飛び込んできた。


(失神!?)


 2秒経過。カーブまであと約23m。


(ブレーキを!!)


 彰人はシートベルトに拘束されつつも、もがきながらフットブレーキを豊見山の代わりに踏む。

 3秒強経過。カーブまであと約10m弱。


(これだけじゃ止まり切れない! くそッ!)


 一か八か、彰人はほぼ本能で、ハンドルを右に切った。


「曲がれええええええ!!!」


 タイヤの悲鳴と、容赦なく襲い掛かる遠心力に揉まれる彰人。それでも、ブレーキだけは変わらずに踏み続ける。力強く踏み続ける。

 その甲斐あって、直線に入って少し進んだところで、車は停止した。

 はあー……と、今度は彰人が大きく息をつき、シートに凭れかかった。

 直進していれば、ガードレールを突き破ってその下に落ちていただろう。寿命が縮まった思いだ。

 豊見山の車が、手動のレバー式サイドブレーキではなく、足踏み式のパーキングブレーキを採用していたのは、不幸中の幸いだった。

 この手合いのブレーキは、フットブレーキに比べたら弱いと聞く。もし手動のレバー式サイドブレーキなどであれば、あの状況下だ。間違いなく目の前に飛び込んできたそれを引いていただろう。その場合は、今頃どうなっていたか……。


 と、こうしてはいられない。豊見山が気がきりだ。咄嗟に失神と判断したが、もしかしたら心臓系や、大動脈……剥離……いや乖離? 確かそんな名前だったと思うが、それ系の可能性も有り得る。確か、運転中にそれを発症し、意識を失って操作不能になった車が衝突事故を起こして、双方の運転手とも死亡したというネットニュースをみたことがある。仮に脈や呼吸、鼓動がなくなっていたら、一刻も早く、救急車を手配せねばならない。

 両方確認し、どちらも異常無いことを確認すると、彰人は豊見山に呼びかけた。




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