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夕暮れの木曜。男の娘、葵原瑞樹の来襲 その2




「……そういやその格好と言えば、去年の冬思い出すな。覚えてるだろ? ここで俺とお前と船尾、三人で大立ち回りしたの」

「あったあった。あの時、千鶴大活躍だったよね」


 凄く嬉しそうに、目を細めながら相槌をうつ瑞樹。ガワだけ見れば、ただの美少女の笑顔である。彰人は複雑な気分になってきた。取り敢えず、物凄くカワイイ。


「いや、お前らのアシストなきゃ、あれはムリだったよ。どこかで尻込みしてたと思う」


 去年の冬。彰人ら三人が一年生の時だ。

 日曜日。その日はフルタイムのシフトの日で、一時間休憩を外で取っていたら、偶然、瑞樹と船尾の連れに遭遇した。

 瑞樹は、学校祭ですっかり癖になってしまったのか、自身でメイクも覚えてその日も女装姿だった。船尾といっしょに、部の買い出しでお使いを頼まれたのだという。

 珍しく、彰人はからかうように二人に接客した。


「お客様、おデートですか?」

「うるせぇよコノヤロー。早く仕事に戻れやコラ」

「僕たち、部長に頼まれてお使いなんだ~。千鶴、色々教えてね!」


 などと、いつもの部室の調子で駄弁っているところに、彰人のPHSが鳴り響いた。

 休憩中なのにお構いなしかよ、と船尾が呆れる中、受けた連絡に、彰人の表情がピリ、と強張る。目つきを険しく、声は真剣そのものだ。先程くだらない話題で駄弁っていたのが豹変している。


「はい、はい。行けます。今日という今日は絶対に逃がしません」。


 彰人は寒い中制服を脱ぎ、ジャンパーのみを羽織る。


「おい、どうした千鶴。休憩中だろ?」

「制服脱いじゃ寒いよ?」

「……マークしてる万引き犯が来たらしい。わかってるだけで既に十数万の被害が出てるヤツだ。昼時で、休憩に入るから人手が減る時間帯狙ってきたか……。でも今日という今日は逃さねえ。今から尾行に入る」

「えっ……わかってるだけで十数万って。それ、下手すれば数十万は盗られてるんじゃ。……ひどい。許せないな」

「マジか。スゲー場面に遭遇しちまったな、瑞樹」


 彰人は無言でジャンパーを翻した。その時だった。


「待った、千鶴。僕たちも協力するよ。一緒に犯人を懲らしめよう!」

「は!? 何で」 


 言いかけたが、船尾が制した。


「今スマホで調べたらよ、現行犯なら、現場での一般人の逮捕も可能らしいぞ。幸い、俺らも私服だ。やったろうぜ」

「そうだよ。やろうよ、千鶴!」

「……わかった。歩きながらチーフに許可を取る。OKが出たら、そこからは指示に従ってくれ」


 人手が少ないからか、意外にもチーフの豊見山は「千鶴っちゃんが太鼓判を押す仲間なら、問題ねえよ」と即快諾した。

 人相の写真をスマホで確認させたあと、彰人は単独で。船尾と瑞樹はカップルを装い、マーク相手がバッグに商品を忍ばせる瞬間の尾行と監視をはじめた。船尾が彰人との連絡の受け手となり、瑞樹はスマホの録画モードで万引き犯の映像記録を残しつつ、相手を見張る。

 警戒しているのか、周囲をキョロキョロと見回す万引き犯。だが彰人や船尾、瑞樹のような無関係な子供が、店員と協力してマークし見張っているとは、夢にも思っていないようだった。船尾と瑞樹が視界に入っても、まったく警戒していない。


 そして、その時は訪れる。


(盗っ……た!!)


 彰人はスマホで船尾に即確認の電話を小声で行う。


(間違いねえ、野郎やりやがった!)

(うん。しっかり見た! 映像も残したよ!)


 もう逃がさない。かつて、おめおめと万引きを許してしまった記憶が蘇る。

 店内を物色すること十数分。追跡されているとは思っていない万引き犯を追い、豊見山を先頭に、彰人がそれに続く。店を出た瞬間、即、豊見山が万引き犯を呼び止める。


「あの、ちょっと申し訳ないんですが?」


 そこで問い詰めれば、大抵は大人しく御用となるのだが、その犯人は……なんと豊見山を振り払って、逃走した!

 体勢を崩した豊見山を見るが早いか、彰人は猛ダッシュで追跡を開始した。


「待て!」


 全速力で疾駆する彰人。

 万が一、相手が逃げた時に備えて、船尾と瑞樹には作戦が伝えられていた。二人は外で離れて待ち、退路を塞いでいる。巨漢の船尾と、女装姿の瑞樹。どちらのどの見た目でも変わらないから、道が塞がれていると、そこで一瞬でも躊躇ってくれれば、追いついたスタッフ達がその場で確保できるという算段だ。

 そして目論見通り、ほんの一瞬ではあったが、躊躇った犯人の腕を、彰人は両の腕でガッシリとホールドした。抵抗しようとも、彰人の腕はびくとも動かなかった。


「店まで一緒に来なよ。さんざん手こずらせてくれ……えっ」


 だが、そこで犯人は、彰人も想定していなかった行為に出た。

 握り拳を作ったかと思うと、彰人の顔面を殴ったのである。左手でのストレートだ。利き腕では無かったのか、威力はそれほどでもなかったが、口の中が切れ、「がふっ!!」と彰人はよろめいた。


「彰人!! ブッ殺すぞてめえーーッ!! よくもダチをやりやがったな!!」

「千鶴!! 大丈夫!? くそッ! 許さないぞ!!」


 二人が叫びながら駆けつける。瑞樹に至っては、スカートが翻り、中のレースやフリルが見えるのも気にしていない様子だ。


「……ンの野郎ッ!!!」


 彰人はよろめきながらも、今度は犯人の下半身を両腕でホールドした。何度も肘で脳天を殴打される。

 耐えろ。殴り返すことだけはできない。そうすれば、相手に有利に働く。それに、こちらだって、暴力行為の責任を追及される。そうなったら、お世話になっている千歳家へ迷惑をかけてしまう。


 ここまでされて、逃がしてなるか。ここで逃がせば、もうヤツはこの店には現れない。家宅捜索しようにも証拠は隠滅される。ここで逃がせば、全てが泣き寝入りに終わる。万引きだけなら「窃盗」だが、逃げるために暴力をふるったとあらば、それは「強盗」だ。重要犯罪だ。この世に悪の栄えたためし無し。必ず法の裁きを受けてもらう。その一心だった。


 結局、駆けつけた船尾と瑞樹、後続の豊見山達大勢の手で、万引き犯は確保された。万引きで示談で済むところを、彰人にふるった暴力の罪が重なり、立派な「強盗」に罪状が進化した。強盗の量刑の相場は五年以上の懲役、と書けば、その重さがわかるはずである(今は『拘禁刑』と名前が変わっているらしいが)。


 盗んだ工具などは、インターネットで販売するなどして利益を得ていたらしく、複数の店舗で、同様の犯行を行っていたことが発覚した。犯人の支払い能力は十分。少なくとも彰人の勤め先では、盗まれた商品はスタッフの調査ですべてリスト化されており、防犯カメラで映像付きのものも多数ある。刑事裁判のあと、民事裁判で取られた分は全て回収するとのことだ。

 


              ◆◇◆◇◆



「千鶴、ガッツと根性あるなあって、船尾といっしょに感心したよ。ただの優しいいいヤツじゃない。決断力とリーダーシップもあるって」

「照れるからやめてくれよ」


 何度も追記するが、ガワは紛れもない美少女である。声こそ少し幼さを残した高めのテノールだが。


「しかし会社も、協力してくれたお前らに金一封とかくれてやっても良くないか? なあ」

「でも、あのあと千鶴、僕達に焼肉奢ってくれたじゃん。進学のためにお金貯めてるのに……」

「いやいや。それくらいしないと、こっちの気が収まらなかったんだよ。あんな危険な作戦に、船尾はおろか、お前まで巻き込むことになるなんて」


 ――あの時。最初、外で待ち伏せるのは、船尾一人のはずだった。

 だが「僕だけ仲間外れにしないでほしいよ」と、作戦に加わることを、瑞樹がせがんできたのだった。二人で逃げ道を塞げば、戸惑わせる時間を作ることができる。そう主張したのは、他ならぬ瑞樹だった。

 だが――巨漢の船尾と、ガワは女の子の瑞樹。相手がその気なら、犯人が突進していくであるう方向は――間違いなく瑞樹の方だ。瑞樹は、女子として見れば背が高いほうだが、男子として見れば若干小柄で細身な感が否めない。


「もし、お前のところに犯人が突進していったら……お前どうするつもりだったんだよ」

「え? 最初からそのつもりで身構えてたよ?」


 あっけらかんと瑞樹は言い切った。彰人は「え?」と反射的に聞き前す。


「相手が体当たりしてくるなら、偶然ぶつかったってていでぶちかませるし。まずそこで時間を稼げる。そのあとに抵抗されても、相手にしがみついて、一秒でも、二秒でも食い止めることができれば、絶対に皆が捕まえてくれる。そう思って身構えてたさ。だって――」

 

 笑顔。しかしその顔つきに、確かな「男」の逞しさを、彰人はしっかりと見た。


「僕だって、男なんだ」


 ……ふっ。

その姿格好で言われても、と言いそうになって、彰人はやめた。危険を顧みない彼の勇気を、その目で見ているから。

 さすが、女装もっともおとこらしいあそびを嗜む男だ。面構えが違う。

 そこに、彰人のPHSが鳴る。豊見山だ。内容は、大まかに言うと「早く戻ってこいや」というお叱りの電話だった。


「やっべ。つい話し込んだ! 悪い瑞樹、それじゃあ!」


 駆け足気味にその場を去ろうとする彰人に、瑞樹は「千鶴~。お仕事頑張ってね〜」と軽く、美少女のガワの投げキッスを飛ばす。バカヤロー、お前、さっき心の中で褒めたの取り消すぞ。彰人は笑みをこぼしながら、カウンターへ戻っていった。




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