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夕暮れの木曜。男の娘、葵原瑞樹の来襲



「ありがとうございましたー」


 彰人は釣銭を客に渡した後、大きく背伸びをする。

 彰人の勤務するホームセンターでのカウンター業務は、本来なら学生バイトの業務の埒外だ。だが、そこそこの身長タッパと、豊見山に仕込まれた商品知識、難癖をつけに来る客への対応を、ビビらずに受けるその適性を見込まれて、彰人だけが、例外的に引き受けているシフトである。


 結局、すんでのところで行方不明になった女社員の代わりが見つかり、晴れて採用と相成った。これで、一応、彰人の夏休みは確保されたことになる。これはさすがに、助かった、と胸をなでおろすしかなかった。

 失踪した女社員のことは、やはり僅かながらに気にはなる。例のT字路のあの女との微妙な酷似点と併せて――。


「店員さん。お会計宜しくお願いします」

「あ、はい。今行きます……って。お前!」


 そこには、ホームセンターではまず見かけないような光景があった。

 瀟洒で黒ゴス風味な服装、黒くフリルで装飾されたスカート、黒いサイハイソックス、厚底のヒールに、化粧もバッチリ決めて彰人に微笑みをむけてきた美少女……そう、見た目「は」美少女が、彰人の目の前に立つ。黒いアームグローブまでして、手をフリフリと。

 その美少女……ならぬ美少年の名前は……葵原瑞樹。

 そう、あのほんわかとした雰囲気で、七城尾花も「王子様」と称えた、中性的な美少年の、あの瑞樹である。

 初見では、声を出さない限り、男だとは絶対に気付けないであろう。それほどの気合の入った強めのメイクと服装で、カウンター前へと立っている。

 少し緊張した面持ちで、会計を済ませる彰人。周りの大人たちがヒソヒソと、あらぬ疑いを含んだ目線でこちらを見てくる。


「お客様、ちょっと宜しいですか?」

「いいですよ~」


 彰人は葵原瑞樹を、接客すると見せかけて、とりあえず人目のつかない売り場の隅の方へ連行した。


「当たり前みたいにカウンターに、堂々と現れるんじゃないよ。驚くじゃないか」

「ふふ。今日もお疲れ様! 千鶴」

「本当に、お前は変わった奴だよなあ……瑞樹。今日はみんなもう解散?」

「うん。僕は一足先に帰ったけど。七城さんと浜倉さんはまだ残ってたかな。あの二人、昔からの友達みたいに仲いいんだよ。まだ初対面から互いに数日しか経ってないはずなのにね」


 彰人と葵原瑞樹。

 休憩時間というわけではない、限られた時間の中で、忌憚なき親友同士の会話が、展開されていく。


「……やっぱりその恰好、結構気に入ってたりする?」


 まあね。瑞樹は少し照れたように言う。


「当時は、流石に少し困惑したけどね。でも、みんなの前に出て歓声を浴びてから――何だか癖になっちゃってね。今となっては、感謝しているよ。新しい自分になれた気がして、新たな世界が開いた気がしてさ。――あ、ゴミおちてる」


 ひょい、とそれを拾い上げ、「はい」と、店員さんである彰人に手渡す瑞樹。


 葵原瑞樹。


 普段は文芸部の、癒し担当である。そして女装趣味を持つという、何とも変わった男子である。曰く「女装は、男の子しかできない、もっとも男らしい遊びなんだよ」という、インターネットで拾ってきたような格言を振りかざしながら、堂々と行うのである。男らしく。


 事のきっかけは、去年の学校祭。昔からの伝統の女装コンテストだった。これが、瑞樹の伝説の幕開けとなった。


 クラス対抗のコンテストということで、誰が適役か、男女で協議し合った結果――クラスの中で選ばれたのが、童顔かつ中性的な見た目をしている、瑞樹だった。

 他のクラスがの男子が、ノリに乗って複数人での出場だったのに対し、彰人のクラスだけ、押し付けるように瑞樹一人にその役割を背負わせたのである。最初の、瑞樹の戸惑いっぷりは相当なものだった。無理もない。女装なんて、本来は恥ずかしいものでしかないのだから。


 当時は、彰人、船尾、瑞樹の三人が全員同じクラスだった。同じ部活動に在籍する縁で繋がった間柄ではあったが、瑞樹だけが、全てを背負う形になったのが耐え切れず、彰人は「俺も」と声をあげそうになった。

 そこに待ったをかけてきたのが、何故こんな地方の小都市に生息しているのかと噂され、一級のギャルとして名を馳せていた浜倉鈴奈だった。鈴奈は休み時間に、そこにたまたま居合わせた。ただそれだけの存在だけだった。

 鈴奈は瑞樹の肩を優しく抱き、


「見とけや。コイツを、必ず学園一の美少女に仕立て上げて見せるからな」


 と豪語すると、文芸部部長である千鶴琳と協力して、瑞樹を言葉の通りに、完璧な美少女として仕立て上げたのだった。


 そして迎えた、女装コンテスト当日。

 瑞樹は、今、彰人の前に立っている完璧な美少女の姿ほぼそのままの格好で、コンテストの壇上に上がった。その時に挙がった、黄色い女子達の悲鳴と、野太いオスどもの歓声のアンサンブル。彰人は一生忘れることができない自信がある。

 女装コンテストの一位は、次点に大差をつけて瑞樹が獲得。それどころか、ミスコンでも、有効票一位の女子生徒と同等の無効票が瑞樹の名義で提出される。そのうえ、「彼女にしたい女子生徒」ランキングでも、瑞樹の名で大量の無効票が、男子から入ったという。「彼氏にしたい男子生徒」も、かなりの票を集めたとう噂もあるが、それは些事でしかない。

 その、あまりにもあまりな結果から、生徒会は、瑞樹のことを各コンテストの「殿堂入り」として称える一方で、コンテストを破壊しかねないとして事実上の出禁措置を下したのだった。この措置は、瑞樹の功績を「伝説」に押し上げるのに十分足るものだった。


「あの時、別のクラスだったのに同じ部員ってだけで親身にしてくれた浜倉さんと、声を挙げてくれた千鶴には本当に感謝したよ。本気で僕の事、考えてくれたの、部長とキミらだけだったから。あと、一応船尾くんも」

「クラスの全員が薄情に思えたからだよ。面倒な役柄を、たった一人に押し付けてさ。俺もその一人にななりたくなかった。それだけだよ」

「ふふ、そういうところだよ。千鶴」


 そんな美少女な顔で笑うなよ。中身まで美少女になり切るつもりか。どんな反応すればいいかわからないじゃないか。彰人は複雑そうに頭をかいた。



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