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木曜。ギャル鈴奈と、美女と野獣



「千鶴くんと別れてお家に帰ったら、突然お医者さんからお呼び出しがかかっちゃってさ。昨日は学校来る気満々だったのが、急遽お休みするハメになっちゃったんだ。参っちゃうよね。授業はパーになっちゃったし、ノートは借りそびれるし。あ、そうだ鈴奈。あたしにメイク新たに追加するなら、何がいい感じになると思う?」


「アンタは今のその淡いリップと、薄いチークのままでも十分カワイイぜ。自然だし、いい感じに血色、って感じがするからな。だから間違ってもスッピンでガッコに来んじゃねえぞー。せっかくの美人に、幽霊ってあだ名がつきかねねーからよ。そうなったらアンタもそうだしアタシも悲しいわ」


「さすがにスッピンで、ってのは……。こっちにも乙女のプライドってのがありますよ鈴奈さん!」


「ははは、悪ィ悪ィ。そうだなー……それでも敢えて付け加えンなら……例えば、睫毛に軽い黒や、ダークブラウン系のマスカラ入れてみるとか。顔にメリハリが出て、瞳も大きく見えると思うぜ。なんか違う……ってなったら、気軽に湯で落とせるしな。そんで、眉毛。アイブロウでササッと薄く色入れてみ? それに慣れたら、アンタにもっと似合う色ってーのを探そうぜ」


「ほえー。軽い黒系のマスカラに、眉毛をアイブロウで着色、ね。参考にしてみるよ。ありがと鈴奈!」


「礼にはおよばねーよ。こだわらなきゃー100均で売ってるような代物だしな。何でも試してみるもんさ。もし厳しいってなったら、アタシがバッチリ顔つくってやっからよ」


「七城尾花の女子力の名に賭けて、自分でできる限りやってみるけど。もしやっぱり無理ってなったら、その時は宜しくお願いします!」


「おーよ。……てか尾花、その白ニーソ可愛いけど暑くね? や、似合っちゃいるんだけどさ」


「これねー。長期療養入る前に、黒ニーソ履いて登校してる子何人か見かけたからさ、校則調べてみたわけよ。そしたら『靴下は白、黒、紺に限る』って書いてあって、長さには言及されてなかったんだよね。それで『あ、イケるわこれ』って解釈したんだ。それで、どうせ履くなら白に振り切っちゃえ!! って白ニーソにしたんだよ。黒だとさすがに日光吸っちゃうからね。でも、白ならギリギリ耐えられるよ。体育の時間はさすがに履き替えるけどさ。結局のところ、オシャレは忍耐なのです。ムッ!」


「はは。成程な。アンタ、ゲームオタクっぽいし、推してるキャラもそういうの履いてるし、納得だわ」

 

 昼時。

 七城尾花ら文芸部の二年生四人、通称「勇者一行」は、部室にて昼食をとっていた。本日も、尾花の弁当箱の中身は、相変わらず大量の白米と、色とりどりのおかず群がずらりと並ぶ。

 弁当箱の中に咲いたそれらを、七城尾花は遠慮なく箸で摘まんでは根絶やしにしていく。鈴奈は購買のパンを片手に舌を巻きながらそれを見ていた。


「ま、そんだけ食えるんなら、特に身体に別状はなかったみてーだな。てか、本当にスゲー食うなアンタ……」

「ごめんごめん鈴奈。もしかして心配かけちゃった?」

「ンーまあ多少は? 通院してるってーのは聞いてたからな。もっとも、一日がかりのモンだとは、思ってなかったけどさ。――アンタを一番いっちばん心配してたのは別のヤツだよ別のヤツ」

「『場合によってはあの子、休みの日が増えるかもしれない』なんて、盛大に気にしてたのが、一人いるんだよなあ」


 彰人の声色を真似る船尾。

船尾と鈴奈の、囃すような視線に誘導され、尾花が彰人に顔をむける。


「……何だよ。『また明日』なんて目の前で言われて、次の日来なかったら、誰でも何かあったのかって思うだろ……。俺が心配しちゃ、ダメなのかよ……」


 彰人はもごもごと口ごもり、顔を紅潮させ、視線を逸らしながら拗ねたように答えた。少し口調が荒くなっているのが、本音が漏れている感じを醸し出している。


「そっか。千鶴くんには、軽率ケーソツにあんなこと言っちゃってたもんね。ごめんっ」

「いや、軽率ケーソツって……。七城さんは悪いことなんて何一つ」

「あ……でも、そこまで心配してくれたってのは、ちょっと嬉しいかも」


 と、はにかんで笑ってみせる尾花。それに対し、一体どんな反応を返せばいいのかわからなくなり、彰人は押し黙った。


「でも、安心してよ千鶴くん。今回は『たまたま』あんなことになっちゃったかもだけど」

「いや、大事無かったなら、本当、それでいいんだ。それで」


 自分のことにせよ他人のことにせよ、すぐに物事を悪い方向に考えてしまうのは、悪い癖だなと内省する。例えそれが、彰人自身の経験から生まれた意識だったとしてもだ。

 それにしても、だ。

尾花の無事を確認出来て、すっかり意識の外に飛んでいたが――結局、あのT字路の女絡みの一連の出来事。あれは一体なんだったのか。

 未だに脳裏に強くこびりつく光景だが、彰人はこれ以上は深く考えないでおこうと思った。

 接客をしていてもそうだ。世の中には主に悪い意味で、本当に色々な人間がいる。地方の小都市ですらそう思えてしまうのがこの業界だ。あれも、その一端。それも極めてテリブルな存在なのだろう。きっとそうだ。

 こうやって尾花も元気に復帰したわけだし、今は喜んでおこう。深く考えるのは――


「――ん?」


 ――気のせいだろうか。

 相変わらず、美味そうに弁当に舌鼓をうつ尾花の姿に見えた、若干の違和感。

 最初は、部室の明かりのせいでそう見えているのかと思った。いや、たぶん錯覚である可能性が高い。


 七城尾花の髪の色が、ほんの僅かに白くなっている。


 ――そんな気がしたのだ。

 もともと真っ白な髪だろうと言われれば(本当の元々は、黒髪なのだが)それはそうなのだが。

彼女の白い髪は、色素を失った白髪ではない。若干の金色が混じる、限りなく白に近いプラチナブロンドの艶髪だ。白髪とは違う、誰もが見惚れる美しさ、その秘訣はこの若干の金色と、滑らかな艶にこそある。その金と艶が、ほんの少し……老い特有の「白」に浸食されている。そんな風に見えたのだ。

 そして肌の色も、どことなく、血色が宜しくないような……。

やはり、何か――。


(……いや、気のせい。気のせいだ。さっき悪い癖だって思った矢先にすぐこれだよ)


 彰人はそれ以上は追及を避け、黙って弁当を食べることにした。



「おっ。揃ってるね皆様方」

「ああ~腹減ったでござる……って、なんか凄いビジュアルの子おって草ァ!!」

「こら、恒くん指ささない! 件の新入部員ちゃんだよ。七城尾花さん、だったね。いやあ……噂には聞いてたけど、それにしても……」


 ほあ……とその神秘的な白さに、感嘆の声を漏らす部長。


「むう。まさしくアニメとかゲームの中の住人が、三次元に出てきたようであるな」


その連れの男の方の先輩が、何とも即物的な感想を、腕組みしながら述べる。


尾花は「お邪魔してます〜」と恭しく礼をすると、笑顔で先輩二人を出迎えた。


「お邪魔します? ふふ、水臭いではないか。チミはもうウチの構成員なのである…! ふふ…逃がしはせん…逃しはせんぞ。こんな逸材を!」


と、アニメの登場人物のような口調で指をうねらせる先輩(男)。


「あー……。まあ、ちょっと変わった子多いけど、七城さん。改めて、ようこそ文芸部へ。あなたの力作、期待してるからね!」


 はいっ! 今から腕がなります! と気合をいれる仕草の七城尾花。

 七城尾花の評に曰く、「メガネの似合う美人な部長さん」こと文芸部部長にして彰人の従姉、千歳琳ちとせ りん。少し垂れ気味の目に薄化粧、知性を感じさせる、柔らかながらもしっかりとした口調に眼鏡。身長は尾花より若干低い程度でスタイルも良く、焦げ茶色の長い髪は、後頭部で複雑そうにお団子状にまとめたものを、ヘアクリップでお洒落に留めている。  

 そして最後の一人。

 七城尾花の評に曰く、「オタクっぽい先輩」こと、島津屋恒久しまづや つねひさ。奥さんを粗末に扱ってそうな名前、と何度か言われたことがあるらしい。

 中背中肉で、天然パーマが若干かかったモジャっとした頭髪。どちらかと言うと肥満体質気味。不細工とは言わないが、特徴がない顔とでもいう顔。インターネットやアニメなどのサブカルチャーから拾ってきたような用語をそのまま口調で話す……まあ、一言でいうとちょっと痛めのオタクである。彼が何故、男子人気の高い琳と付き合えているかは、九重高校七不思議の一つである。

 彰人にとっては、子供の頃、母親の実家に帰った時に何度か遊んでもらった縁がある、一応、幼馴染……になるのだろうか。


「ちょうどよかった。今日は、夏の部内旅行の打ち合わせをやるんだけど、みんな、出れそうかな? さくらちゃんと瑞樹くんは確認取れてるけど」


 全員がOKを出す中、一人だけ「すいません部長。今日俺、バイトのシフト入ってます」彰人が軽く謝罪しながら挙手する。


「あら……。じゃああきくんは、お家で話そっか」

「すいません」

「ねえあきくん。最近、バイトのシフト入れすぎじゃない?」

「あ、夏休みで調整入れるから、金額のほうはそれで問題ないです」

「そういうこと言ってるんじゃなくって。身体を壊さないか、私心配だよ。ただでさえ力仕事が多いんだし……」


 そのやり取りを、尾花は不思議そうに見ていた。


「お家で……? 部長さんと千鶴くんは親戚だっていうのは知ってましたけど、もしや同居なさってる……?」


 琳は目線を泳がせながら


「あー。まあ、いろいろあって、ね」


 と言葉を濁す。琳の笑顔に、若干の曇りが見えた。

 そして彰人が少し遠い目をしているのを、尾花に気づかれてしまった。

 こういった特殊な家庭事情を持つ人物たちのこの反応。それは、この地域特有の「あんまり深掘りしてほしくないなあ」というサインでもある。それに尾花は気づいたようだった。

間違いなく、「五年前のあの大災害」絡みだ、と。


「おお。それより七城氏。そなたのそのストラップ、お主も『やられる』ので?」


 ス、とスマホを差し出し、ゲームのタイトル画面を見せる島津屋。

 それは明らかな助け舟だった。そして、これぞ話渡りに船とばかりに、尾花はすぐさま飛び乗った。わずかながらではあるが、彰人もそのアシストを行う。


「えっ……と……。ふ、ふっふっふっ。休学中に指ぐらいしか動かせなかったとき、ベッドの中で鍛え上げたあたしの子達は、そうそう容易くないですよ〜」

「島津屋先輩。七城さんの子たちヤバいです。ウチのメンツじゃ全く歯が立ちませんでした。相当の手練れです」

「ふぅーむむむ。面白い! 真の決闘者トレーナーは相手を選ばぬ!! 来い!!」

「いざ!」


 そこからは、ひたすら島津屋の絶叫があるだけだった。


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