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1-6

授与式が終わり、一度控え室に戻った私は、座り心地の良いソファにお行儀悪く寝そべった。



「セリナ、大丈夫?この後、まだパーティもあるのよね?」


「大丈夫じゃないです、お母様。今すぐ帰りたいです」


「こうなってしまったからには、もう、頑張るしかないぞ」


「…はい、お父様」


お父様に頭を撫でられて、気持ちが少しずつ落ち着いてくる。

こうやって人と触れ合ったのはいつぶりだろうか。邸の使用人や商会の従業員とは、良好な関係を築いているけれど、雇用関係という絶対的な一線は越えられていない。こうして両親と会うのも久しぶりだった。だから、人肌がとても心地良い。

私は、呼び出されるまでの間、両親と穏やかな一時を過ごした。




パーティの時間が近付き、ドレスに付いた皺を直してもらっていると、帝宮の侍女がやってきた。



「侯爵夫人にお会いしたいという方がいらしてますが、お通ししますか?」


「え?私に?」

私が首を傾げると、帝宮侍女は言いにくそうにしながらも、その人物の名前を教えてくれた。



「その…、シグネル侯爵様が夫人のエスコートをと…」


「ああ…、えっと、うーん」


この侍女の態度からも分かる通り、私達夫婦の不仲は有名だった。結婚してから一度も、二人揃って社交の場に出ていないのだから、当然と言えば当然なのだけど。

これはどうしたものかと、私が答えを濁していると、背後から私専属侍女達の殺気を感じた。彼女達は、リセナイア様のことが嫌いらしい。これは、エスコートを受けたら後々面倒なことになりそうだ。そう思った私は、自分に負担が掛からない道を選ぶことにした。



「ええっと、シグネル侯爵様には、エスコートは不要だと伝えてくれる?お気遣いありがとうございます、とも」

気不味そうにしている帝宮侍女に、心の中で「ごめんね」と詫びながら、私は身支度に取り掛かった。






「セリナ・イオリア伯爵様、ご入場!」


名前を呼ばれ、このパーティーの主役となる私が、ホールの大扉を潜る。堂々とエスコートなしで入場した私に、会場中から驚きの視線が突き刺さった。

きっと、シグネル侯爵夫人と呼ばせなかったことも相まって、色んな憶測が飛んでいるのだろう。単に、侯爵夫人として独りで入場する勇気がなかったから、苦肉の策で伯爵と呼んでもらっただけなのだけど。



私は、好奇の目に晒されながらも、お父様を探して、ホールの中を歩いた。すると、突然、大きな影が私の行く手を阻んだ。そして、それは、無言のまま私の前に手を差し出す。

でも、その手に見覚えのなかった私は、エスコートの申し出を素気無く断った。



「待ってくれ!」


「どちら様でしょう?あの、放して下さい。痛いです」


すれ違い様に腕を掴まれ、私は顰めっ面で振り返る。その先にあった顔は、シャンデリアの光でよく見えなかったけれど、声も雰囲気も、私の知り合いのものではなかった。



「人違いではありませんか?貴方のような無礼な方は、私の知り合いにおりませんもの」

少しきつめに言うと、私の腕を掴んでいた手は、力を失ったかのように離れていく。

私は、その隙に、無礼な人物から遠ざかった。

イライラしていた私は、周りがざわついていることに、全く気付かなかった。



それからすぐに家族を見つけた私は、なぜか複雑な顔をしているお父様とファーストダンスを踊った。その後、商会を通して知り合った夫人達と、おしゃべりに興じた。すると、いつの間にか私の周りには、挨拶に来た人の輪が生まれていた。その中に、学生時代の同級生を見つけた私は、当時言えなかった嫌味をしっかりと言い返す。集まっている人達にも聞こえるように。

これで、きっと明日からは私の噂も変わっていくだろう。この先、色々と楽しみだ。


上機嫌の私は、お酒が水のように進んだ。けれど、どれだけ酔っても、ダンスだけは誰とも踊らなかった。また、ふしだらなんて噂が出たら、たまったものではないから。貴族の世界は、どんな所に罠があるか分からないのだ。


それなりに酔いが回った私は、お父様達と早めに会場を後にした。その際、何度も話しかけてくる男性がいたような気がしたけれど、あまり記憶に残っていない。


でも、そのしつこい男性といい、今更エスコートを申し出てきたリセナイア様といい、男心はよく分からないなと、この時思ったことだけは、はっきりと覚えていた。



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