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目が覚めると、隣には、朝日に照らされて輝く美形がいた。私は、悲鳴が出そうになった口をグッと押さえて耐える。
どうして、私はリセと同じベッドで寝ているの!?
しかも、今寝ているベッドは、一人用の小さなものなので、私達はその上で身を寄せ合うようにして横になっているのだ。リセの呼吸も心音も聞こえてくる距離に、私の心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。
「おはよう、セリナ」
こちらを見下ろすリセの笑顔には、なぜか影があって怖い。久しぶり見た魔王様の威圧感に、高鳴っていた私の心臓が、キュッと縮んだ気がした。
「お、はよう、ございます、リセ。あの…、もしかして昨夜の私、貴方に失礼なことをしてしまいました?あんまり、覚えてなく、て…」
私は、リセを怒らせてしまったのだろうか。
それなら、この状況は、どうすればいい?
どう切り抜けるのが正解?
取り敢えずベッドから起き上がろうとすると、キリキリと刺すような頭痛がした。胸もムカムカする。
これは、間違いなく二日酔いだ。
大してお酒に強くもないのに、調子に乗って飲んでしまった結果だった。それだけ、昨日の私は浮かれていたのだ。
徐々に鈍った頭が回復して、昨夜の記憶が蘇ってくる。でも、所々曖昧で、思い出せそうにない。
楽しくて、ずっと何かを語っていたことは覚えているのに、その内容は欠片も覚えていないのだ。
私は、至近距離にあるリセの顔を、もう一度窺うように見つめた。
そして、そこに、くっきりと浮かんだ隈を見つける。
それがまた退廃的で、寝起きの私には刺激的だった。
「リセ、昨夜はあまり眠れなかったのですか?とても疲れた顔をしています。今からでも少し休みますか?」
私は、リセの目尻にそっと指を這わせる。すると、その手をリセに取られ、頬擦りされた。
「昨日の貴女の発言を聞いてから、眠れなくなってしまったんだ。だから、一晩掛けて色々考えた」
「えぇっと…、私、リセの眠りを妨げるような事言いました?全然、覚えていなくて…」
「そうだろうな。貴女は随分と酔っていた。だが、酔っていたからこそ、あれは本心だったのだろう?」
覚えていないから、下手に何も言えないし、言い返せない。
言い訳すら出てこない。
だから、ここは素直に謝ることにした。
けれど、それを察したリセは、私の口が開くより前に、片手でそこを塞ぐ。そして、もう片方の手で掴んでいた私の手に唇を寄せ、ゆっくりとそこに噛み付いた。
痛い!
辛うじて血は出ていないけれど、私の手首には、くっきり歯形が付いていた。
(何するんですか!?痛いです!)
口を塞がれているから、上手く言葉が出せない。モゴモゴとした音だけが口の隙間から漏れ出た。
でも、リセは、それを正確に聞き取っていた。
「マーキングだ。セリナは、私の妻だという自覚が薄いようだから、目に見える証があった方が分かりやすいだろう?」
(そんな事ありません!私にだって、侯爵夫人としての覚悟はあるんですよ!)
「本当に?」
(も、もちろん!)
挑発的なリセに負けじと、私は彼を睨みつける。勢いだけで発言してしまったけれど、こんな訳も分からない状況で、リセに負けるのは嫌だったから仕方ない。
そんな私に、リセは笑顔を向けた。真っ黒に染まった悪魔のような笑顔を。
「高位貴族の奥方の最も重要な仕事は、後継者を産むことだ。セリナには、その覚悟があるようで嬉しく思う。それに、昨晩の貴女は、私に対して愛を感じると言っていた。それは、つまり…」
リセの言わんとしている事に、身の危険を感じた私は、物理的に彼の話を止めた。今度は私が、リセの口を手でしっかり塞いで。
そして、私の口に張り付いているリセの手を剥ぎ取った。
「ストップ!ストップよ、リセ!」
昨日の私は、何をリセに言ったの!?
自分の中で曖昧に育っていた感情が、愛だとか恋だとかに分類出来て浮かれていたのは覚えている。
でも、そこから色々と飛躍し過ぎじゃないだろうか。心は浮き足立っているけれど、頭が付いていけない。
「た、確かに、シグネル家には、後継が必要ですよね!でも、ほら…、今は色々と大変じゃないですか!ネーレとその子供達も守らなくちゃいけないですし、薬害の被害者も救済しないといけません!きっと私達忙しくて、それどころじゃないですよ!」
この話を変えたくて、私は思いつく限りの言い訳を並べた。




