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「ネーレーイスは、これから色んな奴らに狙われるかもしれない。たとえ、古代種ではなくとも、あれだけ不思議な生き物だからな」
「そんな!け、警備を増やすべきかしら?いえ、それだけでは足りないわ。邸自体を改良して…、それで…」
リセの指摘に不安を感じた私は、アレをして、コレをしてと、頭の中でネーレ達を守る方法を大慌てで考える。すると、ガーゼが貼られた私の額に、リセが優しい口付けをした。
「セリナにとって一番大切なものは、『家族』なのだろうな。貴女は、学園で貶められた時には、その理不尽な状況をひたすら耐え抜き、皇帝陛下より突然下された婚姻の勅命にも、素直に従った。それは、どちらもクライブ家の家族を守るためだったはずだ。そして、今は、新たに家族に加わった猫達のため、奮闘している」
「そ、それは、私が偶々出来ることだっただけで…」
私を見つめるリセの目は、海のように神秘的に揺らめいている。その深みに嵌ってしまいそうで怖い。
「それなら、貴女のことは誰が守るんだ?貴女を慰め、癒すのは?貴女はそんなこと、考えてもいないのだろうな。だが、セリナを守る者もまた、家族であるはずだ。そして、その家族に、私もいることを忘れないでほしい」
リセが家族?
そんな事、思ったこともなかった。
けれど、その言葉がストンと心に落ちる。
リセの強引な愛情表情に絆され、私は自分でも気付かない内に淡い恋心を抱くようになっていた。でも、私は未だに、恋が理解出来ていない。確かに、私の内にそれは育っているのに。
だから、リセに家族だと言われて、やっと腑に落ちた。自分の心を分析出来た気がした。
「本当?本当に、私を守ってくれるの?支えてくれるの?私、これでも結構敵が多いのですよ?面倒事に巻き込まれることもあります。それでも良いの?」
「もちろんだ。私は、貴女の夫なのだから。どんな事があっても、貴女の側にいる」
「リセ…、あのね、私、今、とってもドキドキしているの。この溢れる想いが、『愛』なのでしょうか…」
ドキドキして胸が熱い。
恋を自覚した時よりも、ずっと重い気持ちが私の心を満たした。
「ああ、セリナ…。私を受け入れてくれるのか?私も貴女を愛してる」
「嬉しい…、これで私達、本当の…、本物の、同志ですね!」
「ん?同志?セリナ、何を言っているんだ?私達は、夫婦だろ、う?…ちょっ…待っ…」
嬉しさのあまり興奮し過ぎていた私は、リセの困惑に気付かないまま、ガサゴソと彼の腕から這い出る。そして、部屋の隅にある木箱に駆け寄り、中から一本のワインボトルを取り出した。
「フフ、今日は嬉しいことが沢山あったから、奮発しちゃいます!これ、前に手に入れた貴重なワインなんですよ。一緒に飲みましょう。私達が、猫派の同志になった記念に!ああ、嬉しいわ…。猫好きの友人は沢山出来たけれど、私の理念を本当の意味で理解して、賛同してくれる人はいなかったから。だから、こんなにも私を支えようとしてくれる存在が側にいるなんて、奇跡みたい…。しかも、それが家族だなんて…。私、とっても幸せです」
私は、水差しの隣にあった二つのコップに、ワインを並々と注いで、その一つをリセに渡した。
お行儀は悪いけれど、この部屋にワイングラスなんて繊細なものはないから、我慢してもらおう。
「これからも、よろしくね、リセ」
私は、リセが持つコップに、私のコップを優しくぶつけた。
静かな部屋にカチンと軽やかな音が響く。
その小気味の良い音に気分が乗った私は、コップの中身を一気に飲み干した。
カッと喉が焼け、お腹の中がポカポカしてくると、私の意識が鈍感していく。
その時のリセの顔が、引き攣っていたように見えたけれど、私には、その理由が分からなかった。




