2-27
静まり返った部屋に入ると、ベッドの真ん中に丸まって寝ているネーレがいた。そして、隣には、それを見守るアルが。
私の気配に気付き、こちらを見上げたネーレの顔は、とても辛そうだった。しかも、苦しそうな鳴き声まで出している。
見ている私まで、辛くなってしまった。
ネーレは、私が来るのを待っていてくれたのか、それから暫くして、本格的にお産が進んだ。そして、夜の帳が下りる頃、ネーレは、彼女そっくりな双子を産み落とした。
生まれてすぐの双子は、ネーレの乳を一心不乱に探り当てている。その姿は、とろけるくらいに可愛い。
可愛すぎて心臓に悪い。
「とても可愛いわ。頑張ったわね、ネーレ。お疲れ様」
一人で興奮していると、私の両肩に大きな手が乗った。
「セリナは、もう休んだ方がいい。まだ傷も痛むだろう?」
「そうですね。私達がいつまでもここにいたらネーレも休めませんね」
私は、ネーレをアルにお願いして、静かに部屋を出た。ちょっと名残惜しいけれど。
廊下に出ると、リール副官と獣医師が、何かを真剣に話し合っていた。窓から差し込む月明かりに照らされた彼らの顔は、安堵が浮かんでいるものの、どこか硬い気がする。
私の気のせいだろうか。
そんな彼らの前を、リセに背中を押されながら抜けていく。そして、私達は、使っていなかった客室で一息吐いた。
リセが手ずから淹れてくれたお茶が、私の疲れ切った体を癒してくれた。でも、隣に座っているリセの空気が重くて落ち着かない。
その中で、最初に言葉を発したのはリセだった。
「セリナ、驚かないで聞いて欲しいのだが…、その、ネーレーイスは…、あれは、猫じゃない」
「え?」
ネーレが猫じゃない!?
あんなに可愛いのに?
確かにネーレは大きいし、柄も珍しい。けれど、三角の耳も長い尻尾も手の肉球も、どこを見てもキャル達と同じだった。
それなのに猫じゃないの!?
猫じゃないなら、あの可愛い生き物は何!?
「ネーレーイスは、昔、シグネル領の海にいた古代種『海洋猫』だ」
「古代種!?魔法が存在した時代にいたと言われているあの古代種!?で、でも、その殆どが偽りだったと聞いたことがあります。だから、ネーレが古代種なんて、信じられない…」
「セリナが信じられないのも無理はない。だが、ネーレーイスは魔法を使っていた。古代種は、それぞれ固有の魔法を持っていたと聞く」
「ネーレが、魔法を使った!?いつ!?」
「私達が、最初に部屋へ入った時だな。私と部下に魅了の魔法を使ってきた。おそらく、ああやって外敵から身を守ってきたのだろう」
魅了……?
「ネーレに魅了されるのは、魔法のせいじゃないです。それは、あの子が魅力的だからですよ?」
私は、こてんと首を傾げた。
リセがあまりに当然のことを、魔法だなんて言うから不思議で。
すると、リセは、大きく息を吐き出し、両手で顔を覆ってしまった。ぶつぶつ何かを呟きながら。
魔法なんて夢見がちなことを言ったから恥ずかしくなってしまったのだろうか。そんなリセの仕草が可愛らしい。
私はつい、リセの頭に手を伸ばしていた。慰めるように撫でたリセの髪は、滑らかで柔らかい。フワフワのキャルの毛並みに似ている。
随分長くキャルに会っていないけれど、あの子は元気だろうか。
愛しいキャルを思い出して少ししんみりしていると、突然リセに抱き寄せられた。そして、そのまま膝の上に抱え込まれる。
もちろん抵抗したけれど、私の腰に巻き付いたリセの腕は、全く離れてくれない。
「ちょっとリセ!」
「セリナは、とんでもないものに好かれるから厄介だな」
「だから、ネーレは…」
反論しようと、リセの顔を見つめると、獰猛な光を宿した青の瞳が、私を射抜いた。




