2-26
「セリナ様!ああ、良かった!目を覚まされたんですね!」
部屋に突然、侍女が飛び込んできて、私は思わず、リセを突き飛ばしてしまった。抱き締められている姿なんて、恥ずかしくて見せられないもの。
ベッドから叩き出されたリセを、侍女は心なしか同情するような目で見ていたけれど、仕方ない。元はと言えば、同意なく私に触れたリセが悪いのだ。
「ど、どうかしたの?そんなに急いで…」
「ネーレが産気づいたと連絡がありました!」
「何ですって!?」
私は掛けていたブランケットをバサっと投げ捨てて、ベッドから抜け出した。
「セリナ!?まだ寝ていないと駄目だ!貴女は、怪我をしているんだぞ!」
私をベッドに押し留めようと、リセがこちらに腕を伸ばす。そして、ガーゼが貼られた私の額に触れた。
気付いていなかったけれど、私は怪我をしていたらしい。彼に触られた額が痛んだ。
でも、今はそれどころじゃない。私は、他の全てを後回しにしてでも、ネーレの下へ行かなければいけなかった。
「そんな時間はありません!今すぐ行かないと!」
「待て待て待て!その格好で外に出るつもりか!?」
「この上に何が羽織れば大丈夫です。道中馬車から出ませんし」
「そんなの駄目に決まっているだろう!貴女の寝衣姿は私だけのものだ!」
えっ、えぇ…。
何、それ、怖い…。
私がリセの発言に引いている内に、彼は私の支度を自ら進んでし始めた。
そして、気付くと、私はクッションが敷き詰められた温かい馬車の中にいた。服も、寝衣から動きやすいものに変わっている。
その上、私の前にはリセまでいた。
「リセ、仕事は大丈夫なのですか?色々あったから、後処理が大変なんじゃ…」
「セリナの大切な猫の一大事なのだろう?それならば、私も行かないわけにはいかない」
リセの表情は真剣で、戻る気はなさそうだった。
知らない男の人をいきなり連れてきて、ネーレは大丈夫かしら。
でも、リセのことだから、ネーレまでメロメロしてしまいそう。ネーレは雌だし。
私は、ネーレをリセに会わせたいような、会わせたくないような複雑な気持ちになった。
心地良い揺れにウトウトしていると、私達を乗せた馬車は、無事にイオリアの研究所に到着した。
私が馬車から飛び出そうとしたところをリセに止められ、抱き上げられる。
私は病人じゃないのに、過保護過ぎる。
すると、以前リールと名乗っていたリセの副官が、私達を出迎えた。おそらく馬で先に来ていたのだろう。
リール副官は、リセに抱き抱えられている私を見て、ニコニコしていた。居た堪れない。
「まだあまりお産は進んでいないようです。獣医師によれば、生まれるまで、もう少し時間が掛かると」
「そうですか…。私は、ただ待つことしか出来ませんね」
「大丈夫だ、セリナ。貴女が育てた獣医師も薬もある。きっと可愛い子供達に会えるさ」
リセに励まされ、不安な気持ちが少しだけ晴れたような気がした。
「それで、その…、ネーレーイスなのですが」
リール副官が、なぜか困惑した顔をしている。
「ネーレが何かしら?」
「その…、ネーレーイスは、猫じゃ、ありませんよね?ええっと、その…、猫と比べると随分と大きいので…。それに、あのマダラ模様には、思い当たるものがありまして…」
リール副官の歯切れが悪い。
何を言いたいのか分からない。
だから、私は、ネーレについて断言した。
「ネーレは、少し大きいけど、立派な猫よ!『にゃーん』て可愛く鳴くもの!」
「そ、そう、ですか…」
なぜかリール副官の顔が引き攣っている。私、変な事を言ったかしら?
「セリナが新しく保護した猫は、そんなに大きいのか?」
「ええ。目が海のようで、とても美しい子なの」
「それは、生まれてくる子も楽しみだな」
「ええ、とっても。それじゃあ、早速ネーレに会いに行きましょうか」
リセの腕の中にいる私は、緊張で破裂しそうな心臓を押さえた。




