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痛い。

苦しい。

死にたくない。


でも、どんなにもがいても、死神の手は私の首から離れない。


誰か、お願い、助けて…。


助けて、リセ…。



「セリナ!」



名前を呼ばれた瞬間、闇が晴れた。

そのまま導かれるように目を開けると、そこは見覚えのある部屋だった。


風を孕んだレースのカーテンが、青の壁が映える部屋の中を揺蕩っている。その光景は、まるで海の中にいるよう。

そう言えば私は、この部屋の窓から見える海を殊更気に入っていたのだった。


私は、カーテンの隙間から溢れる日の光に手を伸ばした。

すると、その手をそっと掴まれる。



「良かった、目が覚めたか…」


「リセ」


「安心していい。ここは、侯爵家の貴女の部屋だから」


私は、リセの手を借りてゆっくり体を起こし、周りを見回した。久しぶりの自分の部屋は、出て行った時と何も変わっていなかった。



帰ってきたんだ…。

ふと、私はそう思った。

あれだけ嫌いだったこの邸が、いつの間にか私の帰る場所になっていた。



「ありがとう、リセ。私を助けてくれて」


「間に合ってよかった…」


ベッドに腰掛けたリセが、優しく私の頭を撫でる。壊れ物を扱うかのように、恐る恐るといった手付きで。

その顔には、なぜか悲痛の表情が浮かんでいた。



「ど、どうしたの、リセ?もしかして、貴方も怪我をしたのですか!?」


「違うんだ、セリナ…。私は、貴女を裏切ったんだ。すまない…、本当にすまない」


突然、リセが立ち上がり、床に膝を突く。そして、何度も謝罪の言葉を口にした。



私を裏切ったとは、きっとディライラ王女のことだ。

リセは、私と離婚して、彼女を迎え入れたいのだろうか。


リセがそう思うのも仕方ない。

私のような可愛げのない女より、愛想のいい美しい王女の方がいいに決まっているもの。

でも、今はまだ、そんな話は聞きたくなかった。

そして、今更ながら自分の気持ちに気付いてしまった。


私は、リセに絆されていたらしい。

関わりたくないと、どうでもいいと思っていた人なのに、今は、離れると寂しい。

毎日のように粘着質な愛を押し付けられて、私は、いつしかこの愛を、心地良いと思うようになってしまっていたのだ。


それがたとえ偽りだったとしても。



心の何処かが決壊して、私の目に涙が溢れ出す。

その涙が流れ落ちる瞬間、体を強く引き寄せられた。私の体をリセの温かな腕が包み込んだのだ。



「泣かないで、セリナ。全ての責任は、私が取るから。どうか私に、罪を償わせてくれ」


「グスッ、…リセの、馬鹿…」


「そうだな。そんな愚かな男の話を聞いてくれるか?」


私は、抱き締められたまま、諦めの気持ちで、リセの話に耳を傾けた。






そして、私は思った。

思っていたことと違うと。


そもそも、王女とリセは恋仲ではなかったらしい。あの王女と結婚なんてありえないそうだ。私は、偽の新聞に騙されていた。


だからこの際、私のことが本当に好きなのかと、リセに聞いてみた。そうしたら、好きを通り越して、どこかに閉じ込めたいほど愛しているのだと力説された。

ここまで愛されると逆に、私の淡い恋心は引っ込んでしまう。


先程まで私が感じていた悲しみと後悔は何だったのだろう。

溢してしまった涙を返して欲しい。


私は一度、リセの腕から抜け出して、彼と真正面から向き合った。




「セリナ、本当にすまない。貴女の大切な研究に泥を塗ってしまった。私はこの手で、貴女の名誉に傷を…」


「リセ、大丈夫です。私は名誉なんて気にしていません。もう謝らないで下さい」



今回の騒動の顛末を聞いて、私にはもう一つ思った事がある。本来の囮は、私ではなく、リセだったのではないかと。

皇帝陛下は、この計画にリセを引っ張り込むために、私を表面上の囮にしたのではないだろうか。


なんだか、皇帝陛下にいいように使われているリセが可哀想になってきた。

私は、そんなリセの苦労を労るように、彼の頭を撫でた。

その手を、リセがパッと掴んで、自分の方がに引き寄せる。



「私を許してくれるのか!?」


「許すも何も、リセは何も悪くないのではないかと…」


「しかし、私は、故意に貴女の大切な研究成果を、あの女に盗ませたんだ」


「でもあの鎮痛薬、使えなかったでしょう?」


研究段階では分からなかったけれど、ネーレの出産のために作ってみたら、重大な欠陥があることに気付いたのだ。水に混ぜた状態のものに触れると皮膚が被れるという欠陥に。


副作用がないことを謳った薬なのに、そんな欠陥があったのでは使えない。だから私は、その鎮痛薬の製法を破棄し、新たなものを作り直したのだ。



「あの鎮痛薬が未完成だった結果、王女の罪を炙り出せたけれど、同時に、薬害の被害者も出してしまいました。それは、私の責任でもあります。だから、このままにはしておけません」


「セリナ…、貴女は本当に優しいな。どうか、私にも手伝わせてくれ」


「貴方が協力してくれたら助かります。よろしくね、リセ」


「ああ」


二人で頷き合うと、なぜか再びリセに抱き締められた。





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