リセナイア 15
最速で邸に戻ると、リールから伝言を受け取っていたシグネルの騎士が、入り口前で待機していた。
私もそのままエントランスで最低限の支度を整える。
すると、影のまとめ役である諜報部の長が、私に頭を下げた。
「奥様を守れず、申し訳ありません。部下の教育不足は、私の失態でございます」
「謝罪はいい。それよりも、情報が欲しい。セリナは今どこにいる?」
「奥様は、イオリア領とシグネル領の間の森で、馬車を乗り換えさせられた後、シグネル港に停泊中の船に監禁されています」
「彼女は、無事なのか!?怪我は!?」
「はい、奥様は無事です。どうやらこの計画は、フレイア王国の外務大臣が、王女を隠れ蓑にして立てたもののようです。美しく秀才な奥様に惚れたのでしょう。以前から奥様のことを手に入れたいと周囲に漏らしていたそうです。ですから、今は丁重に扱われているはずです」
「は!?あのハゲ!私の愛する妻に手を出すつもりだったのか!?絶対にタダじゃおかない!死よりも残酷な苦痛を味合わせてやる!」
抑えきれなくなった怒りが、殺気に変わってエントランスに広がる。待機していた騎士達が、私の殺気に当てられ、苦悶の表情を浮かべていた。
それでも、この怒りを、私はどうすることも出来なかった。
「当主、奥様の下には、ライリーがいます」
諜報部長の口からライリーの名が出たその瞬間、私の中で激しく燃え上がっていた怒りが、冷え冷えとした凍てつく怒りに変わる。
私は心のどこかで、ライリーの無実を信じていたのだろうか。
ライリーとリールと私、三人の幼い頃の思い出が、心に映し出されては凍りついてバラバラに砕けていく。
そして、私の中で完全に、ライリーは敵となった。
「そうか。ライリーは、フレイアに渡って、私の敵になったのだな…」
「…当主、どうか、お気を付けて」
頭を下げる諜報部長の横を通って、私は邸を出る。そして、腰に愛剣を佩き、騎士を率いて港に向かった。
さあ、全ての敵を斬り伏せ、愛する妻を迎えに行こう。
現在、出航する船に制限をかけているせいか、港は、いつもより人が少なかった。
その中を、私は馬で疾走する。目的の船は、もう眼前に見えていた。
その船の周りでは、荒くれ者のような見た目の男達と港の管理官が揉めている。管理官が、既に碇を上げている船を引き留めているようだった。
私は、そこを馬に乗ったまま突破する。
タラップを上がったその時、私を呼ぶセリナの声が聞こえた気がした。
その声が、助けを求めているように思えて、私は、急いで船内を駆け上った。
そして、甲板に出た先で見た光景に、体が反射的に動く。
私は、横たわるセリナの上に馬乗りになっている男を蹴り飛ばした。
「セリナ!」
「ゴホッゴホッ」
「もう大丈夫だ。大丈夫だから…」
激しく咳き込むセリナの背を撫で、彼女の華奢な体を抱き上げた。
頭を打ったのか、セリナの額からは血が流れ、首には絞められた痕がくっきりと残っていた。
「…リセ?」
「遅くなってすまない、セリナ」
「うんん、来てくれて、ありがとう」
セリナは、笑みを浮かべると、そのまま意識を失ってしまった。その痛々しい姿に、胸が軋む。
もっと早く駆けつけていれば…。
そもそも私が側を離れなければよかったのだ。
私の中に後悔だけが募っていく。
その激しい後悔と怒りを、目の前で蹲っている男に向けた。
「ライリー…、お前は、私の逆鱗に触れた。覚悟は出来ているな?」
「何で…、何で、何で!みんなその女の味方をするんだよ!その女がいなくなれば、元通りになれるのに!」
「セリナは私の最愛。手放すなんてことは、未来永劫ない」
「クソッ、クソッ!もういい。みんな殺してやる!僕を認めない奴なんていらない!」
憎悪が籠った目で私を睨みつけたライリーは、近くに落ちていたナイフを拾って私に向ける。そして、その切先をこちらに向けたまま、突進してきた。
そんなライリーに、私も剣を抜いた。
セリナをしっかりと抱き締め直して。
そして、そのナイフごと、ライリーの腕を切り落とした。
剣越しに不快な感覚を受け取った直後、ライリーの絶叫が辺りにこだまする。
海風に乗った血の匂いを少しでもセリナに付けたくなくて、私は一歩二歩とライリーから距離を取った。
すると、船内を制圧した騎士が、私の下へ駆けつけてきた。
私は、痛みにのたうち回るライリーを冷めた目で見下ろした後、セリナを抱え直し、足早に船から出ていった。




