リセナイア 11
侯爵家自慢の大ホールで、皇帝陛下を招いたパーティーを開催した。
陛下のシグネル領視察は、このパーティーで幕引きとなる。そのため、この度のパーティーは、家門の地方貴族や馴染みの商人を招き盛大なものを催した。
その煌びやかな雰囲気の中、一際美しく輝いていたのは、私の妻セリナだった。
私と対で作った彼女の衣装には、ふんだんに私の色が使われている。私の色に染まったセリナを見ていると、私の独占欲が酷く刺激された。
多少のトラブルはあったものの、パーティーは順調に進んでいった。
そのトラブルで、私に馴れ馴れしく接してきた親族の娘に、セリナがヤキモチを焼いてくれなかったことは、非常に残念であったが。
今の関係が変わっていけば、いつかは、嫉妬心を抱いてくれるだろうか。
不貞腐れているセリナを慰めてみたい。
それから私は、密かに楽しみにしていたダンスに、セリナを誘った。恥ずかしくも、気障なセリフを付けて。
ホールの中央を可憐に舞うセリナは、天使のように美しく、妖精のように妖艶だった。
私の鋼の理性が、溶かされてしまうほどに。
欲を持て余した私は、彼女にちょっとしたイタズラを仕掛けた。そんな私に、セリナが可愛らしい口付けを落とす。
私の額に落ちた口付けは、彼女にとって無意識の行動だったのだろう。その後、大慌てで取り繕ってきた。
無防備な私の妻は、なんて愛らしく、それでいて浅はかなのだろう。
こんな事をすれば、益々私につけ込まれるというのに。
私は、混乱しているセリナを抱えて、堂々とパーティー会場を後にした。これで、私達仲にとやかく言う者はいなくなるだろう。
私は上機嫌でセリナを彼女の部屋まで運んだ。
今夜も自分のテリトリーに彼女を引き摺り込む準備を整えていると、忍ぶようにして皇帝陛下の侍従がやってきた。そして、すぐに来るよう指示を受ける。
私は、仕方なくその侍従の後について行った。
渋々入った貴賓室には、寛いだ様子の陛下が私を待っていた。それ以外には、誰もいない。私を連れてきた侍従も、早々に部屋から出て行った。
「単刀直入に言おう。侯爵、其方の妻を囮にして、青真国との単独貿易を勝ち取りたい。協力してくれるな?」
「お断りします。妻を囮になど出来るわけがありませんので」
「なに、囮と言っても、危険はない。正確には、彼女の研究を囮にして、相手を陥れたいだけだ」
「その相手はフレイア王国ですか?」
私の質問に皇帝陛下は、ニヤリと笑ってみせた。
東洋大陸にある青真国との貿易は、陛下にとって長年の悲願であった。その協定が、やっと締結されるその時、横槍を入れてきた国がいた。隣国のフレイア王国だ。
フレイア王国は、安全な自国の海域を使うよう秘密裏に青真国と連絡を取っていたのだ。自分達の軍が護衛も務めるからと。
その結果、我が国と青真国の貿易に、フレイア王国も参加することになってしまった。
しかし、こんな横暴を、この皇帝陛下が見逃すはずはない。そう思っていたのだが、まさかセリナを巻き込むとは考えていなかった。
「其方が協力しないのであれば、この婚姻を考え直す必要があるな…。優秀な彼女を繋ぎ止められるのであれば、其方が夫でなくともよいのだから。其方達は、未だに白い結婚なのだろう?」
私とセリナの関係を見破られて、思わず唇を噛む。
貴族の婚姻解消は容易ではないが、白い結婚であれば話は別なのだ。それに、皇帝陛下は、目的のためなら何をするか分からない。
だから、私の答えは一つしかなかった。
「分かりました。従います」
「そうか!それは良かった」
「ですが、陛下、妻の安全が第一です。私が危険と判断しましたら、どんな事があろうと中断します」
「いいだろう。彼女は我が国の宝だからな。其方が命を賭けて守ると良い」
胸糞悪い会話をさっさと切り上げて、私は自室へ戻った。
少し遅れてしまったが、私は、今夜もセリナをこちらの寝室に引き入れた。
陛下の命令があっても、今、私のやるべき事は変わらないのだ。寧ろ、二度と陛下の脅しに屈しないよう、私とセリナの間に強固な絆を結ぶ必要があった。
では、どうやって彼女を絆していこうか。
このところ、ずっと強引に迫ってきたから、今回は趣向を変えて、情けなく縋りついてみようか。
優しいセリナは、弱った者を見捨てたりしないだろうから。
私は自然に上がっていた口角を元に戻し、セリナがいる部屋のドアを開けた。
そして、じっくりと彼女の逃げ道を塞ぎにかかった。
セリナから私と共にいるという言質を取った翌朝、私は家門の者を従え、帰路に着く皇帝陛下の見送りに出た。
最後に見た皇帝陛下の顔には、私にプレッシャーを掛けるためか、不適な笑みが浮かんでいた。




