リセナイア 10
皇帝陛下とその取り巻きを接待し、空いた時間に自分の仕事をすると、セリナと共にいられる時間はほとんどなかった。
その僅かな時間の中でも、セリナは、陛下の目を意識して私と仲睦まじく見える演技を続けてくれていた。だが、段々とそれが、私に虚しさを齎す。私が欲しているのは、作り物の笑顔ではないのだ。
そんな事を思っていると、皇帝陛下が良い仕事をしてくれた。私達に発破をかけるつもりか、子供を催促する発言をしたのだ。
その言葉に、セリナは、顔どころか、ドレスから覗く首や腕まで真っ赤に染め上げて恥じらっていた。
彼女は、私との子供を望んでいるのだろうか。
私は、セリナが望まないのであれば、子供は必要ないと考えていた。後継など、どうとでもなるのだから。
けれどもし、セリナが受け入れてくれるのなら、私は彼女との間に子供が欲しい。我が子をこの手で抱く自分を想像して、その未来を強く望んでしまった。
そんな私の願望を察したのか、皇帝陛下は最後に、私達の関係へ念を押した。暗に、離縁は許さないと釘を刺してきたのだ。
セリナは、そんな皇帝陛下の言葉を、複雑そうな顔で聞いていた。迷子の子供のような不安そうな顔で。
これから私は、どうすれば良いのか…。
やはり、ここは猫達に頑張ってもらうしかないだろう。
私は、奥の手を使うため、先代侯爵夫妻が使っていた寝室の先にあるもう一つの寝室に足を踏み入れた。
この部屋は、夫婦の寝室と、今セリナが使っている侯爵夫人専用の寝室から入る事が出来る特殊な部屋だった。
一際大きなベッド以外には何もないこの部屋には、四隅に剥き出しの立派な柱がある。その柱の上部には、不思議な模様が描かれ、中央に青い宝石が嵌め込まれてあった。
私は、窓枠に足を掛け、迷う事なくそれに触れる。
すると、宝石か光り、天井に宝石と同じ色の魔法陣を浮かび上がらせた。
これは、大昔に存在していたという魔法の力。
その残り火が、この古い邸には未だにいくつも残っていた。そして、そんな貴重なものを、私の先祖は、割とくだらない事に使っていた。全ては、猫達が快適に過ごせるようにと。
この不思議な部屋の魔法もその一つだ。
猫達が安眠出来るよう魔法が仕掛けられているらしい。
暫くすると魔法が完全に起動し、わらわらと猫達が集まってきた。そして、各々好きな場所でくつろぎ始める。
試しに一番近くにいたアルを撫でてみると、喉を鳴らして擦り寄ってきた。
上手くいった事を確認した私は、すぐに次の行動に移る。
使用人を呼び寄せ、この部屋に私の部屋家具を移動させたのだ。セリナに、ここを私が使っている部屋だと誤認させるために。
魔法の存在を知らないセリナがこの状況を見れば、私の下に猫達が集まってきていると思うだろう。そして、心から羨ましがるはずだ。
そこを、私は囲い込めばいい。
私は、何食わぬ顔で、完成した部屋にセリナを招いた。やんちゃな猫達に困っていると適当な理由を付けて。
そして、最後は強引に、彼女をベッドに引き摺り込んだ。まだこれ以上何もする気はないが、今後彼女の警戒心が緩むのを期待して。
私は、柔らかなセリナの体を抱き締めて幸せなひと時を過ごした。
そして迎えた朝、珍しく深く眠った私を起こしたのは、セリナの澄み切った絶叫だった。




