2-23
男達の足音が遠ざかっていくのを確認した私は、声を潜めて、隣の部屋にいる侍女に声を掛けた。
「大丈夫?怪我はない?」
「はい。セリナ様も無事ですか?」
「ええ。でも、私達の今の状況は、あまり良くないわ。すぐに脱出しましょう」
「セリナ様、そのことなんですが、ここは恐らく、シグネル港のどこかだと思います。拉致された時に僅かに見えた太陽の位置から推測しましたので確実ではありませんが…。でも、可能性は高いと思います」
あの状況で、ここまで把握出来るなんて、凄すぎる。流石は、私の侍女だ。
「ここがシグネル港なら、外に出られさえすれば何とかなるわね」
「セリナ様、私が囮になりますので、その隙に脱出して下さい」
「それは駄目よ。貴女を犠牲にして、私だけ助かるなんて、そんな事出来ない。それに、彼らの目的は、私よ。貴女が騒いでも、私から監視は外れないわ」
「ですが…」
だからといって、私達二人が戦ったところであの男達に勝てるはずがない。この部屋から無理に出たとしても、また捕まるのがオチだ。
それなら、私が取れる方法はただ一つ。
「方法はあるわ。まずは、しっかり鼻と口を布で覆って、合図があるまでそこにいて」
「セリナ様!危険な事はしないで下さい!」
「大丈夫よ。私には、『コレ』があるもの」
私は、ポケットの中にある瓶をポンポンと優しく叩いた。自分を奮い立たせる意味も込めて。
その時、タイミングよく、先程の男が部屋に戻ってきた。
私は咄嗟に、体を震わせて、怯えた表情をしてみせる。
「大人しくしていろ。痛い思いはしたくないだろう?」
「…分かったわ。でも、その…、お、お手洗いに、行かせてほしいの」
「チッ…、まったくお嬢様ってヤツは。こうも能天気だと、相手にするのが嫌になるぜ。ほら!付いてこい!」
男は、私の腕を乱暴に掴んで引き摺るように廊下を進んでいく。
私は、唇を噛み締めて、腕の痛みに何とか耐えた。そして、一人になったトイレの個室で、ポケットから青色と赤色の瓶を取り出す。
これは、ネーレがいつ産気づいてもいいように、私が常に、お守り代わりとして持ち歩いているものだった。
それがまさか、こんな所でこんな事に役立つなんて…。
私は、小さな窓から入り込む光に、青色の瓶を翳した。
この青色の瓶の中身は、私がイオリアの研究所で完成させた鎮痛薬の原液。
この鎮痛薬は、原液のまま使うと、麻酔薬になり、薄める事で効能を調整することが出来る。これ一つで、様々な症状に対応出来る優れものなのだ。
けれど、一点、注意しなければいけない事があった。それは、原液の状態では、気化性が高く、気化すると、一気に効能が上がるという点だ。それをまともに吸い込むと、大の大人でも意識を失ってしまう。
それに対処するために作ったのが、赤色の瓶に入っている気付薬だ。
これを飲むと麻酔薬の効果を打ち消すことが出来る。それは、先に飲んでも、後に飲んでも効果を発揮した。
私は、その性質を上手く利用することにした。
先ず、私は、赤色の瓶の中身を半分だけ飲んだ。次に、青色の瓶の蓋を開けて袖の中に忍ばせる。そして、何食わぬ顔で、私を監視する男の下へ戻った。
それから、元いた小部屋に戻るまで、袖の中の瓶をゆっくりゆっくり振り動かした。少しでも早く、瓶の中身が気化するように。
すると、僅かに廊下を進んだところで、私の前を歩いていた男が、床に倒れ込む。そして、大きなイビキをかき始めた。
私は、まだ瓶の中に残っている液体を、廊下の風下へ撒くと、侍女が監禁されている小部屋へ急いだ。
「セリナ様!」
「大丈夫!?今ならみんな寝ているはずよ。すぐに脱出しましょう!」
私は、ふらついている侍女を支えながら、一直線に外を目指した。