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暖かな日差しが入る邸のニ階、猫専用の中庭を見下ろす執務室で、私が新聞を読んでいると、キャルこと、森で出会った母猫が、喉を鳴らして膝の上に飛び乗ってきた。私は、その貴重な機会を堪能すべく、キャルの美しい毛並みに手を這わせた。
あんなに薄汚れていた白猫のキャルは、今や、誰もが認める美猫だ。世界一の美人さんと言っても過言ではない。
そんなキャルは、長い尻尾を振って、みんなに愛想を振り撒いている。でも、気安く触ると強烈な猫パンチが飛んでくるから注意が必要だ。ちなみにキャルは愛称で、キャルリーンが本名。この邸にいる者は、敬意を込めて、キャルリーン夫人と呼んでいる。
キャルの子供達は、長男黒猫のネルゼリア、長女白猫のミルネリア、末っ子茶トラのアルトリアと名付けた。愛称は、ネル、ミル、アルだ。みんな新しい邸で、仲良く自由に暮らしている。自由過ぎて、呼んでも中々来てくれないから、邸の中を探すのが大変だったりするけど。
「今日もキャルの毛並みは素敵ね!やーん、フワフワ!はあ、幸せだわ…」
「フフ、お嬢様、お顔がニヤけてますよ」
「だって、みんな可愛いんだもの」
膝にはキャル、足元には子猫達。小さな牙で、足首を齧られているけれど、私からしたら、それもご褒美だ。
私は、キャルの毛並みを撫でながら、せっせとお茶の準備を始めた侍女達に、話しかけた。
「私ね、この子達のために、事業を始めようと思うの。ほら、この国って、動物の医療が遅れているでしょう?だから、隣国から教師を招いて、獣医師の学校を作ろうかなって。でも、そうすると、動物病院も建てなくちゃいけないわね。動物専用のご飯やブラシ、薬も開発したいし…。せっかくだから、動物好きが集まれるサロンも開きたいわ!」
「それは、いいですね!」
「なら善は急げね!早速、色々と始めましょう!」
そうと決めたら、私の行動は早い。
私は、自分の持てる頭脳を駆使して、まだ世には存在してない動物専用の製品を作り始めた。そして、それを、新たに設立した商会で販売することにしたのだ。その商会の名前は、キャネマル商会。我が家の可愛い猫達の名前を借りて命名した。
帝都の商業区のメイン通りに店舗を構えたキャネマル商会は、取り扱う商品の物珍しさから、すぐに話題になった。けれど、悪評のある私のせいで、初めの頃の売上げは、あまり良くなかった。私はそれを打開するため、試供品を至る所に配ることにした。自分が作った商品に絶対の自信があった私は、知ってもらえさえすれば、上手くいくと確信していたからだ。結果、面白い程、商品の口コミが広がっていくことになる。
そのタイミングで、私は新商品を餌に、動物愛好家専用サロンを開いた。すると、こちらも思惑通り、新しい物好きの貴婦人達が集った。
そうして始まった動物愛好家サロンは、今や、猫好き、犬好き、兎好き、爬虫類好きが競って集まる人気サロンになっている。
それからは、簡単だった。夫人達が、どんどん商品を広めていってくれたのだ。
私は、新たに得た資金と人脈を使って、商品開発にのめり込んでいった。
そんな中、やっと完成した動物用風邪薬が、思いの外万能であることが判明する。なんと、家畜や軍馬などに流行る病も立ち所に治してしまったのだ。
それに押される形で、獣医師にも脚光が当たり、商会が運営する国内唯一の獣医師学校へ入学希望者が激増することになる。
そこで私は、以前から考えていた奨学金制度を導入することにした。お金がなくても、優秀であれば、誰でも入学出来るようにしたのだ。卒業後三年、指定の動物病院に勤務するという条件で。
そうこうしている内に、五年という月日は、あっという間に過ぎていく。資金、人脈、人材を囲い込んだキャネマル商会は、いつしか大商会と言われるほどの規模に成長していた。