2-20
「えっ?えっ?えっ?えーーーーーーー!?どうしてここにいるの!?」
研究所の中にある、がらんとした私専用の部屋に、ネル、ミル、アルの猫三姉弟がいた。
猫達は、初めて来た場所に興味津々のようで、驚いている私そっち退けで、至る所の匂いを嗅ぎ回っている。
「な、何があったの!?どうしてこの子達がここにいるの!?」
私は、部屋の中にいた侍女に詰め寄った。
「お、落ち着いて下さい、セリナ様!実は私…、セリナ様の私物を取りに、シグネル侯爵家の本邸に行ってきたのですよ。その時に、直接、猫の皆様に聞いたのです。セリナ様と一緒に暮らしてくれませんかって。そうしたら、ネル様達が、ついて来てくれたのです!さすがはセリナ様!猫様達に愛されていますね」
「本当に…?私と一緒にいたら、ララとキャルに会えなくなってしまうかもしれないのに?それでも、私と来てくれるの?」
思わず、私の口から弱々しい言葉がこぼれ出る。
そんな私に、猫達は、可愛い鳴き声で応えてくれた。
「ありがとう、みんな。これからもずっと一緒にいて…」
限界だった涙が、この時、決壊したようにポロポロと流れ落ちて、足元の床を濡らした。
するとその時、聞き覚えのない甲高い鳴き声が静かな部屋に響いた。
それを聞いた瞬間、アルがベッドへ一直線に駆けていく。そして、シーツの隙間を縫ってベッドの下に潜り込んだ。
「ア、アル?どうしたの?」
素早く涙を拭った私は、不思議な行動を取ったアルを追ってベッドの下を覗き込む。
そこには、二組の怪しく光る猫の目があった。
「あら?アル、その子は?」
アルに促されて、一匹の汚れた猫がベッドの下から這い出てきた。その猫は、珍しいマダラ模様をしていて、非常に大きかった。痩せ細っているとはいえ、小柄なミルの3倍はありそうだ。
こんな大きな猫は、初めて見た。
経営している動物病院でも見たことがない。
「すみません、セリナ様。馬車でこちらに向かっている最中に、窓の外を眺めていたアル様がこの子を見つけて、そのまま連れてきてしまったのです」
人慣れしているのか、はたまた、最近まで何処かで飼われていたのか、大きな猫は、私が近付いても逃げることなく、じっとこちらを見ていた。
私はその透き通った青の瞳に惹かれ、思わず手を伸ばした。
すると、猫は咄嗟に、大きな体を丸めてお腹を庇うような仕草をした。僅かに体を震えさせながら。
その時、私はある事に気付いた。
「この子、妊娠しているわ!」
「え!?それは大変です!商会に連絡して、今すぐ獣医師を呼び寄せます」
侍女が迅速、且、静かに部屋を出ていくと、その様子を見ていたアルが、大きな猫を守るかのように寄り添った。
アルは、この子の危機を感じ取ってここまで連れてきてくれたのだろうか。
もしそうなら、私は絶対にこの子を助けなくちゃいけない。
私はその決意を込めて、アルの頭を一撫でした。そして、一度部屋を出た後、侍女達を呼び出し、みんなの前で宣言した。
「私、逃げるのは、やめたわ!今は、アルが繋いだ命を助けたいの。どうかみんな、協力して」
私の突然の宣言に、集まった侍女達は、少し困惑していた。けれど、すぐに、私の想いに応えてくれた。
「もちろんです!まずは、猫様達が安心して過ごせる環境を整えてあげなければいけませんね。時間がありませんから、今あるもので、準備を進めます」
「ありがとう、お願いね。それと、ごめんなさい。みんなは、私を心配して、ここから離れる提案をしてくれたのに…」
「謝らないで下さい、セリナ様!私達は、セリナ様が元気であれば、それだけでいいんです!今のセリナ様、イキイキしていてとっても素敵です」
そう言われて、はたと気付く。
鎮痛薬の研究成果を盗まれたことで、自分が思っている以上に活力を失っていたことに。
だって今は、やる気に満ちているから。
「そうね…。ありがとう、みんな。私、頑張るわ!」
私は、久しぶりに心から笑えた気がした。




