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2-19

「これで最後ね…」


私は、抱えた資料を勢い良く焼却炉へ放り込んだ。

炎が燃え上がる度に、作業を手伝ってくれている侍女達の悲しそうな溜息が聞こえてくる。




結論として、私は鎮痛薬の開発から手を引くことにした。悔しいけれど、一国の王女と争うには分が悪い。しかも、そこにシグネル侯爵家の援助があったら、こちらが大損害を被る可能性がある。そんなリスクは背負いたくない。


私は、可愛い猫達に万が一があった時、最適な治療が出来ればいいのだから、治療薬の入手先には拘らない。たとえそれが、私から研究成果を奪った相手であっても構わないのだ。


何だが負け惜しみのようで格好悪いけれど、こればかりは仕方ない。今回は私の負けだ。


けれど、理性では分かっているのに、納得しているのに、胸の深い所から悲しみが這い上がってくる。気を抜くと涙が溢れ出してしまいそうだった。


どうしてこんなに悲しいのだろう。

そもそも私は、何に苦しんでいるのだろうか。

胸が痛む度に、リセの笑顔が、私の頭の中にチラついた。


私は、激しく燃え上がった焼却炉の炎をじっと眺めて、自分の心が落ち着くのを待った。







「セリナ様、少し休憩にしませんか?」


ぼうっと焼却炉を眺めていると、作業を終えた侍女達が、いつの間にか私の近くに集まってきていた。違う仕事をしていた侍女達まで。

彼女達は、皆同様に眉尻を下げて私の顔を窺っている。どうやら私は、相当心配をかけていたようだ。

申し訳ない。でも、今はその優しさが嬉しかった。

だから、私は、いつも通りの笑顔を彼女達に返した。



「みんな、手伝ってくれてありがとう!せっかくの良い天気だから、庭でお茶にしましょう!」


私は、重い空気をどうにかしたくて、努めて明るく振る舞った。そして、侍女達と一緒に、お茶の時間を楽しんだ。



そんな中、最年少の侍女が、いきなり声を上げる。



「セリナ様!逃げちゃいませんか!?」


「逃げる?」


「そうです!少し前に、ブルネイ王国のシレイフ学長から手紙を貰ったじゃないですか!遊びに来ないかって。だから、息抜きにブルネイ王国へ逃げちゃいましょうよ!」



息抜きに逃げるって無茶苦茶な…。

まだ十代半ばの年若い侍女は、偶にこうやって荒唐無稽なことを言って、周囲の人を困らせるのだ。素直な良い子ではあるのだけど。


しかし、困惑している私を他所に、他の侍女達もその意見に同意して盛り上がっていく。



「それいいですね!久しぶりに会える方もいらっしゃいますし、良い気分転換になると思います!行きましょうよ、セリナ様!」


「ブルネイ王国は、今、花祭りのシーズンですし、見所が沢山あって丁度良いですね!嫌な事なんて忘れて楽しめますよ、セリナ様!」



「ちょ、ちょっと待って、みんな!よく考えて!この研究所は、どうするの!?皇帝陛下から賜った貴重な機会なのよ!?途中で放り出すなんて出来ないわ!それに、猫達は!?このまま離ればなれなんて嫌よ!」


「そんなに長い期間でなければいいのではないでしょうか?あくまでも、息抜きですから」



本当にそうだろうか。

でも、今ここにいたら、ウジウジと後ろ向きな事ばかり考えてしまいそうで嫌だ。

それなら、気分を変えるために何か行動したい。



「…分かったわ。前向きに検討してみる」





そう言ったものの、私は、あと一歩行動に移せないでいた。

やっぱり中途半端なまま逃げ出すなんて出来なくて。

それに、国を出れば、猫達には中々会えなくなってしまう。今は、近い距離にいるから、いつでも会えると我慢できているのだ。きっとこれ以上離れたら、耐えられない。



そんな悩みに悩む日が続く。


すると、何処からか、聞き覚えのある可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。




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