2-14
ソファに座って不貞腐れている私のために、リセが甲斐甲斐しくお茶を淹れ始めた。私の前の広いテーブルには、続々と可愛らしいスイーツが並べられていく。
そこにふんだんに使われている大粒の苺の輝きに、私の目は釘付けになった。それは私の大好物だから。
いつ、私の苺好きがバレたのだろう。
私は一度も、苺の話なんてしていないのに。
それに、我が国の苺の収穫期は、まだ先なのだ。つまり、この苺は、わざわざ他国から輸入された品ということになる。
もしかしてリセは、私を餌付けしようとしている?
気付いた時には、リセの甘い檻に囚われていそうで怖い。嫌な予感を感じた私の背が、独りでに震え出した。
それでも、大好物の甘い誘惑には勝てなかった。
私は、半ばヤケクソで、大きく切り分けたケーキを頬張る。
そんな私を、隣に座るリセが、満足そうに見ていた。
お腹がいっぱいになると、徐々に冷静さが戻ってきた。それに合わせて、先程まであった不安が、再び私を襲う。猫達の事で頭に血が上り、自分がしでかした失敗をすっかり忘れていたのだ。
私は、一先ず、リセの疑惑の行動から目を背け、おずおずと彼に問いかけた。
「お話とは何でしょう?やはり、パーティーを途中で退席したのは不味かったですか?」
「パーティーは、問題なく終わったから心配しなくていい。陛下も終始上機嫌だった」
「そ、そうでしょうか…。私ったら、人前であんな破廉恥なことを…。この度は、大失態を犯してしまい申し訳ありませんでした」
「…あれは、失態ではないと思うが?私達の仲を、家門の者に知らしめることが出来た。これで、とやかく言う者はいなくなる。まあ、私としては、あんなに可愛らしいセリナを大勢に見られて非常に腹立たしいが…。見たやつの目を抉り取ってやろうか…」
リセの瞳から光が消えたかと思ったら、真っ黒なオーラと共に、物騒な言葉が飛び出してきた。
これは、ふざけているのだろうか。私がこんなにも真面目に話しているのに。
「もう!ふざけないで下さいよ!ああ…、来シーズンの社交が怖いです…」
明日、皇帝陛下が予定通りここを発てば、私は、しばらく貴族の義務をお休みして引きこもる予定だ。表立った社交も、次のシーズンまでしないと決めている。
だからこそ、私たちのいない帝都で、今回のことが面白おかしく伝わっていきそうで怖いのだ。皇帝陛下の前でイチャイチャしていた馬鹿ップルなんて言われていたら、恥ずかしくって人前に出れなくなってしまう。
はぁと、絶望色の溜息を吐いたところで、唐突に私の肩が引き寄せられた。柔らかいソファのせいで、私の体がリセの方へ大きく傾き、彼の胸に頬が当たった。
「私の妻として、ここに残る覚悟を決めてくれたか?」
「その質問は、おかしいですね。私には、ここに残る他に、帝都へ帰る選択肢もあったはずです。ちなみに、まだ決めていません。忙しかったので」
「そうか。ゆっくり覚悟を決めてくれていい」
その言い方だと、もはや私に帝都へ帰る選択肢がないみたい。
少し反抗心が湧いた私は、目の前にあるリセの鎖骨目掛けて、頭突きを仕掛けた。何かの本で、ここが人体の急所だと読んだことがあったから。
でも、リセの肩は筋肉が厚く、思った以上にダメージを与えることが出来なかった。寧ろ、私の頭の方が痛い。
「ククッ、セリナは、猫みたいだ。中々懐いてくれない。だが、その行動の一つ一つが愛らしい」
「私が、猫?美貌の侯爵様は、何をおっしゃっているのやら。私が猫なら、そこにいるキャル達みたいに、貴方にメロメロになっているはずですよ。ですがあいにく、私は、貴方のことが、好きでも嫌いでもありません。普通です」
反抗心から生まれた気持ちが、思いの外、すらすらと私の口を通して溢れ出る。
まだ私は、貴方のことを好きになってはいないと。
これは間違いなく私の本心のはずだ。私は、リセを嫌いではないけれど、異性として好ましいとは思っていないのだから。それなのに、なぜか私の心には、しこりが残っている。
これは、一体何なのだろう。
その答えを求めて、私は、恐る恐るリセの反応を窺った。
けれど、私に素っ気ない言葉を投げかけられたにも関わらず、リセは和かな表情で私を見ていた。
「………そうか。では、私はもっと頑張らねば」
「え!?それは、ちょっと…。これ以上は無理!」
リセの言葉を、私は全力で拒絶する。
だって、今以上に甘い態度で迫られたら、耐えられる気がしないから。甘過ぎて砂吐くどころか、全身砂糖まみれになりそう。
そんな事を思っていると、暫しの沈黙が私達の間に訪れた。
静まり返った深夜の寝室は、何だか少し居心地が悪い。私は、外れそうもないリセの腕の中で、モゾモゾと居住まいを正した。そのタイミングで、無表情に戻ったリセが口を開いた。




