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2-12

シグネル侯爵家が所有するカントリーハウスには、西側に自慢のパーティーホールがある。そのホールは、二階部分が吹き抜けになっていて、足を踏み入れるとすぐに、壁一面の大きなガラス窓が目に入ってくる珍しい構造になっていた。そこでは、何ものにも遮られることのない雄大な海を一望することが出来た。


そして今、その窓には、海を赤く染める夕日が写っている。招待客は、その美しくも物悲しい光景に、息を呑んで見入っていた。



太陽が完全に海へと沈み、辺りが暗くなると、ホール内に火が灯される。

先程とは打って変わり、巨大なシャンデリアが光を放つホールは、一気に華やかな雰囲気に包まれた。


その中、リセが、よく通る声でパーティーの開始を告げる。

すると、皇帝陛下とリセの周りには、貴族達の挨拶の列が出来上がった。


本日のパーティーは、シグネル侯爵家所縁の地方貴族が多く招待されている。そのためか、彼らとの和かな会話の中に、私を値踏みするような態度が度々見受けられた。

みんな、不仲と噂の侯爵の妻が気になるのだろう。

それに辟易しながらも、私はリセの隣で笑顔を作った。



挨拶も一通り終わり、ワイングラスを片手に一息付いていると、私達の下に、一人の令嬢が妖精のような淡いピンクのドレスを揺らして駆け寄ってきた。そして、その勢いのままリセの腕に抱きつく。



「お久しぶりです、リセナイアお兄様!」


お兄様という単語に、私は、「はて?」と首を傾げる。リセに妹はいないはずだから。

そんな私と目が合った自称妹のその令嬢は、頬を膨らませて、こちらを睨んでいる。

あまりにも幼稚な態度に、私は唖然と彼女を見つめてしまった。



「やめろ、ロザリー。未婚の令嬢がこんなことをするな」


「いいじゃない、お兄様のケチ!それより、私とお話ししましょうよ!いいでしょう?そうだ!私、最近、犬を飼ったの!シグネルのお邸に連れて行ってもいい?きっと猫ちゃん達と仲良くなれるわ!私とお兄様みたいに!」


「それは、駄目よ!」


リセにベタベタとくっついている令嬢から、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、私は、声を上げる。

すると、なぜかリセの顔が、喜色に変わった。でも、今はそんな事はどうでもいい。


私は、嬉しそうにこちらを見ているリセを無視して、彼に巻き付いている令嬢の腕を掴んだ。



「そんなの駄目よ。私は認めません」


「な、なによ!名ばかりの妻なんかに、私達の仲は、避けないわよ!あんたの立場なんて簡単に…」


「犬は、駄目なの」


「「は?」」


私が言葉を遮ってまで告げた結論に、令嬢とリセが、揃って間の抜けた声を発した。

そんな二人に、私は、ゆっくり諭すように話す。



「今、シグネル家にいる猫は、犬が苦手だから、連れてきては駄目よ」


我が家の可愛い猫達、特にアルは犬が嫌い。視界に入っただけでも、すぐに威嚇するし、小型犬であろうと大型犬であろうと襲いかかる。

この件は、私が主催する動物愛好家サロンでも、凄く気を遣っているのだ。だから、絶対に駄目。犬が怪我をしてしまう。



「セリナ…」


私の話を聞き終えたリセは、今度は悲しそうに項垂れている。リセの気持ちの乱高下が凄い。

もしかして、リセは犬派なのだろうか。令嬢の犬に会いたかったとか。



「どうしました、リセ?もしかして、犬見たかったですか?」


「いや…、見たくない」


「フフ、良かった。という事で、諦めて下さいね、ロザリーさん。リセは猫派です」


私は、少し勝ち誇った顔で、キーキー騒いでいる令嬢を追い返した。





それから私は、初めて知り合う夫人達と積極的に交流していた。これも、侯爵夫人としてのお仕事なのだ。

すると、やっと復活したリセが、私に右手を差し出してきた。随分と気障なセリフ付きで。



「美しいセリナ、今宵は私に、貴女と踊る栄誉を下さいませんか?」


周りの夫人達が、王子様のようなリセに、キャッキャしているけれど、私にとって普段と違う彼は、違和感しか湧かない。

私は吹き出しそうになるのを耐えて、リセのダンスの誘いに応えた。



「フフ…」


「そんなにおかしいか?」


「ええ。貴方のイメージは、王子様と言うより、魔王様ですもの。…フフ」



さっきのリセを思い出すと笑ってしまう。その拍子に、私はターンで大きくバランスを崩した。

すると、ダンスの途中で私の体がリセに抱き上げられる。そして、彼は、そのままリフトの体勢で、クルクルと回った。



「ちょっと、やだ、恥ずかしいじゃない!」


「私を笑った罰だ」


「あらあら、シグネル侯爵様は拗ねてしまったのかしら?猫みたいで可愛いわ」


リセはあまり表情豊かではないけれど、今は、一目で分かるほど拗ねていた。その態度が可愛くって、私の乙女心が擽られる。


私は、いつも猫達にするように、リセの額に口付けを落とした。完全に無意識で。







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