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2-10

次の日、私とリセは、皇帝陛下の貿易港視察に同行した。


予め配備しておいた騎士達のお陰で、いざこざもなく、概ね予定通りに進んでいる。けれど、偉丈夫の皇帝陛下と美貌の侯爵の組み合わせは、どこへ行っても、とにかく目立つ。麗しい権力者の姿を一目見ようと、住民達が集まり始めていた。

その中には、派手に着飾った女性達まで現れ、こちらに纏わり付くような秋波を送っている。あわよくば、二人のどちらかの愛人に、とでも思っているのだろう。逞しいことだ。


キャーキャーと騒ぐ集団を横目に、私は、リセの少し後ろを歩く。その都度刺さる嫉妬の視線が煩わしかった。


モテる男の妻は疲れる。


そんな私の心の声が聞こえたのか、リセが振り返った。そして、にっこり微笑むと、人目も憚らず私の腰を抱き寄せた。

それだけでも恥ずかしいのに、リセは、どこから出したのか、一輪の薔薇を私の髪に挿し入れた。



「美しい貴女には、大輪の薔薇がよく似合う」


「あ、ありがとう」


今日もリセが甘過ぎて、砂吐きそう。

でも、私達の仲を見て、皇帝陛下が満足そうにしているから、今は我慢するしかない。

私は、駄目押しとばかりに、リセの胸へ擦り寄った。羞恥心をかなぐり捨てて。


そんな私達の仲睦まじい姿を見た周りの女性達から、聞き苦しい悲鳴が上がっていた。







三日間の視察が無事に終わり、残す予定は、明日の侯爵家主催のパーティーを残すのみとなった。それが終われば、皇帝陛下は帝都へ帰る。私の頑張りもあと、ほんの少し。



それにしても、視察は大変だったと、私は、この数日を振り返る。


あの厳重な警備の中、無謀にもリセに突撃してくる女性が現れたり、昼食をとっていたレストランの給仕がお色気たっぷりにアピールしてきたり、皇帝陛下の側妃になりたい令嬢がやってきたりと、予想外過ぎることが次々に起こったのだ。


この時ばかりは、モテるって良い事だけじゃないのねと、しみじみ思ってしまった。

その度に嫉妬の標的にされる自分を、労わってあげたいとも。



そんな事をぼうっと考えていた私の下に、コンコンと小さなノックが届いた。私とリセの部屋を繋ぐ内扉から。


しっかり施錠しているこの扉は、ここに来てから一度も使われていない。もちろん、リセが、私の部屋に押し入るようなことはなかったけれど。


だから、初めてこの扉から人の気配を感じて、驚いてしまった。


私は、羽織っているガウンの合わせを握りしめて、扉に近付いた。



「リセですか?」


「ああ、夜分遅くにすまない。こちらでネルとアルが喧嘩を始めてしまって」


「まあ、それは大変!」


私はすぐさま鍵を開けて、リセの部屋へ入った。



初めて入ったリセの寝室は、大きなベッドの他に、足の低いソファセットが置かれている。壁のキャビネットには、多種多様なお酒が並んでいた。


品の良さの中に、リセの生活の嗜好が見てとれてドキドキする。

何も考えずに、男性のプライベートな空間へ入ってしまったことを後悔しつつも、私は、猫達を探した。



「アル!そんな高い所どうやって登ったの?」


唸り声に気付いて上を向くと、キャビネットの上にアルがいた。その下にはネルも。



「寝ていたアルに、ネルが寝ぼけて噛み付いたんだ。それで喧嘩になった」


「怪我してないかしら」


私は、慌ててキャビネットの前に椅子を引っ張ってきて、その上に上った。そして、怒っているアルに手を伸ばす。でも、背伸びをしても、あと少し届かない。

すると、突然、リセが私の腰に腕を回して、椅子から抱き上げた。



「危ないからやめてくれ」


「ちょっと!これぐらい大丈夫よ!落ちたって怪我はしないわ」


「それでも駄目だ。アル、セリナが無茶をするから降りてきなさい。ネルも反省しているから大丈夫だ」


リセの諭すような声に、アルは落ち着きを取り戻す。すると、近くのソファへ飛び移り、今までの事を忘れたかのように、ネルとリセのベッドへ向かっていった。


その様子を、私は狐に抓まれたような気持ちで見ていた。だって、あの自由猫のアルが、人の言う事を素直に聞いたから。

生まれた時から面倒を見ている私が呼んだって返事もしてくれないのに。


私は、あまりのショックで、呆然としてしまった。だから、リセが、私を抱き上げたままベッドに近付いていることにも気付けなかった。



「今日は、ここでみんなで寝ようか」


「え!?」


フワリと柔らかいベッドに下ろされ、我に返る。すると、リセは、私の困惑など気にせず、体の上に毛布を掛けた。



「またアルとネルが喧嘩をしたら大変だ。だから、私達がこうやって猫を挟んで一緒に寝てやればいい」


「で、でも!」


ベッドの真ん中で寝ているネルとアルを挟むように、リセが私の反対側へ移動する。


確かにこれだけ広いベッドなら、一緒に寝ても狭くはない。でも、私達が同じベッドで寝ていいのだろうか。夫婦なのだから当然と言えば当然なのだけど。

でも、でもと、頭の中がグルグルする。



「大丈夫だ、セリナ。ネルとアルは、いつも朝までここで寝ている。さすがの私でも、安眠している猫達の横で、貴女に手は出せない。だから、安心して眠るといい」


「え?いつも、寝ている?」


衝撃の事実を知って、さっきまで私の頭の中を占めていた夫婦の夜の事情とか、閨の作法とか、ちょっとふしだらな考えが、一気に吹き飛んでいく。



「ここで朝まで寝ていたの?だから、いつも夜になるといなくなってたのね…。それって、浮気!?」


「私は浮気なんてしていない!セリナ、何度も言うが、私は貴女だけだ!」


「いいえ、浮気です!ネルとアルの馬鹿!私という者がありながら、他の人のベッドに潜り込んでいたなんて!どうせ、リセの色気にやられたんでしょ!この浮気者!」


本気で涙が出てきた。

こんなの酷い裏切りだ。


私は、枕に顔を埋めた。



「セリナ…、私は貴女一筋だ。浮気なんてしない」


リセが私の頭を撫でている。

でも、疲れと悔しさで疲弊し切った私は、それを振り払えない。

だから、言葉で否定しておいた。


「リセの浮気は、どうでもいいです」と。


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