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港町の宝飾品店で見た皇帝陛下への献上品は、素晴らしいものだった。これほどのものをこの短期間で用意出来るシグネル侯爵家の凄さを、私は今更ながら実感した。
その後、真剣な表情のリセナイア様に、もう少しだけ付き合って欲しいと縋り付かれ、私は仕方なく、それに頷いた。
でも、こんなのは了承していない。
港町の中心から郊外に向かう馬車の中で、リセナイア様は、私の横にぴったりとくっついて、私の腰を抱き、頬に触れ、髪を弄ぶ。
私の抵抗も嫌味も、笑顔で躱して。
本当にいい加減にしてほしい。
体感にして数時間、実際には30分程の攻防後、息も絶え絶えな私を乗せた馬車は、海岸沿いに建つ邸の前に到着した。
「さあ、おいで」
「おいで、じゃないです!そこ触らないで!離れて!こっちに来ないで、このケダモノ!」
馬車から降りてもすぐに巻き付いてくるリセナイア様の手を、私はピシャリと跳ね除ける。
「クク、顔を真っ赤にして、可愛いな」
「いやーーー!もう、本当に嫌!この人、頭おかしい!」
私がどんなに素っ気なくしても、リセナイア様はめげない。それどころか、どんどん甘くなっていく。
そのせいで、私の心臓が、悲鳴を上げていた。
「私は、貴女に貰ったこの機会を無駄にする気はない。全力で貴女を落とすと決めたからな。どうか、覚悟して欲しい」
リセナイア様から熱を孕んだ視線を向けられ、居た堪れなくなった私は、目の前の邸に向かって逃げ出した。
「そ、それで?ここは何なのですか?」
リセナイア様から何とか距離を取って入ったそこは、少し古いながらも上品な邸だった。広さは下位貴族の邸ぐらいだろうか。
「ここを、学校にする予定なんだ。貴女に倣って」
「学校?」
「シグネル領は、他領と比較して仕事の募集は多い。万年人手不足の職種もあるぐらいだ。それゆえ、子供でも簡単に仕事にありつける。が、その反面、年々、就職年齢が下がり続け、幼い子供は安い賃料で働かされている。私は、その現状を何とかしたい。貴女がしてきたように。きっと、貴女を知る前の私なら、こんな事はしなかっただろうな。仕事すらない貧しい領よりマシだと、気にもしなかったはずだ。しかし、キャネマル商会が運営する学校を知って、それが間違いだったと気付いた。領主である私が、領の労働力不足を、子供で補ってはならなかった。だから、私は、領に住まう子供達が、無料で通える学校を作ることにしたんだ」
理想を語るリセナイア様は、とても誇らしげだった。そんな彼が案内する校舎は、綺麗に改装され、広い教室が幾つも作られていた。そこには、真新しい机が、規則正しく並んでいる。
ほんのりと漂う木の良い香りが、私の鼻を擽った。
「情けないことだが、私より貴女の方が、きっと良い領地運営をするのだろうな」
「そんなことありませんよ。私は、楽しそうな事しかしていませんもの。侯爵様のように、領民の人生まで背負う覚悟はありません」
私は、やりたい事をやっただけ。そこには、私を否定した人達へやり返す意図もあった。結果、それが上手くいっただけで、私には高い志も、崇高な精神もない。
だから、私は、大貴族の当主として、領民を守っているリセナイア様の方が、素晴らしい人間なのだと思っている。
私に対する態度はおかしいけれど、本来のリセナイア様は凄い人なのだと。
「侯爵様は、素晴らしい方だと思いますよ…」
「ありがとう。貴女にそう言って貰えると救われる」
ぼそりと漏れ出た私の本音を聞き取ったリセナイア様は、嬉しそうに笑っていた。
学校の見学を終え帰宅すると、エントランスに入ってすぐ、リセナイア様に肩を抱き寄せられた。しかも、自然に。
初めの頃は、驚いていた使用人達も、最近は慣れたもので見て見ぬふりだ。
「何でしょう?」
私がブスッと答えると、リセナイア様は、私の髪を一房持ち上げて唇に当てた。その気障ったらしい態度に、私は意地で無反応を貫いた。




