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2-5

「すなまい、セリナ殿。貴女の憩いの場に、見苦しいものを入れてしまった」


リセナイア様が、いつもはキリリとした眉を下げて私に謝罪してきた。そのしょんぼりした姿が、子犬のようで少し可愛い。幻覚で、垂れた犬耳まで見えてきた。

そんな庇護欲を擽られる姿を見せられてキュンキュンしていると、私の肩を抱くリセナイア様の腕が、更に強く巻き付いてきた。



近い。

近過ぎる。



お互いの吐息まで感じてしまう距離に危機感を覚えた私は、咄嗟に自分の肘をリセナイア様の鳩尾目掛けて打ち込んだ。すると、「グフっ」と咽せるような呻き声が、私の耳元に落ちてきた。

それでも、リセナイア様の腕は私から離れてくれない。私は、ダメ押しで、肘をグリグリと彼のお腹に押し付け続けた。




ここで一緒に暮らすようになって三週間、リセナイア様は、度々、こんな気安い態度を私に見せるようになった。

きっと、積極的に会話をするようになって、私達の間の蟠りが薄れたのだと思う。その中で、私は、リセナイア様の好きな物、嫌いな物、食べ物の好みや、余暇の過ごし方などを知った。意外なことに、彼が甘えん坊なことも。

それを可愛いと思う反面、どうにも慣れないこともあった。


それは、リセナイア様の過剰なスキンシップだ。

リセナイア様は、自分の顔の良さを利用して、度々私の庇護欲を掻き立てるようは行動を取った。そして、私が呆けている隙に、堂々と触れてくるのだ。髪を触ったり、頭を撫でたり、手を繋いだり、極め付けは、抱き締めてきたり。

まるで自分が猫になったかのようで落ち着かない。私は、誰かに愛でられるより、可愛い猫達を愛でていたいだけなのに。





だから、正気を取り戻した私は、リセナイア様の両腕に本気で抗った。こんな恥ずかしい姿を、いつまでも人に見られていたくない。さっきまでの私は、少し気弱になっていただけなのだから。




すると、そこへ悲鳴のような怒声が響いた。



「イヤッ!ナイアに触らないで、この性悪女!離れなさいよ!」


一度踠くのをやめて、声がした方へ向くと、メイドが泣き腫らした目で私を睨んでいた。その理不尽な態度に、私の何かがキレる。



「さっきからごちゃごちゃ訳のわからないことばかり言って、五月蝿いのよ、貴女!いい?その目をかっぴらいてよく見なさい。今、私に引っ付いて離れないのは、この男!私が必死で、コレを引き剥がしてるのが、見て分からないの!?馬鹿なの!?」


「セ、セリナ殿…」


「貴方も黙って。ああ、そんな可愛い顔しても駄目よ。どさくさに紛れて、あちこち触るなっていつも言ってるでしょ!」


ポカンと口を開けている意地の悪いメイドを放置して、今度は子ウサギのようになったリセナイア様を叱りつける。彼の腕に助けられたことなんて忘れて。


ついでに、彼の形の良いおでこに、デコピンもしておいた。



「すまない、つい…。でも、貴方に叱られるのも良いな。その砕けた言葉遣いも、更に仲良くなれたようで嬉しい」


おでこに手を当てたリセナイア様が、頬を赤くして照れている。いったい何故?


リセナイア様に得体の知れないものを感じた私は、腕が緩んだ隙に、狭いリビングの中で二歩、彼から距離を取った。


それを残念そうに見ていたリセナイア様が、溜息を吐いた後、表情を元に戻す。そして、冷たい声で、メイドへ言葉を掛けた。



「ケイニー、お前に温情は必要なかったようだな。今日付けで、解雇を言い渡す。退職金を受け取り次第、早々に邸から出て行け」


「ひ、酷いわ、ナイア…。私を追い出すの?」


「その呼び方をやめろと、私は何度も伝えたはずだ。それに私は、お前を使用人の子以上に見たことはない。身の程を弁えろ」


「そんなこと言わないでよ…」


「だ、旦那様!お許し下さい!ケイニーは、夢見がちな子なんです!もうこのような事がないように言い聞かせますから!」


頭を下げて必死に懇願する元侍女長をリセナイア様は、表情を変えることなく冷たく見下ろす。そして、一度目を閉じた後、扉付近に待機していた騎士に目を向けた。



「許しは一度与えた。二度目はない」


リセナイア様の意思を汲み取った騎士が、元侍女長親子を部屋から連れ出す。

妻(仮)を侮辱されたとはいえ、自分の乳母を追い出してしまっていいのだろうかと、リセナイア様の様子を窺うと、彼は無表情で彼女達の姿を見ていた。

私は思わず、リセナイア様の側に寄り添った。そうした方がいい気がして。


すると、今まで警戒心を剥き出しにしていた猫達も、リセナイア様の足に擦り寄ってきた。







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