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リセナイア 8

朝早くに押しかけた私が、セリナ殿と面会出来たのは、昼に差し掛かる頃だった。正直、もっと待たされるかと思っていた私は、拍子抜けしていた。それこそ、礼を欠いた私を待たせるだけ待たせて、会ってくれない可能性もあったのだから。

やはり、彼女は優しい人なのだ。


そんなセリナ殿に対して、私はまず、誠心誠意謝罪した。自分の想いが少しでも伝わるように何度も何度も頭を下げた。最後は、床に膝を突いたまま、惨めったらしく彼女に縋り付いた。この際、奴隷でもいいから側に置いて欲しいと。

一緒に連れてきたリールが、側で呆れていたが、その時の私には、周りを気にする余裕はなかった。



すると、セリナ殿は、私の様変わりした態度に動揺しながらも、謝罪を受け取ってくれた。

しかし、それでもシグネル侯爵家とは関わりたくないのだとも、はっきり主張していた。私の謝罪は、今更なのだと。

セリナ殿は、私との間に引いた一線を取り払う気は一切無いようだった。


私は、愛しい人から拒絶されることが、こんなにも悲しいことなのだと初めて理解した。そして、自分の切実な訴えが届かない辛さを思い知った。


だから、セリナ殿から愛妾を勧められた時、本気で、もう駄目だと思った。やはり私は、彼女から手を離してやるべきなのだと。

けれど、そう考えただけで、私の目の前は真っ暗になった。


するとその瞬間、どこか聞き覚えのある懐かしい鳴き声が聞こえた。

その声に、思わず視線を下へ向けると、一匹の白猫が、床に突いた私の足に、擦り寄ってきていた。あまり小動物に好かれない私にとって、それは珍しいことだった。

すっかり血の気を失った指先で、真っ白な毛並みを撫でてやると、お返しとでも言うように、白猫が私の頬に鼻先を付ける。私より少し高い猫の体温が、冷えた私の体をほんの少し温めてくれた気がした。



その時突然、セリナ殿が、激しく取り乱しながら、私から白猫を遠ざけようとし始めた。その顔からは、作り物の表情が消え、子供が大切な物を取られた時のような悔しさが滲んでいた。

その少女のような愛くるしい表情に、私は目を奪われる。

彼女の澄まし顔を崩せたことに、私は仄暗い歓喜を感じていた。



このまま抱き上げて連れて帰りたい。

膝の上で撫で回したい。

昼も夜も、ずっとずっと私の側に置いておきたい。


セリナ殿を愛しいと思う感情から、ドロドロした執着心が溢れ出す。

その感情のまま、私の手がセリナ殿に向かって伸びていった。



「ニャーン」


耳元で聞こえた猫の鳴き声に、はっとした私は我に返る。すると、ずっと静観していたリールが、白猫を抱き上げ、その腹をこちらに向けていた。

その特徴的な模様に、私の目が留まる。

それは、まぎれもなく、以前シグネル侯爵家で飼われていた猫マリーの特徴だった。セリナ殿が猫を見つけた場所から考えても、この白猫は、マリーで間違いない。


その事実を知った瞬間、悪魔が私に囁いた。この運命のような好機を利用すれば、セリナ殿と共に過ごす時間を得られるのではないかと。

しかも、私には、皇帝陛下から受けた絶対的な命令もあるのだ。


私は善人の皮を被って、セリナ殿に囁いた。マリーに母がいるということを。


案の定、心優しいセリナ殿は、自分の感情よりもマリーを優先した。

マリーを母猫に会わせるために、共にシグネル領へ行くことを了承してくれたのだ。きっと、彼女の胸の内では、相当な葛藤があっただろうに。


けれど、これは、私の恋が、首の皮一枚繋がった瞬間でもあった。


これから私は、マリーが与えてくれた機会とセリナ殿の優しさに感謝し、必死で彼女に尽さなければならない。セリナ殿が少しでも、私を見てくれるように。


決意を新たにした私は、セリナ殿に手を差し出した。何度も拒まれた手を。

ほんの僅かな時間が流れた後、セリナ殿の柔らかな手が、初めて私の手に触れた。









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