リセナイア 7
帝宮侍女を通し、セリナ殿との面会を願ったところ、彼女の支度が終わっていないことを理由に、それはあっさりと断られてしまった。この後に続くパーティーのエスコートも不要だと。
それでも諦めきれなかった私は、パーティー開始時から大ホールの中央で、セリナ殿の登場をひたすらに待っていた。
その間、やたらと令嬢達が話しかけにやってきたが、セリナ殿を見逃したくなかった私は、彼女達を無視し続けた。それでも、私の気を引こうとしてくる令嬢達に苛立ちを隠せなくなってきた頃、可憐な笑顔を浮かべたセリナ殿が姿を現した。
その瞬間、今まで私の中に巣食っていた不快感が消え去る。彼女の笑みを見ただけで、私の心臓が高鳴り、その上、花が咲き乱れる幻想まで見え出したのだ。
ああ、私は恋をしているのか。
ここにきてやっと、私は自分の気持ちを理解した。
初めてセリナ殿に会った時、彼女を不快に思いつつも、私は、その美しさに目を奪われた。
別居後、無関心を装いつつも、度々聞こえてくるセリナ殿の活躍に感心していた。
セリナ殿が長年耐え抜いてきた屈辱の日々を知った日、その心の強さに、私は、憧れを抱くほど強く惹きつけられた。
そして、思いがけずも、セリナ殿に助けられた瞬間、彼女の慈愛溢れる姿に惚れてしまったのだ。
今思えば、私は随分昔からセリナ殿に魅せられていたのだろう。しかし、こんな年になっても恋を知らなかった私は、愚かにも、その気持ちに気付けなかったのだ。
本当に私は、大馬鹿者だな。
手の内にあった宝を、取り零すなんて…。
それでも、私の足は、芳しい花に引き寄せられるようにどんどん前に進んでいく。そして、セリナ殿の前に辿り着いた私は、彼女に向かって手を差し出した。許されるのなら、彼女に触れたかったのだ。
しかし、どれほど待っていても、セリナ殿がその手を握り返してくれることはなかった。そして、彼女は去り際に、冷たい言葉を残して去って行った。
それからの私の記憶は曖昧だ。
私の帰宅時間から考えると、おそらく、主催者である皇帝陛下へ挨拶した後、すぐさま帰ってきたのだと思う。あの場から逃げ出すように。なんとも情けないことだ。
「リセナイア様、あまり落ち込まないで下さい。その…、きっと、セリナ様も久しぶりにリセナイア様と会って緊張していたんだと思います!」
「いや…、セリナ殿のあの顔は、完全に私の存在を理解していなかった。私は、彼女に忘れられてしまったのだ…」
泣きたいと、この時は本気でそう思った。
涙なんて、幼少期から流していないというのに。
私は、背中を丸め、両の掌で顔を覆った。
そして、暫く、心の中で自分を罵倒し続けた。
「…旦那様」
部屋に人が入ってきた気配を感じ、顔を上げると、最近代替わりしたばかりの年若い執事が、盆に乗せた手紙をこちらに差し出してきた。
その印に、私は眉を顰める。
そんな私と同じく、リールも怪訝な表情をしていた。
「また皇帝陛下からの勅書ですか?あの方は、今度は一体何を私達にさせるつもりですか?」
「…近々、陛下がシグネル領を視察するそうだ。その案内を私達夫婦がするようにと」
「…それは、また…その…」
嫌々開封した手紙は、またしても、私に難題を押し付けるものだった。皇帝陛下は、セリナ殿を同伴した視察を、こちらに要請してきたのだから。
セリナ殿に存在すら認識されていない私が、この難題をどう対処すればいいというのだ。床に額を擦り付けて願い乞えば、優しいセリナ殿なら、私を許してくれるだろうか。
私は、自分の頭を掻きむしった後、唸り声を上げる。そして、覚悟を決めた。
「これは、本格的に嫌われてしまうな…」
ボソリと呟いた私の一言に、リールの顔が悲痛に歪んでいた。
次の日の朝、私は、先触れも出さず、セリナ殿の邸に押しかけた。彼女から許しを得るまでは、無理矢理会いに行かないと決めていた自らの禁を破って。
そうして、私達仮初の夫婦は、五年ぶりに顔を合わせた。
久しぶりに正面から見たセリナ殿の姿は、出会った頃の幼さを残した少女から色香を放つ麗しい女性へと変化していた。




