リセナイア 5
そこからの私は、なんとかセリナ殿と会う機会を作ろうと、彼女に手紙を送り続けた。しかし、商会を抱えているセリナ殿は、国内各地を転々としているようで、中々接触することが出来ない。
もどかしさを抱えた私は、何度も、セリナ殿の邸へ足を向けそうになった。そしてその度に、私は自分を強く戒めるしかなかった。今の私には、許可なくセリナ殿に会う資格はないのだから。
つまり、私は、こうして遠くからセリナ殿に許しを乞うことしか出来ないのだ。
私は、描き終えた手紙を見下ろし、自嘲の笑みを浮かべる。
女性なんて面倒な存在だと思っていた私が、こんなにも熱心に、妻へ手紙を送っているのだから、未来なんて分からないものだなと。自分でも、今の私が滑稽で仕方なかった。
けれど、セリナ殿に助けられたあの日、フードの隙間から辛うじて見えた彼女の献身的な姿が、私の頭から離れてくれないのだ。そして今も、私の心は、セリナ殿を求めて騒いでいる。
なぜ、私はここまでセリナ殿に執着しているのだろうか。
私がセリナ殿にしたことを考えれば、このまま騒ぎ立てず、穏便に済ませた方が良いと頭では分かっているのに。
それでも、彼女への想いは、もう自分では抑えられない程の激情になってしまっていた。
そんな苦しい想いを抱く日々の中、私の下に、皇帝陛下が主催する式典の招待状が届いた。
あの陛下が、この時期外れに祝宴を催すのは珍しい。これは何かあるなと嫌な予感を感じた私は、仕事の手を止め、すぐに封を解いた。
「リセナイア様、何かあったのですか?」
手紙を凝視する私を不審に思ったリールが、おずおずと話しかけてきた。
けれど、私は、予想外過ぎる情報に頭が追いつかず、すぐに答えることが出来ない。
私は、もう一度手紙を読み返した後、背もたれに背中を預けて目を閉じた。そして、自分自身にも言い聞かせるように、ゆっくり言葉を紡いだ。
「セリナ殿に、爵位が授与されるそうだ」
「「「は?」」」
リールと同様に、執務室にいた部下達も、大口を開けてこちらに間抜け面を晒している。きっと彼らも、私と同じで頭の中が真っ白になっているのだろう。
それもそのばずだ。我が国の長い歴史の中で、爵位を授かった女性はいないのだから。そんな歴史的快挙を、セリナ殿はやってのけたのだ。
「セリナ様は、その…、なぜ爵位を?確かに、あの方が作った商会は、素晴らしいものですが…」
「セリナ殿は、長年、商会を通じて多種多様な社会貢献をしていた。それこそ、帝都の孤児が減ったのは彼女の功績だ。それだけでも、その辺の無能な貴族より帝国に貢献していると言える。その上、今回、医学界の更なる発展に繋がる薬を発表するらしい」
「薬…、もしかして、この前の!私達を治療してくれたあの傷薬ですか!」
「ああ、そうだろうな。あれを、国の協力下で、売り出すようだ。陛下は、その宣伝も兼ねて、大々的にセリナ殿の爵位授与式と祝宴を開くのだろう」
「でっ、では!リセナイア様は、セリナ様をエスコートしなければなりませんね!やっとお会い出来ますよ!ああ、こうしてはいられない!リセナイア様の衣装も用意しないと!私、衣装室に行ってきます!」
いつも冷静なリールが、珍しく興奮して部屋から駆け出していく。付き合いの長いリールには、私のこの不可解な心情がバレているようだ。
しかし、これはどうしたものか。
所詮、書類上の夫に過ぎない私のエスコートを、セリナ殿が受けてくれるか分からないのだ。彼女には既に、パートナーを打診した相手がいるかもしれない。
もしそうだとしたら、私はその事実をどう受け止めればいいのだろうか。
私は、焦りを抱えながらもセリナ殿へ送る祝いの手紙を書くために、再び机に向かった。そして、それを書き終えると、共に贈る花を探しに、温室に出向く。そこで、セリナ殿のことを想いながら、自ら選び抜いた真っ赤な薔薇でブーケを作った。大輪の薔薇21本の大きな花束を。
けれど、それは、その日の内に送り返されてきてしまった。
送り先不在で。
*バラの花束 21本
「あなたに尽くします」




