リセナイア 3
「違う…、絶対に違います!あんな女が、優秀なわけありません!学園に通ってる貴族の女なんて、結婚相手を探している馬鹿しかいないんですから…。そうでしょう、リセナイア様?優秀な僕が、女に負けるはずありませんよね?僕は嵌められたから、こんな田舎に押し込められているんですよね?あの女の悪行が知れ渡れば、僕は帝宮の上級文官になれますよね?だって、だって…、みんな、僕を神童だって褒め称えてくれたんですから…」
「な、にを…言っているんだ、ライリー?い、いきなりどうしたんだ?父さんが守ってやるから、大丈夫だぞ」
突然、おかしな事を言い出したライリーに、ルドルフが優しく声を掛ける。しかし、濁り切ったライリーの目には、私どころか父親の姿すら映ってはいなかった。
「あんな…、女なんかに…。きっと優秀な僕を妬んで、こんな事を…。やっぱり悪いのは、全部、全部、クライブのクソ女なんだ…」
ライリーは、床の一点を見つめながらブツブツと独り言を呟いている。そんな異様な姿を前に、私とルドルフは、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。
「どうやらあなた方は、揃いも揃って愚かな道化だったようですな。確かめることもせず、ただただ、その愚者を信じたのでしょう?折角、セリナ博士という至宝を手に入れたのに。シグネルの者達は、人の本質を見抜けない間抜けしかいないようで残念です」
シレイフ学長の言葉が、私の心臓に突き刺さる。ここに来て、私は、自分が大きな間違いを犯していたことに気付いてしまったのだ。私が信じたライリーの主張は、嘘だったということに。そして、それは、セリナ殿とブルネイの長年の努力を愚弄していたことに他ならなかった。
侯爵ともあろう者がなんて愚かだったのだと、私は自分自身を恥じた。
「セリナ嬢に、博士の称号を与えたのは、ブルネイの王族である先代学長でしてな。加えて、その方は、此度の船舶航行技術の開発責任者でもあるのですよ。つまり、それに横槍を入れたということは、ブルネイ王室に喧嘩を売ったということになります。シグネル侯爵は、家門を賭けて戦う覚悟がおありか?」
「…申し訳、ありません。全ての非は、私にあります。出来うる限りの償は、させて頂きます。必要であれば、この首も差し出す所存です」
シレイフ学長の最後通牒を聞いた私は、震える指先を握り込んで深々と頭を下げた。そして、シグネル侯爵家を守るために、この命を差し出す覚悟を静かに固める。この程度で許してもらえるとは思えないが、今はもう、自分の命を賭けてでも、この事態をどうにかするしかないのだ。
そんな私の覚悟に気付いたリールも、青い顔で私の側に跪いた。
「ふう…、まあ、いいでしょう。今回は、貴方の謝罪に免じて全て許すことにします」
急に雰囲気を和らげたシレイフ学長が、なぜか私の謝罪を全面的に受け入れた。
突然の方向転換に、私は慌てて顔を上げる。
「は?い、や、ですが…」
「セリナ博士に感謝するのですな。この件に関しては、先代学長がセリナ博士に全てを一任したのですよ。そして、当の彼女は、あなた方の愚行を許しました。ですから、私どもは、これ以上、あなた方に罪を問いません。ですが…、再びセリナ博士を貶めるような噂を流したら、ブルネイ王室は全力でシグネル侯爵家を潰す、と先代学長がおっしゃっておりました。お気を付け下され」
許すと口にしつつも、シレイフ学長の厳しい視線は変わらない。彼は、最後に私へ、鋭すぎる釘を刺すと、さっさと侯爵家から出て行ってしまった。それを丁寧に見送った私は、力尽きるように床へ崩れ落ちた。
そして、私は、妻となったセリナ殿にしてしまった事を深く後悔した。