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リセナイア 2

近年、我がシグネル領で起こっていた諍いを仲裁するため、侯爵である私は、目まぐるしく忙しい日々を過ごしていた。 そんな殺伐とした日常の中にいると、消えた妻の存在など、思い出す余裕はなくなっていた。きっと私は、自分で思っている以上に薄情な人間なのだろう。

私は、まだ僅かにあった罪悪感に蓋をして、机の上に堆く積まれた嘆願書へ手を伸ばした。

するとその時、リールが慌てた様子で執務室に入ってきた。



「リセナイア様!ブルネイ王国から客人がみえています!」


「ブルネイからの客?誰だ?」


「それが…、ブルネイ国立大学のシレイフ学長です」


「は?」


予想外の大物の来訪に、私の思考が止まる。けれど、その客人を待たせてはならないということは、すぐに理解出来た。私は、ジャケットを羽織り直すと、リールと共に客人を待たせている応接室まで急いだ。



ブルネイ王国は、優れた研究機関を有し、世界一の特許登録数を誇る学術大国だ。我が国とも長年、良好な関係を築いている。

そこの最高峰教育機関の学長が、今、我が家の応接室のソファに足を組んで座っている。そして、白髪から覗く鋭い眼光を私に向けていた。そこある敵意を隠すことなく。



「シグネル侯爵家当主リセナイアと申します。お会い出来て光栄です、シレイフ学長」

 

「シグネル侯爵殿、失礼を承知で単刀直入に申し上げる。貴方の部下にルドルフ・バレーという人物がおりますな?」


「はい。我がシグネル領の財務官長ですが、彼が何か?」


ルドルフは、ライリーの父親だ。そのルドルフもまた、ライリー同様、穏やかで優秀な人物だった。そんなルドルフが、隣国の重鎮に何かしたとは思えない。しかし、シレイフ学長の怒りは、間違いなくルドルフと私に向いていた。



「そのバレー氏から、シグネル侯爵家家門入りの抗議文を受け取ったのですよ。先日、我々が発表した船舶航行技術は、彼の息子の研究成果だとね。さすがの私も、我が国肝入りの研究を奪いにくる輩がいるとは思わなんだ。ぜひ、そこを詳しく説明して頂きたい、シグネル侯爵殿」


そう言ってシレイフ学長は、我が家の家紋が封蝋された一通の手紙を投げて寄越した。

私は、それをテーブルから拾いあげ、中を確認する。

ルドルフが送ったとされる手紙には、私が正式な遣り取りとする際に使う家紋入りの便箋が使用されていた。そして、抗議文の中では、要所要所に私の名前が登場していた。それは、誰が見ても、シグネル侯爵の私が、ルドルフの主張を後押ししていると受け取れる内容だった。一体なぜこんなことに。


ズキズキと痛み出した頭を押さえ、私は、ルドルフとライリーをここへ呼ぶよう命じた。すると、程なくして、リールに連れられた二人が、部屋にやって来た。



「ルドルフ、これはどういう事だ?なぜ、この手紙には、侯爵家の家紋が使われている?私はこんな手紙、全く知らないぞ?」


「も、申し訳ありません、旦那様!息子があまりにも不憫でしたので、父親として何もせずにはいられませんでした」


ルドルフは、部屋に入るなり床に額を擦り付けて私に謝罪した。その横でライリーが真っ青な顔で震えている。

そんな二人の哀れな様子を目の当たりにして、私はこのまま黙ってやり過ごすことはできなかった。私は、彼らに代わってシレイフ学長に向き合った。



「シレイフ殿、私の部下が失礼しました。しかし、彼らにも譲れない事情があったことをご理解下さい。実は、その研究に携わったとされる我が妻セリナの功績は、ここにいるライリーのものなのです。恥ずかしい話ですが、当時、学園卒業を間近に控えたライリーの研究課題を、妻が盗用していたようなのです」

私はルドルフとライリーを守るため、恥を忍んで身内の罪を告発した。すると、それを聞いたシレイフ学長が、大きな声で笑い始めた。



「ハハ…、ハハハハハハ!なんと馬鹿馬鹿しい!そして、愚かなことか!ハハハハ!では、その優秀なライリー君に聞いてみましょうか。今回発表した研究の核となる流体工学について」


「え?あの…僕は…、その…」


ライリーは、額から汗を垂らしながら唇を噛み締めている。その顔は青から白に変わり、今にも倒れてしまいそうな程血の気を失っていた。

そんなライリーを心配した私は、彼の肩にそっと手を乗せる。

そんな私達に、シレイフ学長は、軽蔑の視線を向けていた。



「今回、私どもが、満を持して発表した次世代の船舶航行技術は、新たな航路の発見と鋼鉄製の大型船の開発成功を受けて、正式に披露することと相成りました。そこに至る過程で生まれたのが、新技術の核となる流体工学という分野です。その理論を初めて聞いた時の衝撃は、今でもはっきりと覚えております。何しろ、まだ十歳の少女が大人顔負けの弁論で、聞いたこともない理論を説いたのですから。その少女の名は、セリナ・クライブ。あなた方が盗人と呼んだセリナ博士ですよ」


「ま、待って下さい!それは、一体なんの冗談ですか!?十歳の少女の新説!?しかも、セリナ殿が博士!?」


十歳の少女が技術革新に繋がる理論を生み出したなんて話は、到底信じられるものではない。

しかも、まだ若いセリナ殿が、博士とはどういうことだろうか。博士とは、大学を主席で卒業し、かつ学長に認められた者にしか得ることの出来ない称号なのだ。

私は、理解できない現実を前に、自らの頭を掻きむしった。



すると、そこへライリーの罵声が響いた。





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