1話 幸運
好きなことを何があっても愛せる者が、その分野において最強なのだ。
___何者でもない誰かが放った持論である。
物心ついた頃から、とにかく外を走っていた。喋りが下手で、人見知りな臆病な子供だったが、走ることだけは好きだった。
兄が小学校のマラソン大会の練習をしているときも付いていってぶっ倒れて。酷く心配されたが、それでも走るのは大好きだった。
こんな感じで俺の陸上人生は始まり、小学生に上がると当然のように地域の陸上クラブに所属した。好きなことを好きなようにやれているのは嬉しかった。
…だが、結果が付いてくるようになってから、その気持ちは少しずつずれていった。
幼い頃から英才教育を受けてきたやつ、一般家庭出身だが才能のあるやつ。周りにいるやつらは明らかに俺とは違って、いつしか追い越せなくなっていた。
それでも、何回最下位になっても。やっぱり走ることは好きだった。だから、中学に上がってからも陸上を続けた。
今思えば、そこで諦めなかったことは良かったと思う。中1の夏、顧問に半ば強制的に始めさせられた3000mが自分にはよく合っていた。そこから少しずつ順位を上げていって、市大会では上位常連にまで上り詰めたのだ。
やっと努力に結果が付いてきたのは達成感があって、凄く嬉しかった。けど、そんな幸せは長くは続かなかった。
二つ下の妹が、中学生になって陸上を始めたときからだ。妹は小学生までは特にスポーツはしてこなかったが、飛び抜けた才能を持っていて、あっという間に地元のスターとなった。
俺だって、実力が落ちたわけじゃない。なんなら、部活内の男子の中では二番手ほどにまでなった。だが、不幸なことにも妹も長距離種目の選手で、自然と比べられることが増えた。
『梓ちゃんは凄いわね。小学生では陸上やってなかったのに。』
『おめでとう梓!また1位だって?東北大会でも頑張ってよ!』
こっちを見るな。俺と梓を同じ土俵に立たせるな。
周りの目が怖い。どこへ逃げても追いかけてくるいやらしい目。梓に引っ付くマスコミは、悪い意味で俺を目立たせる。そんな苦しい日々が続いたが、それでも毎日走っていた。
そして、中学最後の駅伝が終わってから大きな転機が訪れる。
「啓介。落ち着いて…よーく聞いて…。」
部活がなくて、1番最初に家に入ることが多くなったとある日。母さんが慌ただしくリビングの扉を開けて、突然俺の側に寄ってきた。何事かとも思ったが、それは渡された一つの封筒に全てが詰まっていた。
「双梅高校…?」
どことなく聞いたことのある名前。確か先輩が一人行ってるって聞いたような…。
「っえ…!?」
ぼんやりと思い出しながら封を開けて中身を見ると、本当に自分宛か疑う文字が連なっていた。1番最初に目に入った一文…。
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貴方を本校のスポーツ特待生Aクラスに推薦しました。
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う、そ…だろ…?
あまりの衝撃に、俺は無意識にプリントを強く握りしめていた。だって、俺は梓みたいに県大会で上位に入ったこともない。良かった結果なんて、精々最後の県駅伝で区間2位とかだ。
それでも、俺の目がおかしくない限り「特待生」と明らかに記されていた。
「お話、受けてみる?」
相変わらず優しい言い方だけど、母さんの声色にも明らかな驚きと喜びが混じっていて、当然俺は言うまでもなく頷いた。