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4話 さびれた村

 魔物ハンター達と別れて二日。

 道標として頼りにしていた地面の(なら)しは途中でなくなり、フロードは地図を見つめながらひたすら歩いてきた。その間誰にも会わなかったこともあり、もしかして遭難しているのではと不安になった回数は、とうに両手を超えている。


 幸いまだ携帯食は残っているし、食べられる獣がたくさんうろついているので、餓死する心配はなかった。魔物が出たとしても倒せる自信があるので怖いわけでもない。


 いつかは森を抜けられるだろうが、そのいつかが明日なのか一週間後なのかが分からないことが嫌だった。


 お金をケチらずに、案内人を雇えば良かった。そう悔やみながら進み続けて更に一日、フロードはついに木々の切れ目を発見する。

 森に入ってから一週間。安全のため、寝る時はいつも木の上だった。これで硬くて不安定な寝床とはおさらばだと思うと、自然と足が早くなる。


 薄暗い森を抜けると、平地が広がっていた。少し先には穀物が植えられている農地があって、その更に先には小さな村が見える。


 風が穂を揺らす音は、随分とフロードの心を(なご)ませた。森の中では少しでも情報を得ようと耳をそばだてていたが、もうその必要はない。


 農地しかないので、見晴らしもいい。万が一襲われてもすぐ気づくことができると思うと、これまで張り詰めていた気が緩んで、一気に空腹を感じた。

 携帯食を口にしたのは、昨日が最後だ。それ以降は水しか飲んでいない。まず最初に食事ができるところに行こうと決めて農地の間を進んだフロードは、とうとう村の前までやってきた。


 村は農地よりも一段高くなるように盛り土がしてあった。木を組み立ててできた壁で守られていて、入り口に見張りは立っていない。門を押すと簡単に開いてしまい、不用心すぎやしないかとフロードは顔をしかめた。


「これじゃあ、魔物どころか野党だって入り放題だな」


 木の壁には、腐りかけているところもあった。修理がされていないところをみるに、あまり裕福な村ではないのだろう。ただの旅人でしかないフロードがどうこうできる問題ではないが、どうにも心配になってしまう。


 外敵に襲われないことを祈るばかりだと、門をくぐり村に足を踏み入れた。


 一歩二歩と進んでいくと、心臓の動きが少し早くなる。初めての場所にくるといつもこうだった。新しいものに対する興味ではない。今度こそ妹が見つかるかもしれない。会えるかもしれない。そういう期待が鼓動を早めるのだ。


「せめて、手がかりだけでもありゃいいんだが……」


 十四歳になったばかりの頃。フロードは妹を探すために、師匠の元から飛び出し一人で旅に出た。

 最初こそ寂しかったり不安に思うこともあったが、妹探しという極めて個人的な事情に他人を巻き込めるわけもない。


 楽な道ではないという覚悟はあったため、幸い孤独には早々に慣れた。今では他人に(わずら)わされない分、一人の方が気楽だとすら思っている。


 妹を探す。それだけの為に生きてきたし、これから先もそうやって一人で生きていくだろう。


 そんなフロードが今最優先ですべきことは、食事だった。空腹を自覚してしまってから、ぐるるる、と何度もお腹が鳴っている。


 簡素な作りの家々と、その間を埋めるように点在している畑や家畜小屋。村はそれらでほとんどが占められていた。

 豪奢(ごうしゃ)な造りの建物はひとつもなく、それどころか冠婚葬祭をとり行う典救教(アンギアきょう)の寺でさえ、最低限の体裁をなんとか保っているといった有様だ。


 予想以上のさびれた様子に、もしかして宿屋すらないのではと焦りを覚える。

 ともかく腹ごしらえと情報収集だと、フロードは酒場を見つけ次第すぐに入っていった。


 ドアを開けた瞬間、重く鈍いベルの音が店内に鳴り響く。来客の知らせに、全員の視線が集まったのが分かった。


 まだ日が沈む前だからか、店内には十人程度いるだけだ。彼らは表面上、なんてことのない世間話を続けていた。しかし好奇心は抑えられておらず、懐疑的な目を向けられているのがひしひしと伝わってくる。


 小さな村だ。観光目的でくるような場所でもないし、余所者(よそもの)はさぞかし珍しいだろう。ここは下手に刺激しないようにと、フロードは先客から距離を取ってカウンターの隅に腰を下ろす。


 店主は、うさぎ耳を持った女性だった。年の頃は五十ぐらいで、ふくよかな体には貫禄(かんろく)がある。 


「こんにちはお嬢さん。こんな村に珍しいね。もしかして森で迷ったのかい?」


 荷物を足元に置いていると、心配半分、疑い半分といった声色で質問をされた。

 警戒されるのは当然だが、ここは散々迷った森を抜けてようやく辿り着いた村だ。


 せめて一泊はしたい。硬い木の上ではなく、柔らかいベッドの上で眠りたい。その為には怪しい者でないことを分かってもらわねばと、フロードは彼女の勘違いに乗ることにした。無害さを(よそお)うならば、その方が断然いい。


「いいえ、迷子になったわけではないんです。妹を探す旅をしていて、たまたまこの村につきました」


 笑顔と一緒に出したのは、高い女の声だった。

 これといった練習をせずとも、フロードは小さい頃から声の高さを操ることができた。限度はあるし声真似が上手いわけではないが、違和感のない女声を出すことなら簡単だ。


 フロードほど得意ではなかったものの、祖父も母も同じことができたので、おそらくこれは血に混じった原種(オリジン)の能力なのだろう。それがどんな生き物なのか知りたい気持ちはあるが、肉親と早々に死別してしまったせいで、正体はとうとう聞けずじまいだった。大人になったら教えると言われていたが、その機会は永遠に失われて今に至っている。


「妹、って……、お嬢さん一人で?」


 フロードは女であると、店主は完全に信じたようだった。警戒心もかなり薄れているようだったので、次は同情心を煽ろうと、手を口元にあて、いかにも頼りなげにうつむいてみせる。


「はい。それで……」


 ぐるるる、とフロードの腹が大きく鳴った。意図していなかった音に言葉を止めると、店主にふふっ、と笑われて恥ずかしくなる。


 話の前にご飯だね、という彼女の言葉に同意して、袋からコインを出した。魔物退治で人助けをしたので、金銭に少し余裕がある。店主のおすすめを注文してからしばらく待つと、パンとスープ、それから小さな骨付き肉が出てきた。


 温かい湯気と、食欲をそそるいい匂い。街で食べられる高級料理とは違って簡単な家庭料理だったが、味気ない携帯食に飽きていたフロードにとってはこの上もないご馳走だ。


 胃を刺激され、口の中に唾が溜まっていく。がっつきたい気持ちを抑え、淑女(しゅくじょ)らしく見えるように極力落ち着いた手つきで料理を口に運ぶ。


 そうやって取り(つくろ)っていられたのは、一口目までだった。久しぶりの美味しい料理に手が止まらず、気がついたらおかわりまでしていた上に、骨までしゃぶって味わいつくしてしまう。


「そうとうお腹が空いてたんだねぇ。よく食べたもんだ」


 感嘆したような店主の声に、やってしまったとフロードは我にかえった。お(しと)やかな女のふりをして同情を誘おう作戦だったが、この(てい)たらくでは路線変更せざるを得ない。


読んでいただきありがとうございます。

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