1話 《とある吸血鬼の慟哭》
始めての投稿です。少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。毎日更新(予定)です。
一人の吸血鬼が、体を丸めてうずくまっていた。
地面に額を打ち付けるたび血は流れ、顎を伝って草の緑を侵していく。喪失感に押しつぶされた喉からは、嗚咽とも怨嗟ともとれない声が絶え間なくあがり続けていた。
何時間そうしていたのだろう。空を覆っていた深い闇は消え、うっすらと白んできている。もうすぐ日が昇る。太陽の光に焼かれれば待つのは死だが、吸血鬼の頭は悲しみと後悔に支配され、日陰に行こうという考えすら浮かばなかった。
火を飲まされたかのように、喉の奥が熱い。皮膚の下で蛆虫が蠢いている気がして、吸血鬼は自分の肌に何度も爪を立てた。
狂え。狂え。
そうだ、いっそ狂ってしまえ。
狂って、何もわからなくなって、そして目の前の湖にでも飛び込めばいい。
そう念じれば念じるほど、吸血鬼の思考はむしろはっきりとしていった。
生きていたくもないくせに、体に力が満ちている。彼女の血だ。彼女の血を、心臓から直接飲んだせいだ。
その瞬間を思い出すと耐え難い吐き気に襲われ、吸血鬼は口元を抑えて何度もえずいた。
彼女の亡骸は泡となって消えてしまい、何も残っていない。流れ出た血で染まった草花と、着ていた服が抜け殻のようにあるだけだ。
その他にあるものといえば一本の三叉槍のみで、吸血鬼はそれを視線だけで壊せてしまいそうなほど強く睨みつける。
湖から突然投げ込まれた三叉槍。それは避ける暇もなく、吸血鬼と彼女を同時に貫いた。
誰がとか、なぜだとか、そんなことを考える時間もないまま、吸血鬼は決断を迫られた。彼女の血を飲んで死ぬか、飲まずに二人で死ぬか。その決断を。
「あ……、あぁ……ああぁぁぁ……っ」
唸り声を出せば、舌に残っている彼女の血の味がした。
蜜のような甘さと、塩の辛み。それを意識したとたん、草花にべったりとついている彼女の血の匂いが濃くなった。
血を欲する喉が、ごくりと上下する。そのおぞましい動きが許せなくて、首を締めるように手で押さえた。
いやしい吸血鬼の性が、もっと、もっと、と彼女の血を求めている。草花に残っている血を最後の一滴まで舐め取りたいと、そう舌がひりついている。
「飲まなきゃ……よかった」
強い憤りが腕の筋肉を動かした。吸血鬼は無造作に草を引き抜いては投げ捨て、遠吠えのような叫びをあげる。
「飲まなきゃよかった……ッ!」
例えそれが彼女の願いだったとしても、飲まなければよかった。
時間がたつにつれて肥大していく後悔が、脳をぐちゃぐちゃに踏みつけるかのようにずっと暴れ回っている。
あのまま血を飲まず、彼女と一緒に死ねばよかった。それがきっと、一番幸せだった。彼女の命を喰らってまで、生きていたくなかった。
死にたい。
死にたい。死にたい死にたい死にたい。どうして自分は生きているんだろう。どうして自分はあの時。
「あぁぁぁぁああああッ!」
手当たり次第に草を抜いては土に爪をたて、己を呪う言葉を吐く。
それを何度も繰り返していると、ちか、と目の端で光るものが映った。
どうでもいいと一度は無視したが、夜目がきくせいで吸血鬼にはそれがはっきりと見える。
彼女の血だまりに沈む、一粒の小さな珠。爪の先ほどの大きさのそれは、赤い色をしていた。おそらく血で染まってしまったのだろう。短絡的に判断を下しそうになった吸血鬼は、急に考えを変えて腕を伸ばす。
指先で珠をつまみあげ、服で表面をこする。思った通り、色は落ちなかった。これは、血で染まった色ではない。最初からこの色なのだ。
そこまで分かると、吸血鬼の指先がわずかに震えだした。
この赤には見覚えがあったからだ。いや、見覚えがあるなんてものではない。
これは、この赤は──。
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