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エンディング

 かなりの速度で飛行しているが、一向に追いつかない。どころか、突如壁の中から邪悪なドラゴンが出現した。本来地上には存在しない邪竜で、ヴェノムの邪気を竜の姿に見せているもので、その力は人間の手に負えるものではない。

「退きなさい!」

 アンシェラトスは剣を抜くと、力を込めてドラゴンに向かって突撃した。

「ミーティアストライクッ!」

 凄まじい衝撃は、一瞬にしてドラゴンを消し去る。アーシェの時では歯が立たなかったかもしれないが、アンシェラトスであれば、あれほどの邪竜ですら一撃で消し去ることができる。

 さらに二匹のドラゴンが出現し、襲いかかってきた。当然、難なく二匹とも葬り去った。

「ヴェノム! どこよ! 出てきなさい!」

 アンシェラトスが叫ぶが、もちろん呼ばれてノコノコ出ていくわけがない。消されにいくようなものだ。

 後ろから、ノエルの真の姿、ノヴァリエルが追いついてきた。

「アンシェラトス! 僕が見つける。君は見つけ次第すぐにヴェノムを消すんだ!」

「了解。それじゃ任せたわ!」

 アンシェラトスは剣を構えて、ヴェノムの発見を待った。

 ノヴァリエルは、聖なる光で描かれた魔法陣を展開し、ヴェノムの姿をサーチする。ノヴァリエルの操る魔法は非常に強力だ。世界の法則を理解し、それを意のままに操るが如し力である。


 すぐにヴェノムを見つけ出した。

「そこだ! アンシェラトス!」

「さあ、消えなさい!」

 アンシェラトスは、すかさずドラゴンをも軽々と消滅させた一撃を繰り出した。その凄まじき力は周囲を巻き込んで、この空間を破壊する。

「やったか?」

 ノヴァリエルは、まさかあの攻撃で消されないわけがないと思いつつも、確信が持てないでいる。

 そして崩壊した空間が鎮まってきた後、信じられないことが起きた。

 ヴェノムの姿が現れた。

「さすがは代行者どもよ。やはり逃れられぬか……なんてな!」

 ヴェノムは一瞬ニヤリとすると、すぐに体がぼやけ始める。

「ヴェノム! 何をしたっ!」

 ノヴァリエルが叫んだ。

「もう脱出の準備は完了した。君たちとはここでお別れだ」

「なんですって?」

「ここに『穴』を作ったのだよ。脱出用の穴をな」

 ぼやけて姿が透け始めたヴェノムは言った。

「この世界のどこか別の場所へ。ここで消えるわけにはいかないのだ」

「馬鹿な! 僕の結界を抜けられるわけがない!」

「そうでもないのだよ、ノヴァリエルくん。確かに君の結界は強靭すぎて突破することは無理だ。しかし、この街のすべてに完全に結界を巡らせている訳ではあるまい」

「あっ! ま、まさか……」

 ノヴァリエルは、今自分が立っているここがなんであるか、それを思い出して青ざめた。

「そうだよ、ここは女神レダを祀った神殿だ。すでに朽ち果てているが、君の及ばない場所がある」

「まさかこの祭壇が……しまった」

「穴を作るのはかなり苦労したがね。発動にも一苦労だ。しかし——」

 神の神殿——神を祀った神殿は、そのすべてを自由にできる訳ではない。神殿の建設には神への許しを得なくてはならないし、破棄するにも、同様に神の許しが必要だ。さもなくば天罰が下される。造られた神殿は、常に良い状態を維持しなくてはならないし、できなければその国は滅ぶ。そう信じられ、現にこのトーランのレダ神殿も、このような廃墟と化すような状態にしてしまったがために、この神殿を作った国は滅びたのだと伝えられてきた。もっとも、実際には逆であり、滅んだから神殿も使われなくなったということは、この時代にはもう周知の事実であるが。


 ノヴァリエルは智神レネウスの「代行者」だ。神によって作り出された存在であり、神に対して人間同様に自由にできる訳ではない。

 この古い神殿も、中心部であるレダの祭壇は、代行者には自由にできない場所だ。ここに何かを行うということは、神に対する冒涜、もしくは叛逆ともとられる。


「さらばだ、代行者たちよ——フハハッ!」

 ヴェノムは高笑いと共に次第に姿が透明になっていく。

「おのれ!」

 ノヴァリエルは強大な力を行使し、ヴェノムを拘束しようとした。しかしすでに遅く、半分転移しかかっているヴェノムの体を拘束することができない。

「ノヴァリエル! ちょっと屈んでっ!」

 後ろからアンシェラトスの声がした。反射的に屈むと、その頭上を凄まじい閃光が走り抜けた。そして、この空間が崩壊しかねないほどの強烈な衝撃が走った。

「スーパーミーティアストライク!」

 そう叫んで、ヴェノムめがけて突撃したアンシェラトスは、ヴェノムの作った穴を祭壇ごと破壊した。

 破壊力は凄まじく、レダの祭壇が跡形もなく吹き飛んでいる。自分——アンシェラトスの像だけでなく、神聖なる女神レダの像も吹き飛ばした。かなり罰当たりなことではあるが、ヴェノムの作った穴も消し飛んでいた。そのせいで、ヴェノムは転移できずにこの場にふたたび姿を表した。

「な、なんてことを……」

 ノヴァリエルは開いた口が塞がらない様子だ。

「別にいいでしょ。レダ様だって、ヴェノムを消すためなら許して下さるわよ」

「そ、それにしてもだな……」

「現に私はまだここにいるのよ。レダ様が目を瞑っててくれてる証拠だわ」

 とんでもないことをしたアンシェラトスだが、まったく意に介していない。

「まったく、君というやつは……」


「……ば、馬鹿な……まさかこれほどとは……」

 ヴェノムは、破壊された『穴』を見て絶句した。いくらなんでも、こうも簡単に壊されようとは。それにアンシェラトスの傍若無人ぶりも、ヴェノムの想像の上をいっていた。やはり代行者——神の力は恐ろしい。まともに相手をするわけにはいかない、と思い知らされた。

「今度こそ逃げられないわよ。観念しなさい!」

 アンシェラトスは叫んだ。

「ふふん、それはどうかな——」

 ヴェノムは飛び上がると、そのままずっと上昇を続けた。

「あっ! まずい、あそこには天井に穴がある!」

 ノヴァリエルが言った。薄暗い空間だったが、天井には通気用か何かの穴があったようで、すぐに見えなくなった。

「逃さないわよ!」

 アンシェラトスも飛翔し、その天井穴に入っていく。ノヴァリエルもそれに続いた。


 深く降りてきたこともあり、穴を抜けるのには少し時間がかかった。穴を抜け、地上に出るもヴェノムの姿はない。

「どこへ行ったの! もう逃げる場所なんてないんだから!」

 アンシェラトスが叫ぶが、やはり反応はない。

「アンシェラトス、こっちだ!」

 ノヴァリエルがヴェノムの行方を察知したらしく、アンシェラトスを呼んで一緒にヴェノムの元へ飛んでいく。


 ヴェノムがいたのは、トーランで一番人口の多いといわれる一般市民の区域の上空だった。

 下では、「人が空に浮かんでいる」「あれは伯爵様じゃないか?」など、かなりの数の人がヴェノムの姿を見ており、騒然としていた。

 ヴェノムはアンシェラトスとノヴァリエルの姿を見ると、不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。

「来たな、神の手先ども。この俺を追い詰めたことを……後悔させてやる!」

 そして両手を大きく広げ、体を発光させ始めた。だんだんと光が強烈になっていき、ヴェノムの姿を見ることが難しいくらいになった。

 アンシェラトスは何事かと様子を伺っているが、ノヴァリエルはヴェノムの意図に気づき、強力な結界魔法を繰り出した。

「奴め、街を道連れにして爆破するつもりだ」

「えっ? ちょっと、何無茶苦茶やってんのよ!」

「僕がなんとか防ぐ。その間にヴェノムを消してくれ!」

「わかった」

「闇を遮る聖なる風よ! ヴェノムの体を世界から遮断せよ!」

 ノヴァリエル最大の結界魔法でヴェノムの行動を阻止しようとした。

 この魔法は、天と地を分断する大気に例えられる。死の世界である宇宙から大地を遮断できるほどの、凄まじい力を持っているノヴァリエルだけが使える魔法だ。しかし、あまりにも協力過ぎることもあってか、発動に時間がかかる。

「もう遅い! 今日、トーランの街は消滅する。逃れられぬは不本意だが、それでも貴様らに一矢報いることができたとすれば、俺の気も少しは晴れるというものだ」

「チィッ!」

 ノヴァリエルは困った。魔法の発動が間に合わない。しかし別の魔法では、おそらく完全に防ぐことはできない。



 地上では、ダリルやアルマ、ロゼッタやオーレンたちが、アンシェラトスたちの様子を心配そうに見ている。

「アンシェラトスさま、ノヴァリエルさま——」

 アルマは代行者たちの勝利を祈った。

「お、お願いだ! アーシェ、ノエル! あのヴェノムとやらを退治してくれ! この街を、トーランを救ってくれ!」

 ダリルも必死になって叫んだ。

 大勢の人たちの祈りが街を一つにした。



「ノヴァリエル、街だけを守って! ヴェノムは私が仕留める!」

 アンシェラトスが叫ぶ。

「わかった!」

 ノヴァリエルは、街だけを完全防御できる別の防御魔法に切り替える。これはすぐに発動する。

「何ができるってんだ! 神の手先どもっ! 無駄、無駄、無駄ぁっ!」

 ヴェノムは満面の笑みで叫んだ。

「いでよ、聖剣フューリアス!」

 アンシェラトスが左腕を掲げると、その手に光が集まり、それが次第に剣の形に変わっていく。その名を聞いたヴェノムは、驚愕のあまり顔を歪めた。


 『聖剣フューリアス』は戦神レダの「怒り」を象徴するとされる聖剣で、「神の怒り、神罰」などを意味する。この聖剣を振るうことができるのは、アンシェラトスのみであり、レダの代行者としての象徴でもあった。フューリアスで破壊できないものは地上には存在しないとされ、人々には伝説と共に恐れられつつも崇拝された。


 強烈な閃光が走り、アンシェラトスが聖剣フューリアスを構える。

「まさか——たたが街一つごときのために……聖剣を……」

 光包まれ、今にも爆発しそうな状態のヴェノムは、どうしても信じられないという顔をしている。一振りで一国を滅ぼすとまで伝わる伝説の聖剣を、こんな辺境の街ごときを守ために使うというのか、と現状を理解できていないようだった。

「この世界より去れ! 星天崩壊——コズミック・デヴァステーション!」

 アンシェラトスが聖剣を振り下ろすと、激しい閃光と共にヴェノムの体を一刀両断にする。

「バ、バカなぁっっ!」

 ヴェノムの絶叫が空に響く。ヴェノムの体を包んでいた光は消え、真っ二つに両断された体が中に浮かんでいる。

「こ、こんなことが……し、信じられん……」

 もはや虫の息のヴェノムは、今自身に起こったことが信じられないでいた。逃げることは叶わぬとも、せめて街を道連れに……しかしそれすらも阻まれようとは。

「消えなさい、ヴェノム」

 アンシェラトスは、ふたたび聖剣を掲げると、ゆっくりと透明になっていき、手から消えていった。

「……よ、よく覚えておけ……代行者ども……この世界に人間どもがいる限り……俺は完全には消えない……またいつか復活する……」

 捨て台詞を残し、ヴェノムは消えていった。

 トーランの街から邪悪なる存在が消えた。街は歓声に包まれる。




 アーシェとノエルが宿泊していたロゼッタの宿に戻ってくると、満面の笑みでロゼッタが出てきて、アーシェとノエルを抱きしめた。

「やっぱりすごい人だったんだねえ! アンタたちのおかげだよ!」

「エヘヘ、それほどでも——なんちゃって」

 アーシェは照れ笑いする。オーレンたちを中心に、信仰対象としてひれ伏すばかりの中、ロゼッタやダリルなどは全然変わらない対応で、そんなところもアーシェたちには嬉しかった。


 それからその日一日だけ宿に泊まり、夜は盛大にアーシェとノエルを労う宴会となった。

 アーシェは数日滞在して、ゆっくり休んでから帰ろうと提案したが、生真面目なノエルは強固に反対、半ば強引に翌日には天界へ帰ることになった。皆残念がるが、事件を解決したのなら、なるべく早く戻り報告しなくてはならない。


 結局、アーシェが昼頃までどうしても起きることがなく、午後にトーランに別れを告げて天界に帰ることになった。

 ダリルやアルマだけでなく、オーレンやロゼッタなど街で知り合った人々が見送りにやってくる。

 街の門を出たところで、ノエルが言う。

「もうここまでで十分だ。みんなありがとう。昨晩も話したけど、なるべく僕たちのことは記録に残さずにおいてほしい」

「はい、仰せの通りに。この事件は我々の中だけの思い出とします」

 オーレンが答えた。代行者の降臨伝説は、いつの時代も悪用されがちである。そのため、いつもこのように口止めするようになっていた。しかし、それでも伝説として伝わり、それが捻じ曲げられて施政者たちの領土支配に利用される。


「ねえ、アルマ」

 ニコニコしながらアーシェがアルマのそばにやってきた。

「なんですか?」

「チュ——」

 アーシェはすかさずアルマの唇にキスをした。

「ウフッ、とうとうしちゃった! アルマのファーストキスを、このアーシェちゃんが奪っちゃいました。いやぁ、狙ってた男ども、ごめんねぇ!」

 突然のことに驚くアルマ。当然、周囲の人々も何事かと驚くが、アーシェが想像していた程でもない。そもそも、アルマの反応が思っていたのと違う。

「アレ? ……アルマ?」

 アーシェは予想外の反応に驚く。背後ではノエルが渋い顔押して、頭を抱えていた。

「あ、あの……アーシェさん……」

 アルマは何か言いたそうだ。側にいたオーレンが照れ臭そうに俯いている。

「えっ! ま、まさか……」

 状況を察したアーシェは絶句する。

「……アーシェ、帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ねえ、アルマったら嘘でしょ?」

 しかしアルマは照れているだけで何も答えない。

「えぇっ、純情そうな顔してふしだらよ! ふしだらっ!」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。ほら、帰るぞ」

 ノエルに腕を掴まれ、無理やり連れていかれるアーシェ。そんな様子を、苦笑いで見送るダリルやアルマたち街の人々。

「ちょっと待ってよ! もうっ、ノエルったら!」

「見苦しいぞ。いい加減、恥ずかしい真似はよせ!」

 ノエルは、喚くアーシェを容赦なく引っ張っていく。

「ははは……やっぱアーシェはアーシェだな」

 ダリルはアルマと顔を見合わせて笑った。

 二人が見えなくなった丘陵の向こうで、天高く光が立ち上る。そしてアーシェの叫び声が響いた。

「なんでこうなるのよぉっ!」



                   —終わり—


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