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撤退

「二人まとめて死んじまえっ!」

 ライオネルは振り上げた得物をアーシェとノエルに向かって振り下ろした。魔力を帯びた強烈な一撃。まともにくらえば二人とも無事ではすまない。

 ノエルは一旦、治癒魔法を止めると、すぐに防御の魔法を唱えた。

「智神ネレウスよ、その力で我を守り給え!」

 ノエルとアーシェの頭上に光の盾ができた。その直後にライオネルの攻撃は二人へ届く前に光の盾によって阻まれた。

「な、何――だと? バカな!」

 この強烈な一撃が、あっさりと防がれたことに驚くライオネル。

「そんなものでは僕の魔法は破れないぞ」

「くっ……貴様、何者だ! そんな強力な魔法が使えるとは、只者じゃないな!」

「只者ではないが、名乗るほどの者でもない。この場は収めてもらおうか」

「そうはいくか。この街で俺に楯突いたやつは全員処刑だ!」

 ライオネルは魔斧インプラカブルを一振りして、足元の石畳に突き刺した。衝撃で周囲が少し揺れた。どうも逃してくれそうな雰囲気は感じられない。

 ノエルは困ってしまった。ライオネルの攻撃は防御の魔法で防ぐことができるから問題ないが、もし強力な魔法でライオネルを叩きのめしたら、もうこの街では表立ってオーブ探しをすることができないだろう。街にもかなりの被害が出るし、やはり無理だろう。

 穏便に済ますことはもはや難しい。ならばいっそのことと思うが、まずアーシェの傷を早く治療してやらなくてはならない。なんとか目眩しで欺いて、素早くこの場を脱出するべきだとと考えた。

「水の精霊に命ず――その力を持って、敵を惑わせ!」

 ノエルは何か、呪文のような言葉を唱えた。すると、ノエルの周囲に霧が発生した。その霧は次第に周辺に広がり、周囲一帯が霧に包まれ視界が著しく悪化した。

「このやろう、何をしやがった!」

 ライオネルは、急激に周囲が見えなくなってきたことに驚き、斧を振り回しながら叫んだ。

 ノエルはまともに動けないアーシェを抱き抱えると、少しよろめきながらライオネルのいる方向とは別の方へ歩いた。ライオネルは完全に視界が奪われているが、ノエルは霧に包まれているものの、魔法の力により周囲の状況が見える。

「畜生! どこだっ! どこに行きやがったっ!」

 激しく吠えながら、斧を振り回し手当たり次第に周囲を攻撃した。

「ぎゃあぁぁ!」

 衛兵の一人が、ライオネルの攻撃により、吹き飛ばされて気絶した。また、別の衛兵が横殴りの打撃をくらって倒れた。

「クソッ! 姿を表せ!」

 部下たちのことなどお構いなしに、周辺一帯を攻撃しまくるライオネル。しかし、もうノエルとアーシェはいない。予想以上に効果抜群だったため、とっくにこの場を離れて別の場所へ逃げ出すことができたのだ。



 ノエルはアーシェを抱えながら、ノロノロと薄暗い路地を行く。ノエルは魔法を得意とする反面、体力はない。元々ノエルは運動が苦手で、それを補うように魔法のエキスパートとなっている。アーシェは小柄で体重は軽いが、それでもノエルには抱えて長く歩き突けるのは大変だった。

「ノエル、ごめんね……」

 アーシェが言った。

「いいんだ。今はとりあえず、安全なところまで逃げなくては」

 ノエルが言った。近くで衛兵たちと思われる者の声が聞こえる。周囲で捜索を行なっているものと思われた。

「――おい、こっちだ!」

 聞き覚えのある声がした。声のした方を見るとダリルだ。こっちに向かって手招きしている。どうやら騒動を知って、救援に駆けつけてきてくれたようである。

 ノエルは力を振り絞ると、アーシェを抱き抱えたまま懸命に走った。


 ぐったりしているアーシェの姿を見て、ダリルは心配そうな顔をしている。

「だ、大丈夫なのか?」

「ああ、心配ないけど……回復するのに数日かかるかもしれない」

「そうか、よかった――アーシェは俺が運ぶよ。ついてきてくれ」

「すまない」

 ノエルはアーシェをダリルに預けた。ダリルはアーシェを背負うと、細い路地の奥に入っていった。ノエルもその後をついていく。



 レジスタンスの隠れ家。アーシェとノエルはここに案内されてやってきた。ここは貧民街の中にあり、衛兵たちもあまり近寄らない。ここまできたら、ひとまず安心だ。

 隠れ家には数人の仲間がいて、すぐにアーシェを寝かせるベッドを用意し、治療の準備を始めた。

「とりあえず、僕の治癒魔法を使う。完全には難しいから、薬などの治療も頼む」

 ノエルはベットに寝かされたアーシェに向かって、治癒魔法を唱えた。ノエルの両手から柔らかい光が浮かび、それがアーシェの体を包む。しばらくすると、体の傷がゆっくりと治り始めてきた。

「おお、治ってきてる!」

 周囲にいたレジスタンスのメンバーたちが、喜びの声をあげた。

「大したもんだな。こういう魔法っていうのは、どうやって使えるようになるんだ?」

 ダリルが言った。

「学問と気を操る練習だね。やろうと思えば誰でもできるが、その道はかなり遠く険しい。ダリル、君もやってみるかい?」

「はは、俺はあんまり頭がよくねえからなあ……まあ、アーシェを頼むぜ、ノエルの旦那!」

 ダリルはあまり勉強好きな人間ではないので、学問なんて言葉ができてた時点で魔法使いの道は諦めたいようだ。

 四、五時間ほど経っただろうか、外が茜色に染まり始めた頃、アーシェがようやく、少し体を動かせるようになった。



「おぉいてて……アルマ、もうちょっと優しく」

「あ、ごめんなさい」

「君は何を偉そうなことを言っているんだ? せっかく包帯巻いてくれているのに」

 アーシェは隠れ家で、ノエルの治癒魔法である程度まで治すと、あとはアルマに薬などで治療してもらっていた。人間なら命を落としていたくらいの重傷であったが、さすがは魔法の力でここまで治すことができた。

「別に偉そうなことはないでしょ。ねえ? アルマ」

「ええ、痛かったら言ってくださいね」

 アルマは優しく微笑んだ。

「うん、ありがと。アルマ」


「手はどうですか? 大丈夫?」

「うん、どれどれ――」

 アーシェは包帯を巻かれた手を見て、確認するように少し手を動かして、おもむろにアルマの胸を触った。

「うむ、とてもバッチリよ。まあ! アルマったら大きいのねえ」

 あまりに突然なことに、アルマは完全に硬直していた。

 突然、アーシェの頭にゲンコツがお見舞いされた。

「あいたっ!」

「きっ、君は何をしているんだ!」

 ノエルが顔を真っ赤にして、アーシェに制裁を加えたようだ。

「確認よ、確認。ちゃんと指が動くか確認しただけでしょ」

「そ、そんな確認があるか!」

「でも、アルマのおっぱい柔らかいわよ。大きいし」

 ニヤニヤしているアーシェとは裏腹に、アルマは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

「な、な、な……何を言っているんだ! 僕は大きくないし、いや、そうじゃなくて――柔らか――ああ、いや! その――」

 ノエルはもはや何を言っているのかわからない。真面目一辺倒なノエルには、こういうことは刺激が強すぎたのかもしれない。

 そこへダリルが部屋に入ってきた。

「アーシェ、怪我はどうだ? ……あれ、何やってんだ、お前たち」

 ダリルはアーシェたちを見て、不思議そうな顔をしていた。

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