強敵
その屈強な戦士は、騎士ライオネルと名乗った。
見上げるような長身に、刃物も通りそうにないほど強靭な肉体。そして相手を見下す悪党の顔。そこから発せられる威圧感は、周囲に集まってきた市民たちを簡単には寄り付かせない。
「俺の名はライオネル。この名を覚えておけ。お前が一生のうちに出会う中で最強の戦士の名前だ」
不敵な笑みを浮かべ、何の躊躇なく自身を最強だと言っている。アーシェは、このオッサンは何なんだ……と戸惑っていた。
ただ、見ただけで相当な戦士だということは容易に想像がつく。
「だから何なの? 私は急いでいるんだけど」
「まあいいじゃねえか。ちょっと付き合えよ――」
そう言った次の瞬間、凄まじい速さで腰の剣を抜いてそのままアーシェに向かって斬りつけた。筋肉の塊で出来たような男だが、その素早さはそこらの戦士程度では追えないくらいに速い。
アーシェは刃が届くほんの一瞬で、後ろに飛び退いた。
「ちょっと! いきなり斬りつけるなんて、どういう神経してんのよ!」
「ほぉ、なるほど大したもんじゃねえか。この一撃をかわすとはな。普通なら、もうとっくにあの世行きだぜ」
しかしライオネルは、アーシェの抗議など歯牙にもかけない。その傍若無人な態度に、アーシェは驚きを隠せない。
「は、はぁ? あんた、正気? 街中で人殺しなんかしたら牢獄行きよ!」
「ふふふ、俺はなあ――牢獄なんかには入る必要はねえんだ。お前らとは違ってな」
ライオネルが余裕の表情で言った後、いつの間にかやってきていた衛兵が、ライオネルに声をかけた。
「ライオネル様。逃げ道はすべて塞ぎました」
「よし、お前らはそこで見ていろ。俺がこの小娘をいたぶる姿をな」
「な! ちょっと、それどういうこと――」
アーシェは信じられないという表情で言った。
やってきた衛兵は、ライオネルの指示に従っている。ここから導き出される結論は、ライオネルは衛兵たちの上司――隊長か何かだということになる。そして、部下の衛兵に命じて、アーシェがここから逃げられないように、周辺を封鎖したと。
これは最悪な状態だ。ただでさえ揉めごとを避けて、オーブの所在を調査しないといけないのに、一番不味い衛兵との揉め事を起こしてしまった。これは後で、ノエルから大目玉をくらいそうだ。
「そういうことで、小娘。お前は俺の強さを披露するための生贄になってくれや」
「は、はぁ? そんなのお断りよっ!」
「まあ、そういうなって――オラァッ!」
ライオネルはふたたび剣を構えて、凄まじい勢いで突進してきた。しかしアーシェはこれを難なくかわす。
ライオネルの突進は、そのままアーシェの背後にあったレンガの壁を、轟音と共に打ち砕いた。砂と埃が舞い、ライオネルの姿が少し隠れた。ライオネルはゆっくりと砂煙の中から姿を表す。
「やるじゃねえか」
その言葉には、まだかなりの余裕が感じられた。
「無茶苦茶ね、アンタたち」
アーシェは呆れていた。こんなのが衛兵を統率して、街の警察任務を行なっているとは……空いた口が塞がらない。
「俺たちトーラン護衛団がこの街のルールなんだ。俺がそう思えば、そうなんだよ」
「そんな無茶苦茶な。そんなのってアリなの?」
「アリなんだぜっ!」
ライオネルはまた、剣を構えて突進してきた。相変わらず凄まじい突撃で、まさに猛牛の突進とでもいうべきか。
アーシェはまたも軽々と回避するが、その代償として、背後にあった建物の壁が粉砕された。とんでもない威力で、遠巻きに状況を見守っている人々も青ざめている。
「あんたは街を守るのが仕事でしょ、それが壊して――あっ!」
アーシェは破壊された建物の壁の向こうに、倒れている人を見つけた。瓦礫の下敷きになっているようで、側にその人を助けようと必死で瓦礫を除けようとしていた。
「だ、大丈夫?」
アーシェはすぐに駆け寄って、一緒に瓦礫を取り除くのを手伝った。下半身を挟まれて苦しむ被害者の男。その妻と思われる女性が、細い腕で必死に瓦礫を取り除こうとしている。アーシェは自分が避けたせいでこんなことになったと、少し罪悪感が芽生えていた。
「おい。俺を無視して何やってんだぁ?」
刺さるような目つきで、アーシェの背後に立つライオネル。
「そんなモン、放っておけ。たたが市民ごとき知ったことじゃねえだろ」
「あ、アンタね……それでも街を守る衛兵なの!」
アーシェはあまりに非情な言葉に激昂した。こんなことを言う人間が、この街を守っているなんて。
「ここはそういう街なのさ。何せ俺がトーラン保安隊の隊長なんだからヨォ!」
狂った笑みを浮かべながら、ライオネルは剣を振り上げ、アーシェに向かって斬りかかった。
怒りに燃えるアーシェは、その許し難い顔を睨み付けると、一瞬で剣を抜き、ライオネルの剣を振り払った。
アーシェの剣のスピードについていけず、剣を弾かれ離してしまった。回転しながら飛んでいき、近くの石畳に突き刺さるライオネルの剣。
「最低ね、アンタなんかに街の人を守る資格なんてない!」
アーシェは叫んだ。
ライオネルは自分の手に剣がないことと、衝撃で未だに手に痺れがあることに驚愕した。まさか、自分がこうも簡単に武器を弾き飛ばされてしまおうとは。
この小娘は何者なんだ、こんな小柄にも関わらず、この俺を圧倒しようとは。と、頭の中で脅威を覚えるも、この俺に恥をかかせた、と言う怒りが沸々と芽生えてきた。
「て、てめえ……よくも、この俺を愚弄してくれたな」
髪の毛が逆立ち目を血走らせて、唸るように吠えた。
その時、場の空気が重く沈んだ。アーシェはそれに気がついて、ライオネルの行動に注意を払う。
――このライオネルとかいう騎士、只者じゃない。
これほど空気を変えるのは、魔力を使うか、訓練によって闘気を操る術を手に入れたか。もしくはそのどちらもか。人間でここまでできるのはそうはいない。
「俺を怒らせたことの償いをしてもらう――」
ライオネルはニヤリと笑みを浮かべ、腕を前に突き出した。すると、そこに凄まじい気が集中し始める。それが次第に具現化し何かの形を形成し始めた。
アーシェはこれは不味いと思った。あれは個人の力だけじゃない。明らかに、魔力を増幅付与する「マジックアイテム」を所持している。大規模な破壊をもたらす様な技を使いかねない。周辺には多くの人がいる。巻き込まれる可能性があるのだ。
「そんなに興奮することないでしょ! こんな街中で何をしようってのよ」
アーシェは叫んだ。
「決まってんだろ。お前の処刑だよ……この魔斧インプラカブルでな」
いつの間にか、ライオネルの手には魔力を帯びた斧が出現している。豪壮な装飾の施された大ぶりな斧で、只者ではないことが一目でわかる様な斧だ。
また、ライオネルの首元に何かあるのに気がついた。ペンダントの様だが、どうもあそこから膨大な魔力が溢れ出し、それが体を包み込んでパワーを増幅させているようだ。やはり、マジックアイテムを所有している。ということは、通常の人間の身体能力を超えているものと思われる。
突然ライオネルが叫んだ。すると、彼の体が何か強力な光に包まれ、魔斧インプラカブルも輝き出す。
「ちょっと実力を出させてもらうぜぇ――クソガキ!」
自信に満ち溢れた得意な顔。もはやライオネルは目の前の敵――アーシェを倒すのに全力を出すようである。
アーシェも剣を構えた。この後に及んでは、この男を黙らせないと、この場を脱出することは叶わないと覚悟を決めた。
「こうなったら、ギャフンと言わせてやらないとダメなようね」