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一触即発

 ブラドの宿屋はわかりやすい場所にあった。何せ、街一番の通りにある、もっとも大きな建物がそれだった。大きな看板が掲げられており、一目瞭然である。

「ねえ、ノエル。あれがそうかな?」

「だろうな。看板にも『ホテルブラド』とある。しかし、趣味の悪い看板だな」

 その大きな看板は、さまざまな色が散りばめられた派手なものだった。通りを歩いていれば、遠くからでもよく目立つ。見たくなくても視界に入ってしまうような、圧倒的な存在感を放っている。

「大きいわねえ。この通りの建物ってどれも大きいけど、このホテルブラドが一番大きいわ」

「それだけに、相当儲けているんだろうな。店先を見てみろ、あのウロウロしている輩が、ロゼッタが言っていた用心棒かもしれない」

「ああ、確かに。しかし柄の悪そうな連中ばっかりね。いかにも悪役って感じ」

 人相が悪く、周りに殺気を振り撒いているような輩だ。武装もしているし、用心棒というより傭兵か何かと思うくらいである。しかし、もしかしたら宿に宿泊している客かもしれないが、おそらく宿代は高額であろうホテルブラドで、ああいう輩が客として泊まれるとも思えない。

「あまり近寄らない方がいいだろうな。アーシェ、他へ情報集めに行こう」

「そだね。そうしようか」

 アーシェとノエルは、遠くから眺めただけで、その場を去ることにした。下手に近づくと、あの人相の悪い輩が寄ってきそうである。


 宿屋ブラドを離れようと、来た道を引き返していく際、ふとアーシェは物陰に見覚えのある青年を見つけた。宿屋の方を睨むような険しい視線で見ている。その手には短剣を持っているが、それは市民が普段街中で持ち歩くものではない。

「うん? ……あれは」

 多分、レジスタンスの一員の青年だ。二人いるが、どちらも昨日アジトで見た覚えがある顔だ。

 ノエルは気がついていないようで、そのまま歩いていく。しかし、アーシェは気になって、こっそり二人に近づいていった。


 アーシェは二人の背後からいきなり声をかけた。

「ねえ、何してるの?」

「え? あっ、あの――その、これは違うんです!」

 心臓が飛び出たかのように驚く二人。

「何が違うのよ」

「僕たちは決して、ブラドが姿を表すのを待ち伏せているわけじゃありません」

「なるほど、待ち伏せて襲い掛かろうとしてたわけね」

「ああいや、そんなことありません! 違うんです、違うんです!」

 必死に違うと連呼しているが、アーシェの言う通り、ブラドを待ち伏せて襲撃しようとしているのは明らかだった。

「オーレンが言ってたじゃん。そういう軽率なことをやると、逆にみんなに迷惑かけることになるよ」

 アーシェに言われて、ようやく観念したのか、襲撃の機会を窺っていたことを認めた。

「は、はい……すいません。でも、どうしても腹が立って、許せなくて……すいません、すいません」

「謝らなくてもいいからさ、わかったらもう帰ろうよ。みんなとよく相談して軽はずみなことはしない。いい?」

「は、はい。そうします」

「よろしい」

 二人の青年は短剣を投げ捨てて立ち上がり、この場を去ろうしたとき、何か嫌な声が聞こえた。

「おい、お前ら――そこで何をしてやがる」

 その声の主は、いかにも用心棒という、人相の悪い面構えと、山賊と勘違いしそうな厳つい装備を身につけた男だった。

「何って、別になんでもねえよ」

 青年の一人が、ぶっきらぼうに答えた。

「てめえ、ずっと宿の方を見ていただろう。ブラドさんに何か用なんじゃねえのか……ああ?」

 用心棒は、青年の態度が気に食わなかったのか、近づいてくるなり青年の襟元を掴んで恫喝した。驚くが、怯まずに睨む青年。もう一人は、余計な揉め事になりそうで、心配そうな顔をしている。

 その間にアーシェが割って入った。

「何でもないって言ってるじゃん。さあ、行こう」

 アーシェは二人を連れて、この場を立ち去ろうとしたが、用心棒はそれを阻んだ。

「おい、待てや……さてはお前らが街を騒がせてやがる連中だな?」

「ふ、ふざけるな! 騒がせているのはお前の方だろうが!」

「てめえ、気に食わねえな――」

 用心棒は腰の剣を抜いた。武器を手に取ったことで、二人の青年は青ざめる。先ほど短剣を捨てたこともあり、自分たちは丸腰だ。それに実は戦闘経験もない。

「それは穏やかじゃないわね。剣を抜いたら衛兵に連れていかれるわよ」

 アーシェが言った。

 いつの間にか、周囲が騒がしくなってきていることに気がついた。騒ぎを聞いて何事かと、こちらの方を覗いている。この様子では、衛兵がやってくるのも時間の問題だろう。不味い事態だと思った。

「知ったことか! 小娘が調子に乗ってんじゃねえ!」

 用心棒は、そんなことはお構いなしのようだ。激昂して大声で叫ぶと、アーシェに向かって剣を塗り回して突進してきた。

 ここは素早く終わらせて逃げなくては、と思ったアーシェは、一撃で撃退するべく構えた。

「テェッッイ!」

 アーシェは素早く、突進してくる用心棒の懐に飛び込むと、剣を鞘から抜かず、柄で思い切り腹を突いた。目を大きく見開いて、呻き声とともに苦悶の表情を浮かべる用心棒。

 すぐにその場に膝をつき、腹を押さえたまま倒れ込んだ。

「ふぅ、やれやれ。うまい具合にのびてくれたわ。まったくこんな山賊みたいなのを雇うなんて、ブラドも碌なもんじゃないわねえ」

 アーシェの側に青年二人が駆け寄ってきた。

「アーシェさん、どうもありがとうございます!」

「アンタたちねえ、これに懲りたら軽率なことはしないようにね」

「はい!」

「わかったら、すぐに逃げるわよ。早くしないと衛兵が」

 アーシェは二人にすぐこの場を立ち去るよう指示して、自分もどこかへ逃げなくては、と駆け出した。


 が、その時――アーシェは背後に強烈な殺気を感じた。

「ほぉ、なかなかの腕じゃねえか――」

 低く、地響きのような重い声。アーシェが振り向くと、そこには山のように大きな男が立っていた。おそらく歴戦をくぐり抜けてきた、屈強な戦士だ。

「な……何かご用?」

 アーシェは嫌な予感がした。この大男の敵意は自分に向けられているように思った。次の展開が目に見える。

「このゴロツキでも、一撃で仕留められるってなあ、そう簡単にできるもんじゃねえ。タダモンじゃねえな」

「いやまあ……私はタダモンよ。おっちゃんに呼び止められるようなんじゃないって」

 とにかくこの場を去ろうとするが、この屈強な戦士の放つプレッシャーはアーシェの足を止めるくらい強烈だ。

 アーシェはその男を見た。軽装だが鎧を纏ったその体躯からは、相当な戦闘経験があるであろうことが予想できた。さっきの用心棒など話にならないレベルだろう。もしかしたら、あのゴーレムよりも強いかもしれない。

「俺はおっちゃんなんて歳じゃねえよ。それにな、俺をそこらのオッサンどもと一緒にされちゃ困る」

 男はニヤリとして剣を抜いた。そしてその剣先をアーシェに向けて言った。

「俺の名は騎士ライオネル――世界最強の戦士だ」

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