レジスタンス
清々しい朝の光が、アーシェを夢から引き戻す。
「う、うぅん……ふわぁ……」
まだ半分眠った頭で、勿体ぶるようにゆっくりと体を起こす。ぼやけた視界が段々とはっきりしてくると、その中にノエルの姿を見つけた。
「……ノエル、おはよ」
「おはよう。今頃起きたか。もう日が昇って結構な時間が経つ。あんまりのんびりもしていられないんだぞ」
ノエルは不機嫌そうに言った。ノエルは時間に厳しい。とにかくルーズなアーシェとは正反対だ。とはいえ、起こさずに待ってくれていたのには、アーシェは意外だと思った。
ノエルは、これから情報収集に行く、と言った。オーブがある可能性がある場所が出てきたものの、そこに行くのはかなり困難だった。しかし、ロドネスよりも先に見つけて回収しなくてはならない。そのために地上に降りてきたのだ。
「でもさぁ、どこに行くの? 探すって言ってもただ街を歩いても無理じゃないの?」
「それは……酒場など人が集まりやすい場所でだね――」
「それより、ダリルにまた誰か紹介してもらおうよ。その方が手っ取り早いって。ダリルって情報屋でしょ。人脈いっぱいあるよ、きっと」
「うむむ……まあ、それはそうだけども」
少しの間、ああだこうだと言い合った後、結局ダリルに会うことに決まった。結局アーシェの言う通り、つてを頼るのが早いという結論になったようだ。
朝食を食べに食堂にやってきた二人に、来客が待っていた。
「よう。お二人さん」
「ダリル!」
なんと、これから会いに行こうとしていた、そのダリルの方から宿まで来ていた。機嫌よさそうにずっと笑顔で、昨日のことが嘘のようだった。
ノエルはその様子に少し安心しつつ、声をかけた。
「どうしたんだ。何か用か?」
「ああ、これから俺たちの”秘密基地”に行くんだ。アンタたちを仲間に紹介したい。ぜひ来てほしいんだよ」
「君の仲間っていうのは、例の反市長のレジスタンスか?」
「そうだぜ。それに昨日、ブラドのおっさんから預かったものがあるだろ。これを持っていくんだ」
ダリルはカバンから小さな箱を取り出して、二人に見せた。あの時に預かった小箱だ。
ノエルは出てきた箱を眺めて難しい顔をした。受け取った時もそうだったが、やはり何か気になった。が、勝手に中を確認するわけにもいかず、とりあえずこのことは伏せた。
「確か、オーレン・ノリスとかいう人に届けろと言っていたな」
「そうだ。オーレンは俺たちのリーダーなんだ。仲間の信頼が厚くてよ、結成当時から俺たちのリーダーなんだ」
「……わかった。一緒に行こう。ただ、僕たちはオーブを探している。それに関する情報も欲しいんだ」
「ああ、いいぜ。と言っても何か新しい情報があるかはわからねえが、俺たちと仲良くしてりゃ、いろいろ役人どもの動きもわかるだろうし、アンタらにも都合がいいはずだ」
レジスタンスの秘密基地——アジトは貧民街の中にあった。
「貧しい奴らが住んでいるところだけどよ、その分役人どもの目が届きにくいんだ。だから、俺たちが隠れて集まるにはうってつけなんだよ」
ダリルは歩きながら説明している。
ここ貧民街はいわゆるスラムだ。どこの街でも見る、街の外れや外部にある。多くの街でもそうだが、ここに住んでいる者たちは、税金を取り立てられることはない。なぜなら、街の権力者から市民とは見られていないからだ。
街の通りは賑やかだが、見るからにボロくて見窄らしい。そこかしこにいる人々も、着ている服からして貧しさを感じさせる者だった。しかし、あまり暗く沈んだ雰囲気はない。
そんな様を、アーシェは興味深そうに、ノエルは真剣な顔をして見ていた。
「みんな好きで貧乏やってるわけじゃねえけどよ、それでもそこまで不満があるわけじゃねえ。さっき、ここは役人の目が届きにくいって言ったろ。裏を返せば、かなり自由気ままってわけだ」
実際、市長のロドネスは、ここへ立ち入ることすら嫌い、ここから出される税金までも嫌った。そこまで嫌うか、と思うかもしれないが、いわば税金の支払い拒否を黙認されているようなものだ。
「さあ、この通りの奥だ。行こうぜ」
ダリルはそう言って歩いて行った。アーシェとノエルもそれに続く。
「初めまして、私はオーレン・ノリスです」
目の前の男、オーレンは軽く会釈したあと、穏やかな口調で自己紹介した。二十代後半くらいだろうか、ダリルより少し年上のように感じる。身なりはダリルなどと比べてよく、おそらく貴族か、ある程度裕福な家の出身と思われた。
オーレンの他には、十人くらいの男女がいる。皆二十代くらいまでの若者ばかりで、皆どこか志を高く持っているような、自信に満ちた顔をしていた。
「僕はノエルです。こちらは――」
「美少女剣士、アーシェです!」
アーシェの、自分の名乗りはいつもこれらしい。呆気にとられているオーレンやレジスタンスのメンバーなどを尻目に、満面の笑顔である。ノエルは少し恥ずかしかった。
ダリルの方からアーシェとノエルのことを細かく説明され、それらを聞いたオーレンと仲間たちは驚きを隠せなかった。まさかあのゴーレムを倒せるような戦士だなんてと、二人を尊敬の眼差して見ている。
ノエルは少し照れているようだが、アーシェは随分と嬉しそうである。ああして、こうやって……とその時の様子を話して聞かせている。
まだ十代くらいと思われるメンバーは、アーシェに剣術を教えて欲しいと懇願していた。「先生」と呼ばれて得意げな相方の様子に、どこか納得がいかない風なノエルだったが、ノエルはノエルで、「大魔法使い」などと呼ばれて、まんざらでもないようだ。
それからしばらく経ったころ、ダリルが例の小箱を出した。
「オーレン、実はブラドから預かり物があるんだ」
「預かり物? なんだい、それは」
「これなんだ。何かはわからんけど、オーレンに渡して欲しいと言われて預かっていたんだ」
ダリルは箱をオーレンに手渡した。オーレンはそれを眺めて言った。
「なんだろう? ブラドさんは本当に何も言っていなかったのか?」
「ああ、もしかして何か軍資金になるようなものかも。宝石とか」
「ははは。そうだといいが、金に汚い人だ。それはないと思う」
ともかく、オーレンは箱を開けようとした。
その時ノエルは、その小さな箱に危険な力を感じた。
「待った! その箱を開けてはいけない!」
「え?」
オーレンの手は止まったが、もう少し箱が開きかけている。そして、そこからわずかな光が覗いていた。しかしその光は、次第に強くなっていく。
「な、なんだぁ!」
「お、おい!」
レジスタンスのメンバーたちが騒がしくなる。
「まずい! アーシェ!」
ノエルが叫んだ。そしてノエルは、魔法の杖を箱に向け、何か呪文を唱え始めた。
「――我が命に従い、その力を封じ込めよ!」
ノエルの呪文の後に、杖から光を射出し、小さな箱を包んだ。すると箱から飛び出さんとする光が、それに抑えられた。
「アーシェ、頼む!」
「任しといて! トォリャッ!」
アーシェは軽く飛び上がると、天井に頭をぶつけるスレスレで、剣を抜きその剣先を箱へ向けた。そして落下と共に「クラァシュッッ!」と叫んで箱に剣を突き立てた。
すると、箱から発する光が次第に弱くなり、そして消えた。
ノエルは構えを解くと、ノエルの魔法もゆっくりと消えていく。そして何も起こらなくなった箱が残った。
「だ、大丈夫なのか?」
ダリルが恐る恐る箱の様子を眺めている。
ノエルは小箱を手に取って蓋を開けた。中には水晶玉のようなものがあった。魔力を帯びていたことが窺える不思議なマダラ模様が艶やかな表面にあった。そして一箇所には、剣で一突きにされた後とそれによるひび割れが派手にできていた。
ノエルの感覚では、もう魔力を発することはできないと感じた。危機は去ったようだ。
「大丈夫、もう危険はない。しかし、これは魔導水晶だ。通常は魔法行使の媒体として使うが、魔力を詰め込んで暴走させると、魔法爆弾となる。こんな危険なものを……」
どうやら、箱を開けることで暴走が発生するように、細工が施されていたようだ。水晶は直径三センチくらい玉で大きくはないが、このレジスタンスのアジトと、その周囲数十メートルを完全に吹き飛ばすくらいの威力があると予想された。
ダリルは、青冷めていた顔を一瞬で真っ赤にして叫んだ。
「ブラドのジジイ! まさか!」
ほぼ間違いなく、これを使ってオーレンの暗殺、さらには仲間やアジトを壊滅させる目的があったと予想できた。実際に爆発していた場合、ここにいたレジスタンスのメンバーで助かる者はいなかっただろう。
そう思うと、ダリルたちの怒りは収まらない。
「やっぱり奴はロドネスの犬だ! あのジジイ、ロドネスの命令で俺たちに近づいたのかもしれんぞ」
「もしかしたら、ロドネスにゴマをするためにやったのかもしれないぞ!」
「許せねえ!」
「そうだ、そうだ! ブラドのジジイを逆に引っ捕えて目に物見せてやれ!」
次々に飛び出てくる怨嗟の声。しかしオーレンは極めて冷静だった。
「みんな。怒りはわかるが、落ち着くんだ。それで暴走したら、それこそ奴らの思う壺だ」
「そうだ。衝動に任せて行動したって、すぐに察知されて返り討ちにあう。失敗したとわかったら、きっとなんらかの対策をするはず」
ノエルが言った。
「それに、我々を一網打尽にする罠を仕掛けて、待ち伏せているかもしれない。みんな、冷静になってくれ」
オーレンは真剣な顔で仲間たちを説得した。それを聞いたメンバーたちは、次第に黙り込んでいった。オーレンの言葉には従うようだ。
アーシェは側でその様子を見ていて、感心しているようだ。
「へぇ、オーレンってさすがリーダーだねえ。エルネスト様みたいね」
「ああ、指導者として優れている。……それにしても、これはそう簡単な事態じゃないぞ」
ノエルは、これは余計な事件に巻き込まれた挙句、かなり面倒なことになるかもしれない、と少し心配になった。