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切実なる願い

 騒動も落ち着いて夕食も終わった頃、アーシェたちがそろそろ宿の方へ戻ろうかとしていたとき、玄関のドアが開いて男が家へ入ってきた。男は白髪の老人だ。

 老人は入ってくるなり、目の前のダリルに向かって声をかけた。

「ダリル、帰っていたのか」

 ダリルは少し気まずそうにしているが、特に何も言わなかった。逆にアルマが笑顔で言った。

「あ、おじいちゃん。お帰りなさい」

「うむ、アルマ。ただいま」

「おじいちゃん? え、この人はアルマのおじいちゃんなの?」

 アーシェはアルマと老人の顔を交互に見回しながら言った。

「そうよ。私と兄さんの祖父なの」

「客人かな。わしはトマスという。君らはアルマの友達か?」

「そうよ。アタシ、美少女剣士アーシェ。こっちが魔法使いのノエルよ。トマスおじいちゃん、よろしく!」

 アーシェはお決まりの自己紹介をする。ノエルはやはり少し納得がいかない顔をしつつも、軽く会釈をした。

「ふむこちらこそ、アルマが世話になっているね。まあ、ゆっくりしていっておくれ」

 トマスは言った。老人にしては少し鋭い顔つきではあるが、人柄は穏やかで優しい印象の人物だった。しかし、その顔がダリルの方に向くと、途端に穏やかな印象は消えた。

「ダリル。お前は昼間何をやっている? ジャクソンさんのところも休みがちだと聞いたぞ」

「関係ないだろ。俺には俺の用事があるってんだ」

 ダリルの態度は棘があり、アーシェとノエルには、二人の関係はあまりよくないように思えた。

「用事とは何だ? まさかお前まだ、あんな危ない仕事をやっているのか!」

 トマスは声を荒げた。

「関係ねえってんだろ!」

 ダリルは吐き捨てるように言うと、奥の部屋へ引っ込んでしまった。ドアを叩きつけるように閉め、大きな音を出す。アルマは心配そうな表情で、何か言いたそうにしたが声が出なかった。

「どうなってんの?」

 アーシェはノエルと顔を見合わせて首を傾げた。



 ダリルが奥に引っ込んだ後、トマスが夕食を食べ終わった後に話し始めた。その面持ちは険しく、重い話であることが想像できた。

「ダリルは両親を失ってから、若いものたちと集まって、レジスタンスだとか言って市長への抵抗活動をやっている。しかし、わしはそれをよく思っておらん。今の市長は冷酷じゃ。投獄や処刑を簡単にやる。あんな輩に逆らっていると、命がいくつあっても足りん」

 トマスの言う通り、ロドネスが市長に就任して以来、逮捕者は数倍に跳ね上がり、収容施設があっという間に一杯になってしまった。それに、以前は処刑などほとんどされることはなかったが、今は毎月処刑が行われている。かなり異常な状態だった。

「なるほど……それでか。確かに危ない。僕も同意見だな」

 ノエルが言った。

「そうじゃろう。我々は所詮は一般市民。どうにもならん」

「えぇ、そうかなあ。危ないのは同意するけど、何とかしないといつまで経っても我慢しなきゃいけないよ。それは違うと思う」

 アーシェはトマスの考えに反論した。

「抵抗できる力があれば、ロドネスのような非道な者に好きにはさせんじゃろうが、現状ではわしらはあまりに無力すぎる。何をやろうとも変えることはできん。現に……この子らの両親は、ロドネスに抵抗して殺された」

 トマスは悔しそうに顔を歪め、絞り出すように話した。

「そうだったんだ……」

 アーシェはそれ以上、言葉にすることができなかった。室内に重い空気が漂う。

 ふいにトマスがつぶやいた。

「……わしらでは無理でも、アンシェラトスさま……アンシェラトスさまがご降臨されたら、我々を救ってくださるかもしれん」

 それにノエルが反応した。

「アンシェラトスとは、神話にあるレダ神の代行者ですか?」

「そうじゃ。いや、わかっている。そんなもの所詮は伝説の中だけの話で、現実ではない――しかし、それでもこのフォーラントをお救いくださった、アンシェラトスさまの伝説を信じたいんじゃ」

 そう言ってトマスは両手を合わせ、神に祈りを捧げる仕草をした。軽く祈るような仕草であったが、アーシェやノエルには、かなり深刻で切実な想いが込められているように感じた。自分達の力ではどうにもならない時、人は神に救いを求める。トマス老人もそうなのだ。


 ちなみに、アンシェラトスは腰に二枚、頭に二枚の光を放つ翼を持ち、黄金の鎧を纏った少女の姿をしているとされ、神殿などにある石像などはその姿である。古くから、女戦士はアンシェラトスにあやかり、腰や頭に羽根飾りをつけるのを好むものが多い。このトーランでも見かける。実はアーシェもそのような格好をしている。


「だよねえ。アンシェラトスなら、あんな小悪党チョチョイのチョイで、ギャフンと言わせられるわよね」

 アーシェは、見えない敵に向かって軽くパンチを繰り出す仕草で、アンシェラトスなら楽勝で叩きのめしてくれると、トマスの意見に同意した。しかし「ギャフン」とは言わないと思う……。

「そんな簡単にいくわけがないだろ。伝説上の話だろう、事実かどうかあやふやな」

 ノエルは即座に反論した。

「何言ってんのよ。そんなわけないでしょ、アタシが――」

「アーシェ!」

 何か言いかけたアーシェにノエルが大声で制止した。

「……ま、まあ。ノエルの言うこともわかるけどさ、お爺ちゃんの夢を壊しちゃダメでしょうが」

「ないものにすがるのは現実逃避というものだ。トマスさんには気の毒だが、これは自分達でどうにかするしかない」

 ノエルはそう言って、トマスの方をチラリと見た。

「いいんじゃ。君の言う通りじゃからな。しかし、どうにかせんといかん。アルマ、そしてダリル――この子たちの未来を……」

 トマスはアルマを抱きしめて言った。トマスもこのままではいいとは思っていない。ただ、どうすることもできないことが辛かった。


 そろそろロゼッタの宿に戻ろうと言うことになった。ダリルは奥に引っ込んだまま出てこない。まあ、そっとしておいた方がいいだろうと思って、声はかけなかった。

「……そろそろ僕たちは帰ります。ご馳走様でした」

「アルマの料理って美味しいわね。また食べに来ていい?」

「ええ、ぜひ来てくださいね。待ってます」

 お互いに挨拶して帰路についた。


 宿に戻ると、ちょうどロゼッタにばったり会った。ロゼッタはニコニコしながら出迎えた。

「おかえり、お二人さん。アルマの作った料理は美味しかったでしょ」

「たっだいまぁ! そうなのよ、アルマって料理が得意なのねえ。もう毎日アルマにご飯作ってもらいたいわ」

「あら、私のご飯じゃお気に召さないってワケ?」

 ロゼッタはニヤニヤしながら、アーシェに言った。

「あははは、そういうわけじゃないんだけどねぇ……あ、そうだ。ねえロゼッタ、ここってお風呂ある?」

 アーシェが言った。

「ええ、あまり大きくないけどあるよ。しかも男女別だから安心」

「イェイ! それじゃあたしはお風呂入ってくるから、ノエルは先に部屋に戻ってて」

 そう言ってアーシェはドタドタと奥に入っていった。

「ちょっと、アーシェ! 風呂はそっちじゃないよ!」

「え、どこ?」

「こっちこっち」

 ロゼッタがアーシェを案内して、風呂に向かっていった。

 一人取り残されたノエルは、騒がしさに呆気にとられるも部屋に戻っていった。

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