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ウィリアム・トレド

 ブラドの屋敷を出た三人は、今度はアーシェとノエルの方の用事を済ませるためにまた別の場所に向かう。やはり表は歩かず、目立たない裏道を歩く。

「——ウィリアム・トレドさんと言ってな。貴族だし大金持ちなんだが、俺たちの味方なんだ」

「味方? 反ロドネスの?」

 アーシェが言った。

「そうだ。元々庶民に理解のある人でな。トーラン評議会の議長もやっていたんだ。それが、ロドネスが来て好き勝手しやがったせいで、議員資格も奪われて散々な目に遭ってる」

「それで反ロドネスになったってわけか」

 ノエルが言った。

「本当にロクでもねえヤツだよ、あの市長サンはよ!」

 ダリルは吐き捨てるように言った。


 トレドの屋敷は、貴族階級の居住区のかなり奥の方にあった。この居住区の奥であるほど、街における地位は高いそうで、ダリルの言う通り、トレドはかなりの身分であるようだった。

 一族の中には、このフォーラント公国の中枢を担うような者もおり、サフィオーネ王国の歴史においても時々その名を目にする。もっとも、これから会いに行くトレド氏自身が、こういった歴史に名を残す人物ではないのだが。

 区域の奥の方は意外と大きな建物が多く、地形も起伏が激しい。そのせいか身を隠しながら移動し易かった。

 割と呆気なく到着し、ブラドの時と同様、裏手に回って、そっちから訪ねた。

 すぐに屋敷の使用人が出てきて、すぐに三人を中へ案内してくれた。横柄な態度だったブラドの屋敷に比べてトレド邸の使用人は友好的で印象がよかった。

 応接間に通され少し待つと、トレドが現れた。ダリルの顔を見ると、少し驚いたようである。

「ようこそ、ダリルくん。そして、そちらのお二人はお仲間かな?」

 トレドはとても紳士的で、貴族などによくある傲慢さはまったく見られない。

「どうも、トレドさん」

「よく来れたな。唯一の抜け道はゴーレムがいるし、どうやってここまで来たのだ?」

 トレドはゴーレムの存在を知っているようだ。あれはロドネスたち現在の権力者が設置したものだろうから、トレドのような身分のものであれば、知っていても不思議ではない。それにこのトレド氏は貴族であるものの、庶民たちのレジスタンスに協力していることもあり、あのゴーレムをなんとかしたいと思っていたのかもしれない。

「その抜け道を通ってきたんです。この二人の活躍で」

「ほう」

 トレドは、興味深そうにアーシェとノエルを見た。

「これが相当な使い手で、なんと、あのゴーレムを倒しちまった」

「なんと! それは本当か」

 穏やかだったトレドの顔が驚愕の表情に変わる。

「あのゴーレムは、どこから連れてきたのか、怪しげな魔法使いに用意させて、番人として設置したと聞く。あれのせいで連絡も難しくなってな――君たちは何者かね?」

「旅の『美少女』剣士、アーシェよ」

 アーシェは、「美少女」を強調しつつ、得意そうな顔をして言った。

「……僕は魔法使いのノエルです」

 続いてノエルが言った。アーシェの横顔を睨んで、どこか納得のいかない顔をしている。

「ふむ……あれを倒せるということは、相当な手練れだと思うが……まさかどこかの騎士団に所属しているのでは?」

「お! さすがオジサマ、鋭いねえ。実はてんか――アイタッ!」

 アーシェが思わず本当のことを喋り出そうとしたので、思い切りゲンコツをお見舞いして口を塞いだ。

「いえ、まあそこは内緒にしておいてください。しかし、ただの旅人ではないことは否定しません」

「そうか。まあ、それはいいだろう。しかしダリルくん。ゴーレムを倒してここまで来たのはわかった。しかし、用事はそれだけではないのだろう」

「ええ、そうなんです。それがこの二人の探し物についてなんですが――」

「探し物?」

 ダリルが最初に簡単に説明すると、後はノエルが詳細を説明した。


「ほう、『すべての願いを叶えるオーブ』かね。君たちはそれをどこで聞いたのかな?」

 トレドの表情は、これまでとは違う。冷静を装っているが、どこか警戒心が感じられる。あまり表沙汰にしたくないのだろう。

「どこと言われると、ちょっと言えませんが、とにかくこの街にあると聞きました」

 トレドの表情は固い。しばらく沈黙の時間が続く。重い空気が流れる中で、ようやくトレドの口が開いた。

「ある……かもしれない、と言ったところだろうか」

「かもしれない?」

「そうだ。ロドネスは秘密裏にそのオーブを探しているのは間違いない。しかし、まだ見つかっていない」

「なあトレドさん。どの辺にあるとか、目星はついていないですかね?」

「噂は聞いているが、正直怪しい。街の一番奥に神殿跡があるだろう」

 トレドは窓側に歩いて行き、その窓の向こうの景色を眺めた。そこには古い遺跡のような建築物が建っている。

「太陽の神殿とかいう遺跡のことですか?」

 ダリルが言った。

「そうだ。あの神殿跡の地下深くにあるという噂がある。実際にロドネスは調査しているようだが、果たして……」

 なんらかの噂はあって、それをもとに調査しているのは間違いないようだ。

 この「太陽の神殿」というのは、かなり古い時代、この辺り一体を支配していたサミューカ人が太陽を神格化し、それを祭るために山頂付近に神殿を作ったといわれる。今はもうサミューカ人もサフィオーネ人と同化し、神話もサフィオーネに取り込まれていったとされ、このトーランにある神殿も、まったく使われることなく、ただの遺跡として現在に至っている。余談だが、「トーラン」という地名も、サミューカ人の古語で「太陽」を意味する言葉だと主張する研究者もいる。


 アーシェが話に割り込んできた。

「ねえ、その太陽の神殿って入れるの? 市長が調べてんでしょ?」

「そうだ。衛兵が厳重に見張っているし、侵入はかなり難しいだろうな」

「やっぱし……」

 アーシェは肩を落とした。ノエルは無表情だったが、その顔には、僅かに落胆の色が見える。

「私が知っているのは、それくらいしかない。ロドネスはもっと情報を持っているかもしれないが、聞き出すのはさらに困難だろう」



 ふと部屋に初老の男が入ってきた。身なりやその雰囲気から、執事などの要職にある人物と思われる。トレドのそばにやってくると、

「旦那さま。憲兵が来ています」と言った。

「何、憲兵が? ……君たちか」

 トレドはアーシェたちを一瞥してつぶやいた。

「はい、反乱分子が来ていないか、と言っています」

 この反乱分子というのが、十中八九アーシェたちのことであろうというのは、この場にいる全員の共通認識だった。

「つけられていたか……トレドさん、すいません」

 ダリルが申し訳なさそうに言った。

「いや、いい。そもそも最近は憲兵どもの動きが盛んで、皆迷惑しているんだ。もうここにいるのは危険だろう。見つかる前に、君たちは屋敷を出たまえ」

「わかりました。それじゃ——」

「うむ」

 アーシェたちは部屋を出た。その後は、先ほどの執事に案内されて、別の出入り口から屋敷の外へ出て行った。



 アーシェたちが去った後、トレドのもとに憲兵三人が案内された。その中で隊長と思われる男が、ニヤニヤしながら目の前の貴族に話しかけた。

「ウィリアム・トレドさま。ご機嫌麗しゅうございます」

「何用かな?」

「こちらの屋敷に不審者が紛れ込んだとの通報がありましてな。一度中を確認させていただきたい」

 少し卑屈な印象もあったが、言うことは強引だ。彼らは庶民階級の人間であるので、貴族の屋敷を探すことなど本来はできないが、治安維持などの名目で、現市長ロドネスの権限で許されているのだ。

 しかし、貴族たちはそれでも許せないようで、多くの場合、叩き出されることになる。憲兵も無理を通そうとすると、逆に強盗呼ばわりされて、下手をするとその場で殺害される場合もあった。もちろんこれは罪にはならない。

 この時代、貴族たちはやはり絶対的な支配者であり、庶民は貴族によって支配されるものであった。

 トレドも当然貴族なので、アーシェたち云々はともかく、そもそも憲兵の要望など聞き入れはしない。今までとは打って変わって、厳しい顔になると、屋敷の使用人たちにつまみ出すよう命令した。

「貴様、たたが憲兵の分際でこの屋敷を自由にできると思っているのか。この身の程知らずどもを追い出せ!」

「ああ、ちょっとお待ちくだされ! 我らはロドネス市長の直属ですぞ! あまり捜査に協力的でないと、このことを市長に報告せねばなりませんぞ!」

「だからどうしたというのだ! 権力の後ろ盾がないと、何もできない下郎どもが! 帰れ!」

「うぬぬ……後悔なさるな、御免!」

 渋い顔をしつつ、捨て台詞を残して憲兵たちは去って行った。

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