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聴取と捜査


◆事情聴取と捜査


 ── 親族や使用人たち、全ての邸内にいた人物たちの事情聴取で、私と業たちが夜中に呼ばれた後、彼等全員が就寝前の大富豪の部屋を出入りしていたことが判明した。


 次男の幸申とGFの乙女未知は、


 「ぼくが訪ねたのは0時5分頃です。……

 晩餐の席で渡すことができなかった養父のために、ぼくなりに良く描けたと思う肖像画を渡しに尋ねたのですが、渋い顔をしながらも悪くないと言って受け取ってくれました。

 それからそのついでに、母(卯女)と男子が生まれない養父の利害で養子になり美大に進むことができたのはありがたい。

 でも宝瓶宮家を継ぐつもりもないし、美大でのイベントや個展でいくつかのギャラリーや美術商からオファーがあり、画家として生きたいから大学卒業後、その方面に就職する許可がほしい。

 ただ画家としての道が確定したら宝瓶宮の名前を使う許可だけはほしい、と話をしました。

 その際、養父からは考えておくと言われただけで、あとは部屋に戻って寝ました。

 え? 昨夜は蒸し暑くて喉が渇いていたので、水をいただきましたが。それが何か? 執事と弁護士さんが見ていたので確認してください。」


 「わたしは幸申くんのお父さん……宝瓶宮の旦那さんが呼んでいるからと執事さんに告げられたので、幸申くんが行くならついでだと一緒に訪ねました。

 その際に、何処で育ったのかと聞かれ、孤児院に捨てられていたと話すと、どこの孤児院だと聞かれたので場所をお教えしました。

 すると少し考え込んで、もっと近くに来てほしいと言われ、幸申くんとの交際は諦めてくれないかと耳打ちされました。

 いいえ、お水は飲んでませんが、わたしが幸申くんに手渡ししてあげました。」


 長女の亥織と婚約者の赤口拓巳は、


 「あたくし達はちょうど幸申達と入れ違いに0時10分頃に訪れたかしら? ……

 美容院の経営は、それなりに大口の顧客がついて上手くいってるから心配しないでと話しました。ただ少しだけ融資に協力してほしいとは言ったけどね。

 水差し? いいえあたくしは飲んでませんが、拓巳が喉が渇くと言うのであたくしが注いであげましたわ。」


 「おれは、これから上がる株に投資しないかと話を持ち掛けたのですが、くだらないことに投資するならもっと将来を見据えた設計をしろ。

 でないと亥織との婚約も解消するかもしれないと言われただけです。

 え? もちろんびっくりはしたけど、毎回同じことを言われ続けてるので、善処しますとだけ笑って答えて二人で部屋に戻りましたが?

 あー、酒を飲んだせいで喉が渇いたので水をもらいましたが? 執事と弁護士に聞いてくれ。」


 長男の正午と妻の酉紀は、


 「ボク達は亥織達と入れ違いに0時15分頃に訪ねました。……

 晩餐での食事は身体に負担をかけてないかと医者として軽い検査をし、常時そばに控えている執事の天蝎から、就寝前にいつも飲ませる薬をきちんと飲ませたと水差しと包装の確認をしましたよ?

 そういえばその際、少し肌寒い感じがすると言われたので聴診し直すと、微熱があったので、いつも飲む薬を飲んだばかりなので、1時間後の1時頃に飲むようにと追加の薬を処方して水差しのそばにおく際、酉紀がついでに水が欲しいと言うのでボクが手渡しました。」


 「ワタシは今度出す新作の小説について編集からかなり売れそうだと太鼓判を押された話をしたあと、二人で部屋に戻りました。

 執筆に夢中で喉が渇いていたので水は飲みましたけど? 執事さんと弁護士さんに確認してくださいな。」


 妹の卯女と夫の牛久は、


 「わたくし達は、正午さん達と入れ違いの0時20分頃に訪ねたはずですわ。……

 次回の連続ドラマでちょい役で出るから視てねという話をしました。

 主人が少し酔いが回ったと言うので、わたくしが水を注ぎましたわね。」


 「わいも企画した番組が放映されたおかげで昇進したと言う話をしただけで、すぐに二人で部屋に戻りましてん。

 確かにやたらと喉が渇いておったんで一杯もろて飲みましたわい。執事はんと弁護士はんが見てたので聞いとくんなはれ。」


 弟の寅二と妻の戌千代は、


 「オレ達は卯女達と入れ違いで0時25分頃に訪ねたかな? ……

 昨今の真新しい物好きな場所に客をとられがちで、ホテルの経営で客足が減ってるから少し融資を頼んだだけだ。

 水? あー飲み過ぎたせいで喉が渇いたので、確かに飲んだな?」


 「アタシは亥織のことで、くれぐれも気を配ってほしいとお願いしました。

 その際に、晩餐の席を下がる時に執事さんを通して、胃が張ったみたいだから明日の朝は消化にいい物をと料理長に伝えていたようだけど、アタシも手伝ったから楽しみにして早く体を休めてくださいと二人で部屋に戻りましたわ。

 はい、アタシが主人に水を手渡しましたわ。執事さんと弁護士さんにも聞いてみてくださいませ。」


 メイドの双舞通、双芽都、先舞花火は、


 「あたし達は寅二様ご夫妻と入れ替わりに0時30頃、いつもの就寝前の掃除を……つまり、お床を調えたり、汗をかいた旦那様の為に新しいシーツに変えたり、清拭後にお着替えをお手伝いしたりなどの仕事をしに尋ねました。

 あたしが新しいシーツに変えてお床を調えている間は、執事さん、弁護士さん、家政婦長さんが、旦那様を車椅子にお乗せし、体調などの様子を視てくださってました。

 水差しは、水が減っていたので継ぎ足しをいたしました。」


 「うちは、旦那様には、僅かなホコリでさえも体調に良くないとの正午様の指示で、床と周辺の棚や、水差しが置いてある机などを簡単に拭き掃除してました。」


 「はなびいはあ、旦那様の身体の清拭とお、着替えをお手伝いしてましたあ。その時に旦那差からお尻を触られましたけどお、いつも通りお元気な様子でしたよお?

 その時にい、はなびドジっちゃってえ、コップを落としちゃってえ、割れなかったけどお、汚いからって家政婦長さんが新しいコップに取り換えてくれましたあ。」


 料理長の人馬友引は、


 「あっしは晩餐のすぐあとに、執事さんから旦那様が胃もたれしたようだから、朝食は消化にいい物をと頼まれていたので、メイドさんたちと入れ替わりに朝食のメニューを伝えに訪ねたのは0時45分頃だったかな? ……

 朝までに仕込む食材の下拵えがまだ残っていたので調理場に戻りました。

 あん? ああ。旦那様に対する際は誰だって緊張すると思うぜ? おかげで喉がやたらに乾くんで、確かに水はもらったな。」


 家政婦長の天蝎未月は、


 「アタクシは就寝前のメイドの監督と、明日のご予定やお客様達への対応を旦那様から伝えられ、残っている仕事をしに退室いたしました。

 確かに、先舞さんが落としたコップを新しい物とお取り替えしました。」


 再度、弁護士の巨蟹先勝は、


 「旦那様から一週間ほど前に、資産の見直しと遺産の書きかえをお願いされましたので、料理長さんと家政婦長さんが退室されたあとの0時50分頃、その資料をお見せし、書き変えた遺言書をお預かりしました。

 遺言書の内容ですか? ……普通の状況でしたら守秘義務がございますが、ご本人様が亡くなってしまいましたからね……

 はあ……変に疑われるのも厭ですし、逆に捜査のお役に立てるかもしれないなら。……辰徳氏が作成した原本は金庫に厳重に執事さんが保管するのを見届けました。

 自分がお預かりした控えなら。それに警察の方に保管していただいた方が、犯人にとっても不都合かもしれませんね。

 こちらでございます。

 はあ、自分も緊張していたせいか確かに水をもらいましたが?

 他の方々が水差しに触ったり飲むのも確かに目撃しておりました。執事さんもそばで見ていたので確認してみてください。」


 遺言書の内容に、私はすごく納得した。私と業の報告の結果のせいもあるかもしれないと思うと、僅かな罪悪感を抱かないでもなかったが、最終的に決めたのは辰徳氏本人だぞと業に諭されてくよくよ悩むのをやめた。


 それから再度、執事の天蝎大安は、


 「ワタクシは確かにどの方も水差しを触り、水を飲むのを確認してございます。

 ワタクシが退室したのは弁護士さんが退室なさったあと、旦那様に微熱があるので、1時頃に正午様より追加の薬を飲ませるようにと言われていたので、薬と水をお渡しして飲むのを確認いたしました。

 それからいつもの日課の、就寝前には必ず酉紀様の小説をお読みになってからお休みになるので、お手に取られたのを確認し、枕元の灯りだけにして部屋の電気を落として退室いたしました。

 部屋を退室する前の旦那様のご様子ですか? 旦那様は微熱があると聞いていた割には、いつもと変わった様子は見受けられませんでしたのに……」


 と執事さんが長年仕えてきた旦那さんが亡くなったのが他人事ではない心境のようで、手袋をはめたままハンカチを手に涙を啜っていた。

 

 「就寝前に読んでいた小説と言うのは、これか? ふむ……しおりを閉じて枕元に置いてあったようだな?

 では殺害されたのはそのあとか? ……」


 業と金田刑事さんは、辰徳氏が呼んでいたらしい本としおりの状態を見て頷いた。


 しかし彼らの証言を一通り聴取した警部さんは頭を抱えることになった。


 「何だってえ!? おいおい、……全員水差しを触るか、飲んでるだとお!?」






     *****






 彼らの証言を基に警察が調査していくと、各自の証言した訪問順番と時間には多少のズレはあるが概ね証言通りだったことは確かな様だった。


 さらに使用人たちには矛盾がなかったが、どの親族たちも経営や仕事が上手くいっていないことが判明した。


 おかげで遺言書の中身を見たのか、知ったかもしれない誰かが? それとも晩餐の席での後継者問題の話のせいか? もしくは私が演じている偽桜子が現れたせいか? ……


 どの親族たちもが辰徳氏殺害に関与しているのではないかと疑わしくなった。


 そこで観察医の白水さんからの検死結果、微熱のある辰徳氏のために追加処方されたという錠剤の薬が、ほとんど未消化に近い状態だったと報告がもたらされた。


 さらに科捜研の天土さんから、水差しから検出されたシアン化ナトリウムと、監察医の白水さんから提供されたシアン化ナトリウムの成分が一致したと報告がもたらされた。


 「──以上。事情聴取した各関係者たちの証言とご遺体の状態から、死亡推定時刻は1時から2時までの間と思われるようです。」






     *****






 関係者たちの調査が進む中、まるで辰徳氏の死を悼むかのように雨が降り始めていたために、宝瓶宮家の敷地内の地盤が緩んだせいか、西側の崖上に立つ高樹齢の桜の木の根元が雨と泥水で流されて抉れた。


 そこから桜の木の下に埋められていたらしい何かが、自分の居場所を必死に知らせるかのように不可思議な光を発した。


 その光を最初に発見したが私だったのは、偶然だったのだろうか。それとも必然だったのだろうか? 


 私がアレキサンドライトのネックレスを辰徳氏から手渡された時に視えた光景と彼の心から聞こえた想いが運命だったのだと感じた。


 その時私は、さて業にはどうしてそう推察したのか、彼を納得させられるような合理的かつ論理的な犯人像と推理したことを伝えればよいだろうかと窓から庭を眺めていたせいだ。


 雨にけぶる庭が風情があって綺麗だなとぼおっと眺めながら思考の海に沈んでいると、例の桜の木の下からの光と、私の胸元のアレキサンドライトとが、まるで呼応するかのように光が絡みあった様に視えた。


 「ねえ業? なんだろうあれ?

 子木警部、あそこを調査してもらえない?」


 「おおっ? 銀野君のいつもの勘かい?

 金田君にみんな、科捜研……ついでに監察医も呼んでおいてくれ。」


 「おいおい警部。毎度毎度、こいつの言う事聞くことないって。」


 「うるさいよ業。これが今回の事件を解決するための重要な手掛かりの一つになる気がするんだからさ。」





 

     *****






 高樹齢のせいか未だに花を咲かせない桜の木は季節のせいではない。


 寒緋桜のように季節が過ぎてしまったわけでもないし、大山桜の様にこれからの季節というわけでもなさそうだ。


 その証拠に邸の庭周辺に植えられている他の桜の木はちらほらと花を咲かせていたからだ。


 小さな若い染井吉野は既にいくつかの花だけになり気の早い葉が出始めているし、枝垂れ桜や、気の早い八重桜などは花が咲き始めていたからだ。


 件の光が雨の中を存在を主張しているかのように地面の下から弱い光を放っているのは、高樹齢の桜の木の根元だけだった。


 警部さんや金田刑事さんたちと私と業とは、科捜研の人達が作業する邪魔にならないように、導かれるように根元に埋められている何かが掘り出される様子を見守った。


 「天土くん、どうかね?」 


 「ちょっと待ってくださいね……あっ! ……警部、出ました。」


 「警部、……これは……」


 「桜子(司)、どんぴしゃか。」


 「……うん……おそらく本物の桜子さんと……行方不明だとされていた、了子さん……」


 そう。高樹齢の桜の木の根元から、長年埋められていた赤子と誘拐犯らしき女の白骨体が見つかったのだ。


 「白水くん、大体でかまわん。」


 「そうですねえ……今見た感じだけですから。おおよそのズレを見積もって土の中に埋められていた状態と骨の様子からは死後24年~16年といったところでしょうか。

 肉付けなど、もっと詳しく調べるなら科捜研さんにも協力してもらいますが、おそらく大人の骨は30歳前半くらいの女性だと思われますね。

 小さい方は、間違いようがなく生まれて数か月内の赤子……」


 それと、ご遺体のそばには装飾と鎖はぼろぼろになっていたが、宝石部分の光だけが過去と現在を繋ぐかのように鋭く輝く、私が手渡されたネックレスととてもよく似たアレキサンドライトのネックレスも一緒に見つかった。


 雨によって高樹齢の桜の木の根元が抉れなかったら、アレキサンドライトの光が漏れて彼女たちを見つけることはなかっただろう。


 辰徳氏と桜姫さんが対になるようにとそれぞれ作って身に着けていたアレキサンドライトのネックレスは、20年の時を経て再び相まみえることができたのだ。


 但し、最悪の結果ではあったが……。──


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