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殺人事件?


◆殺人事件?


 ── 自分の演技はそれなりに完璧だと自負していても、それでもいつボロが出て正体がバレないかと警戒しながらの息苦しい晩餐だった。


 病床にあったはずの辰徳氏は、終始はしゃいだ様子で、分厚いステーキでも平気そうに食べていた。


 まあ、桜子が見つかって嬉しいアピールのための演技をしたみたいで、遺産の資格者云々のせいか、年長者から順にご機嫌取りに給仕の執事の給仕役を奪ってまで、ワインや水を注ぐのを手伝いにきていたのが滑稽だった。


 特に妹の卯女の夫の牛久と、長女の亥織の婚約者の拓巳が熱心だった。


 逆に、長男の正午は主治医でもあるので暴飲暴食を注意し、窘めていた。


 次男の幸申は絵を描くことに反対しなければと興味が薄そうだった。


 もちろん、仕事を依頼された時に、辰徳氏自身の病気が実は毒でも盛られているせいではないかと調査することを頼まれていたのを忘れてはいない。


 私のもう一つの特殊能力を使って、辰徳氏が口にする食べ物、飲み物は必ず最初に私が一口食べたり飲んだりして成分を分析して安全を確認してから食べ飲みさせるようにしていた。


 万が一毒が混入していても、私ならある程度の耐性があるので、軽度で済む。


 そうそう、桜子としての私への質問攻めの追及が緩かったのは、次男のGFだという未知さんへも女性陣の質問攻撃が移ったおかげでもあるかな。


 それと、ただ一人余裕そうに矍鑠かくしゃくとして泰然自若の態度を終始変えなかったのは、寅二と前述した人達以外の宝瓶宮家の血筋とは関係のない伴侶たちや弁護士だけだった。






     *****






 「お義父さん。いくら可愛い義妹の桜子が戻ったからといっても、明日から桜子が結婚するまではこの家に居続けることか確定なんですから。

 いい加減に体をお休めになってください。

 就寝前の薬も忘れずに飲ませるように、天蝎。頼んだよ。」


 「そうですわよ、お父様。今まで会えなかった分、明日から親子でやりたかったことを一緒にしたいと仰っていたじゃありませんか。

 さきほど話していた朝の庭の散歩をするなら、早めにお休みにならないとね。」


 「その通りでございます、旦那様。

 正午様、桜子様、旦那様は責任を持ってワタクシが就寝させますので。」


 「む……それもそうだな、正午。

 済まぬな、桜子。

 あとは皆で適当にゆっくりしてくれ。

 大安、車椅子を押してくれ。」


 「かしこまりました、旦那様。」


 「ああ、自分も一緒に行きましょう。」と弁護士の巨蟹も彼らと一緒に部屋を辞すことになった。


 食事がすっかり終わったので、辰徳氏の体調を心配した長男の正午と、本物の桜子だったらこのように声をかけていただろうと成り切った私と、執事の言を皮切りに辰徳氏が退出した。


 未だ暫く料理長さんと料理談議がしたいらしい戌千代さんと、招待客なのに後片付けを手伝うと申し出た未知さん以外の女性陣は、年長者から順に各自メイドや家政婦長さんたちに案内されて次々部屋に案内されて行った。


 部屋の位置も、一番奥が辰徳氏で、次が私と業、向かいに乙女未知、幸申、……と、若い人たち程奥で一番階段に近い部屋は卯女さん夫妻、向かいが寅二氏夫妻の部屋割りになっているらしい。


 次男の幸申だけはメイドに案内されて部屋に戻り、その他の男性陣はビリヤードとかゲームができる離れの部屋でお酒などを飲み直すようで移動して行った。


 お風呂は何処の高級ホテルだよと突っ込みたくなる贅沢が許されるくらい各部屋にもあるけれど、大人数が入れる大浴場まであるという。


 仕事でなかったら大浴場には興味あったけど、何があるかわからないから、業と話し合って交互に部屋のお風呂に入ることにした。


 ベテランメイドの通さんに桜の部屋までの階段を上っている途中で、ガチャンとガラスだか陶器だかが割れた音が聞こえて、私は晩餐会場の方角を振り向いた。


 すると突然、停電が起こった。何事かとあちらこちらで怒鳴り声やびっくりしたり怯える声が聞こえ、階段下に振り向いていた私は背中を誰かにとんと押され、階段から突き落とされたのを悟った。


 しかし済んでのところで女性の明確な”落ちて死ね!”という殺意を読み取ったし、今回だけでなく今までにも命を落としかねないような危険な依頼や重傷を負いかねない怖い依頼は多かったので、護身術を習っていたおかげで何とか受け身を取った。


 それと業が階段を上る前だったので、彼には悪いが下敷きにしたおかげで左腕と背中の軽い打撲で済んだようだ。


 明かりが付くと、「いってえーなあ。」と業がぼやいて左手と尻もちをついていたが、しっかり私のことは軽傷で済むように右手で抱き留めてくれていた。


 (ナイスキャッチ)と小声で礼を言うと、こういう時のための俺だろ? と目で頷いてくれた。


 すぐに階段を見上げると、階段の上に真っ青な顔で驚愕しているメイドの通さんと、他の部屋に招待客たちを案内していた他のメイドの都さんと花火さんも通さんの後ろから心配そうにかけつけた。


 「……」


 「?!」


 「きゃあぁーーっ!」


 それから私が落ちた音よりも、花火さんの金切り声で階段下に集まってきたのは、晩餐の後片付けを料理長さんとしていた家政婦長の未月さんと未知さん。


 「何事ですか! 花火さん?!」


 「何かあったのですか?」


 彼女たちの後ろから戌千代さんと料理長の友引さん。


 「なんでいなんでい!」


 「どうなさったの?」


 暫くしてメイドさんたちの後ろから幸申さんと、ラフな格好に着替えたばかりの酉紀さん。


 「……うるさいなあ。下絵に集中させてよ……」


 「何々? ……あら、次の恋愛小説の参考にしようかしら……」


 シルクのナイトローブ風のパジャマドレスを着て化粧パックをしたままの卯女さん。


 「誰よ? 階段から落ちただけで人騒がせな……」 


 少し遅れて、お風呂に入っていたらしくバスローブを慌てて身に付けながらシャンプーが残ってるらしい濡れた髪に急いで巻き付けたバスターバンをつけた亥織さん。


 「一体何の騒ぎよ~。 湯冷めしちゃうじゃなあ~い!」


 辰徳氏の就寝に付き合っていた執事さんと弁護士さん。


 「大丈夫でございますか。皆さま?」


 「何が起きたのだい?」


 その他の男性陣は離れの部屋で遊戯とお酒の飲み直しに興じていたらしく、かなり遅れて駆け付けてきた。……






     *****






 「皆様、お騒がして申し訳ありません。」


 晩餐の後片付けをしていて手を滑らせてガラスのコップを割ったのは、ドジ枠メイドさんでなく、沈着冷静そうに見えた家政婦長さんだった。


 「天蝎夫人にしては珍しい失敗ですね。

 うん。桜子の怪我は軽い打撲だけだね。睨むなよ黒井くんとやら。

 手当は他人のボクがやるよりも、君や信頼できそうな女性にやってもらった方がいいかな。」


 家政婦長さんとメイドさんたちが欠片や破片を片付け、私は正午さんに致命的な怪我はないと太鼓判を押され、花火さんが持ってくる途中でぶちまけた救急箱で、業と未知さんに打撲の簡単な手当てをしてもらった。


 「停電はあっしのせいでさあ。どうか勘弁してください。」


 「いいえ、アタシもよ。無理に頼んでお義兄様のために明日の朝食べやすいものを作ろうと料理長に頼み込んでオーブンを回したら、なぜかヒューズがとんだみたいで……本当にごめんなさいね。」と戌千代さんが神妙にみんなに謝った。


 「それにしても停電に驚いて足を滑らすなんて、花火ちゃん並みにドジなのねえ、桜子は。」と呆れたのは亥織さん。


 「全くよ。締め切り近いのだから、ゆっくり執筆させてよね。」とちょっと切れ気味の酉紀さん。


 「本当に足を滑らせただけかしら?」と蔑むような卯女さん。


 「ええ、本当に足が滑ったようなんですよ、卯女さん? どうやら初めて来た家なので、緊張していたみたいです。」と私は苦笑を返しておいた。


 すると彼女は怒ったようにフンッと部屋に戻っていった。


 「それにしても、先程の停電で、お父様の医療機器は大丈夫だったのでしょうか?」と私は正午さんに尋ねた。


 執事さんが代わりに応えた。


 「安心してください。旦那様の医療器械だけは別の電源で動かしているので、心配されるようなことにはなりません。

 万が一、邸全体が停電しても常時予備電源が働きますから。」


 それから執事さんと弁護士さんが私の打撲をあれこれ心配してくれたが、大丈夫だからと宥めて再度辰徳氏の部屋に戻ってもらった。


 使用人さんたちと未知さん以外の他の人達は、本当に人騒がせな、酔いも覚めたなとさっさと各自の部屋に行った。


 ”フンッ。打撲程度で済むなんてっ!”


 ほらまただ。明確な敵意……






     *****





 私は打撲のせいでお風呂に入らない方がいいと正午さんに言われたため簡単に清拭だけし、業だけ部屋のお風呂に入った。


 それから部屋で晩餐の席と階段での彼らの様子を私なりにまとめていると、ちょうど真夜中の0時に執事さんから辰徳氏が呼んでいると部屋に通され、晩餐の席とその後のちょっとした騒ぎの時の親族の様子がどうだったかを尋ねられて正直に話した。


 そんな、ちょっとしたハプニングのあった夜を過ごして、これ以上まだ何か起こらないだろうなと心配しながらも、辰徳氏の部屋から戻るとぐっすり寝てしまった私だった。


 しかし朝になると、旦那様が亡くなった! という執事の叫び声で邸中の住人が目を覚まされ、各々急いで手早く着替えて辰徳氏の部屋に向かうと、死んでいるらしい事実を突きつけられた。






     *****






 毒殺か? それとも昨夜の晩餐でも分厚いステーキを平らげワインをがぶ飲みする程暴飲暴食していたから、日ごろの不摂生が祟っての心臓発作か?


 しかし、遺体の死斑で何が原因で亡くなったか、知識のある私や業には判った。


 (業さん。警察が来るまでの間、簡単に正午さんに検死してもらったらどうかな?

 監察医の人は素人じゃないだろうけど、下手な人が触ったら二次被害を出すかもしれないし。)


 業に耳打ちすると彼はすぐさま頷いて対応した。


 「こうなったからには、俺の職業をばらすぞ。

 あー、死因が判明するまでは誰もこの部屋に入ってこないように。文句があるなら、後で俺の知り合いの警察に事情を話すことだな。

 うん、俺か? 俺は探偵だ。」


 警察だと?! 警察ですって?! 何だと?! どういうことだ?! と親族や使用人たちはびっくりしたり、怒ったり、戸惑ったり、怖がっていた。


 (司が信頼するからには彼は犯人ではないと言うことだな?)


 「あー ……警察が来るまでの間、簡単でいいから、正午さん。君に検死してもらってもいいか?

 口元とかあまり無暗に近づかないようにな。俺の見立てでは、アレだと思うので口元と鼻をハンカチで覆うかマスクでもした方がいいと思う。」


 業は私の依頼に支障が出ない範囲で、自分の正体を公にすることに同意を求めると、名刺を提示して、正午さんに検死をお願いした。


 正午さんは言われて気が付いたようで、ハンカチで自分の口と鼻を保護した。


 「口元? ……では、まず通常の亡くなった方の確認方法で、瞳から見させてもらいます。瞳の色が! ……漿膜下の出血斑、…… 口の中には粘膜下の充血に舌に出血、仰向けに寝ていたおかげか肩と背中の見える部分にだけでも明らかにピンク色の死斑……

 おそらく……シアン化ナトリウム?! ……」



 業が執事さんに信用できる警察関係者の知り合いのことを教えると、すぐさま手配して警察を呼んでくれた。






     *****






 やがてかけつけてくれたのは、警部の子木獅童さんと、刑事部長の金田牛丸さんを始めとする刑事さんたち。


 「またお前か、黒井君。

 やあ、ぎ……桜子くんには久しぶりだなあ。」


 観察医の白水羊平さん。


 「ぎ……黒井さんや宝瓶宮正午氏の見立て通り、シアン化ナトリウム特有の症状ですね……つまり青酸ソーダを飲んで死に至った特徴と、口元に微かに匂いが残っています。

 解剖する際はガスに気をつけないとだが、間違いないようです。

 成分の分析はあとで科捜研さんに渡しておくからね~。」


 科捜研の所長の天土心秤さんを始めとするスタッフさんたちがやってきた。


 「枕元においてある水差しからシアン化ナトリウムが検出されました。白水さんの提出した成分と一致するかは、これから調べてからですけどね。」


 事情を知っている執事さんに話して空き部屋に急遽、簡易捜査室を用意してもらうと、以前の事件で知り合ったおかげで腐れ縁とも言える探偵と警部さんたちに私も協力することになり、宝瓶宮家でのプライべートアクトレスを依頼されたことから話した。


 「それにしても銀野君が巻き込まれたとは思わなかったな。なるほど、それで君……君たちは囮を続けたいと?」


 それと後から知らされたけど、依頼人として事務所を訪ねて来た執事さん以外に、私が桜子役として宝瓶宮家に潜入したことを知っているのは、弁護士さんと家政婦長さんと亡くなった辰徳氏だけという点。


 それから、20年前に誘拐されて行方不明になっていた桜子として宝瓶宮家に戻った際に、親族たちの様子を観察してほしいと頼まれた点。


 辰徳氏自身の病気が、実は毒でも盛られているせいではないかと調査することを頼まれた点。


 昨夜の晩餐の席で辰徳氏自身から桜子に扮した私が紹介されたあとに、莫大な遺産を受け継ぐ資格がある人間は一人だけと決定したことを発表した時の彼らの様子なども教えた。


 それから、辰徳氏が亡くなったこととは関係ないかもしれないけれど、私が女性の誰かに階段から突き落とされた出来事も、業と執事がぽろりと漏らしたために話さざるを得なかった。


 警部さん達や監察医さんや科捜研の人達の捜査の下、親族たちや使用人たち一人一人を呼び寄せては昨夜の行動を事情聴取した。


 もちろん、私も業も執事さん弁護士さんも真っ先に事情聴取されましたとも。


 私と業は、ちょうど真夜中の0時に執事さんから辰徳氏の部屋に通され、弁護士さんも立会いの下、親族の様子を話した点、その時に就寝前の薬を飲むと言うので水差しの水を私も飲んだ。


 「あっ、俺も飲んでたわ。」


 「水を飲んだのかね?!」


 「ええっ?! 飲んじゃったの?!」


 警部さんと金田刑事さんたちにびっくりされたけど、しかしその時までは普通の水だった点を話した。


 「何だ……びっくりさせないでくれまいか、銀野君……」


 「銀野君って、意外と大胆で図太いんだなあ。」


 みなさん、変なところで感心しないでほしい。


 「……俺の心配はしてくれねえんだな……」


 業、変なところで拗ねないでほしい。──


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