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恋の混じった宣言と、目標

 萌映の新しい家は、僕とは少し離れていた。


 学校の前の坂を降りて川沿いのところまで来たところで、別れる。


 今日も放課後からみたいだったし、体調が心配だ。


 けどいきなり家まで送るとか言ったらなんかストーカーみたいだと思われそうだし。


 まあとにかく……。


 野球小説を書きたい。


 そう思えるようになるとは思わなかった。


 なぜなら野球は僕の弱さが露呈した、黒歴史みたいな感じで。


 今のWEBはそんな弱さは見せなくて強い方がウケる。


 僕は自分で、なぜ野球小説を書きたいのか、よくわからない。


 WEBのポイントも取りにくそうなジャンルだし、とりわけどこかの公募に応募したいわけでもない。


 一応小説家としてデビューしたいと思っている僕は、なんのメリットを期待して、萌映が描いた野球の世界を、拡大させようとしているのか。


 たぶんメリットを期待していない。


 ただ……僕は離れたくないのかもしれないと思った。


 野球と、萌映と。




 次の日、僕が登校すると、転校生の話が盛んにされていた。


 まあそれはどこの高校でもそうだろう。


 でも昨日はそんな話はされてなかった。


 昨日と今日の違いは、萌映が昨日は朝から学校に来てなくて、今日は……たぶん来てるんだな。


 で、見た人がいたりして、「めっちゃ可愛かった」みたいになってるんだろう。


 ちなみにセカンドを守ってる萌映は、本当に可愛い。


 ショートからの角度でいつもみていたからか、斜め右前から見た萌映が、僕はとても好きだ。


 それは昨日もそうだったし、だけど、野球をやめた僕はそれを言う資格どころか思う資格もないだろうと思った。


 


 萌映が来るのははうちのクラスみたいだった。


 僕は前後左右斜め各方向全て人で埋まっている席なので、なんかの漫画みたいに隣にはならないけど、でも、同じクラスで嬉しかった。


 なんというか、萌映はすごい。


 僕は野球をやめた恥ずかしい人だから、萌映とは話したくないというか、こっそり逃げ出したままでいたかったのに。


 昨日あんな風に優しく話してくれて、さらに僕の執筆意欲を、出しすぎて戻らなくなったスティックのりのように、出させてくれた。


 だから……僕は、もっと萌映と関わりたいと思っている。


 って思っても転校生なんて囲まれまくるもんなので、そんな簡単には関われないし、みんなからなんか遊びに誘われたり部活に誘われたり大変そうだ。


 自己紹介を萌映がしたのち一時間目が終わった時の様子を見ながら、僕はそう思った。


 ただ、呑気に大変そうだと見ている場合ではなかったのかもしれない。


「え? 文芸部入んの⁈ あそこひとりしかいないよ?」


 さつきの声が響く。


 僕はイヤホンをさした。


 聞きたくないタイプの会話は聞かないのが一番よい。


 そしてさらに、僕は思うのだ。


 萌映のためを思うなら、たぶん他のことをした方が、絶対に楽しい。


 野球はできないかもしれないけど、もしかしたらマネージャーならできるかもしれないし、他にもっと体に負担がかからない部活や同好会だって沢山ある。


 我が高校は部活と同好会の数はめっちゃあるのだ。


 文芸部の部室がなくなる日ももうすぐ来るかもな。


 とも思うけど、こういう時は幽霊部員も部員のうちなので、意外と大丈夫なようだ。


 ナイス幽霊部員たち。


 


 アニソンに混じって、二時間目の始めのチャイムが聞こえた。


 僕はイヤホンを取る。


 すっかり静かめになっていた。


 そっか、うるさいと機嫌悪くなる英語の先生か、次は。


 そんなことを思い出しつつ、僕は英語の教科書を机に出した。


 


 放課後。


 萌映は文芸部の部室に来た。


「なんか文芸部に入らない方がいいよってすごい言われたー」


「そうか。ごめんな。無理しなくて全然他の部活入っていいからね」


「いや入らない。だってそんなやりたいことないし」


「野球部のマネージャーとかもあるよ」


「マネージャーかあ。やりたいけど重いものとか持つと体調悪化しそうだし、あと真歩ちゃん? って人がめっちゃ智紀のこと悪く言ってたよ。そういう人私合わないもん」


「……まあ、でも真歩は僕が野球やめたからそう言ってるんだよ」


「いややめるかやめないかなんて別にそんな後までぐちぐち言うことじゃないでしょ」


「まあ……そうかもな」


「罪悪感感じなくていいから早く書こう!」


「だな」


 いつも前向きだったな、昔も。


 試合でどんなに負けてても、ボールに頑張って飛びついて、バットも自分の打席じゃなくても何度も振っていた。


 そんな萌映は、本当は野球をやりたいと思ってるんだよな。


 やりたくてもできないのに、こんなに明るくて……僕が、萌映を楽しませなきゃ。


 僕はそう思った。


 それくらいしないと、ダメだよ。うん。








「え、私を楽しませてくれるってことで、いきなり野球行こうって?」


 ある程度プロットをより詳しく決めることができて、少し休憩という時。


 僕は萌映に、野球観戦に行かない? と提案した。


「そう……体調がもしよければで、大丈夫」


「優しいなあ……私も東京来たの久々なわけだし、早く見に行きたい」


「よかった。じゃあチケットと取るね」


「とれる?」


「取れるよ。未だにファンクラブ会員なんだ」


「おおー」


 僕が応援するチームは、小学生の頃から、まだ同じ。萌映も同じだと思う。


 ちょうど野球にも野球観戦にもハマっていた、小学五年生の時、そのチームはリーグ優勝をした。


 それから六年たって、その間に優勝はしてないんだけど、今年、もうすぐ優勝しそうなのだ。


 萌映と久々に野球を見に行くには、とてもいいタイミングだ。




「よし、じゃあもう早速冒頭から書いていっちゃう?」


「そうだな」


「私あんまり貢献出来なさそうだけど……」


「いや大丈夫。書きたいこと全部言ってくれれば、それを頑張って話にしていくから、それを二人で推敲しよう」


「おおー、頼もしい」


 頼もしい、か。


 そう言われるのってうれしいな。


 グラウンドで言われたかったのかもしれないけど、今言われるのも、いいなと思った。


 たぶん僕がいけないんだなあと思う。


 やはり、どこか自分が逃げたから、小説執筆<野球というまるで摩擦の条件みたいに覆らない式が生まれてしまっているのだ。


 そんな式はみんながみんなの中に生まれているわけではなくて、少なくとも、萌映の中には生まれてないんだな、と思った。


 萌映は確かにいろんなことに興味を持ちつつ、だけど野球を一番だと決めていた。


 野球しか見てないわけではなく、いろんなものを検討したうえで一番にしてる感じがあった。


 だからとてもすごいと思うし、そんな萌映と一緒に小説をかいていると、僕もそんな風に考えたいと思うのだった。


 うん、僕だって一応、小説家になって、野球みたいに一度に大勢という形とはまた別な風に、誰かを楽しませたりしたいと思っている。


 昔から思っていた。


 萌映に野球選手になりたいか訊かれて、小説のほうの夢も浮かんで迷うくらいには、ちゃんと思っていたんだ。


 だから今もちゃんと思おう。


 キーボードに手を乗せ、たくさん書く。


「速い書くの! すご」


「一応WEBに投稿しまくってるからね」


「すごい、じゃあちゃんと基礎的な練習毎日してるみたいな感じだね」


 そうなのかな……?


 まあ萌映がそうだと思ってくれてることが、よかった。






 それから野球観戦までは一週間と少し。


 その間に、三万字ほど書き進められた。


 結構いい速さだと思うし、萌映が他の人に何を言われても文芸部に来ることを貫いているおかげだった。


 そして今日は放課後にそのまま野球観戦。


 ナイトゲームだった。


 試合は午後六時から。今は五時くらい。


 東京の都心にある球場へ、僕と萌映は、向かった。


「小学生の時も行ったよねー。親に連れられて」


「そうだよな」


 あの時は完全に百パーセントではないにしろ、あそこで野球できる人にいつかなれると思って生きていた。


 夢とは普通に生きていれば失われていくのだなと最近思った。


 でも、物語という逃げの手段から、かろうじて夢を託せている今の状態は、なかなか崖っぷち感と地雷感があって、そして萌映と二人で出かけてるのも嬉しかったので、今の気分はいい。


 電車は地下鉄になった。


 こんなところから地上に出ると、でかい野球場と隣にラグビー場まであるんだから、東京の土地の使い方はきっと極めたら面白いんだろうな。


 最寄り駅まで着いて、そしてそれから少し歩いて球場へ。


 席は一塁側の内野席を取った、


 結構いいところだと思う。


 ホームランボールとか取る位置ではないけど、見やすいんじゃないかな。野球を見に来るのは久々なのであまりわからないけど。


ずっとただファンクラブに入ってる人になっていた。お金がもったいなかったかな。


 萌映と隣に座る。


 グラウンドでは選手が試合前の練習をしている。


「まだ時間あるから、お弁当とか買う?」


 萌映がそう提案して僕は、「うん」と返した。


 夜ご飯も買わないとな、今からずっと夜まで試合だから。


 いつまでかかるかは両チーム次第でわかんないけど。


 とにかく今日一番大事なのは、今日僕たちが応援しているチームが優勝を決める可能性があるということだ。勝てば優勝、引き分けか負けならまだ決まらない。


 だからか、なかなか気合が入っているファンが多い気がする。


 そんなファンの中を移動して、観客席から球場の中へ。


「なんか広いね。これで狭い方な球場なんだなって」


「そうだよな。ホームラン出やすいとか言われてるけど、ほんとに十分広く見えるよな」


 でも、そのぶん、萌映とは近い。


 小学生の時は下手したら、試合に勝ったら汗かいたまま抱き合ったりしてた説もある。いやしてたな。


 今はそんなことはないけど、でも、萌映は少しだけ、僕に触れるくらいを歩く。


 そしていろんなお弁当を熱心に眺めて選ぼうとしていた。


 僕も一緒に選ぶ。


 結構のんびりと選んでしまって、気づいたら試合が始まりそうになっていて、慌てて、僕も萌映も席に戻った。


「智紀、しゅうまいのグリーンピース食べられるんだねー」


「確かに思い出せば小学生の時きらいだったな、グリンピース」


「うんうん、めっちゃ覚えてるんだよねそういうこと」


「そっか」


 とかいう懐かしみもある会話をしていたら、もう一回の表が始まっていた。


 一回の表は僕たちが応援してるチームの相手の攻撃。


 あ、今ゴロ打った。セカンドゴロ。


 ワンアウトとれた。


「セカンドにボール行くとなんかドキドキするねー」


「ていうかめっちゃファンだもんな」


「うん。ほんとそう。憧れだった」


「だよなあ」


 セカンドを今守ってる人は、守備、バッティング、盗塁、全部うまい。


 セカンドを守ってる小学生で、憧れてる人はほんとに多いだろう。


 萌映もそうだったってわけだ。


 まあそうだよなあ。


 今はチームのキャプテンにもなってるし。


「なんかいいねー」


 萌映が言う。


「うん、野球のボールが弾んでるの見るのが好き」


 僕はもともと守備が特に好きだった。


 ゴロとかをさばくのが、すごくカッコいいと思っていて、厳しいノックとかも、好きだった。


 監督がノックをたくさんやってくれてた時は。


 バッティングも好きだけど、僕は背が低めで、そして力もあんまりなかった。


 萌映よりもパワーも背もなくて、萌映がいつもかっ飛ばしてうらやましいという感じだった。


 なつかしい。


 試合はまた進んでいる。


 一回は三者凡退でおわって、次は攻撃の番となっていた。


「あー、こういう時、守備位置に走ってつけって言われたりしたよね」


「したした」


 僕と萌映がいた少年野球のチームは、結構監督が厳しくて、だから、かなりいろんな細々としたところで走らされた。


 球拾い終わった後とか、トンボかけ終わった後とか。


 とにかく脚が鍛えられてたな、と思う。


 そんな辛いこともそこまで気にならなかった、とても活力ありまくりな時代だった。


 一番バッターが打席につき、応援歌が流れ始める。


 この雰囲気いい。


 みんなが野球を楽しんでる。


 野球を楽しく思ってる人がこんなにいて、テレビとか速報とかでも見てる人がもっといて。


 そんなことが実感できるから、とてもいいと思うのだ。


 都会の夜空なのにとても広く見える。


 もうそろそろ暗めで、何かの惑星だと思われる星がかなり明るい。南西側にみえている。




 そんなふうに野球を楽しんでいって五回裏まで終わった。


 マスコットキャラクターの余興があったりして、観客はまだまだ退屈しない。


 試合は投手が好投してて、まだ0対0。


 ここからなんか起こりそうだな、と思った。




 しかし、全く点が入らず、点を取られることもなく、なんと0対0で試合が終わってしまった。


「めっちゃ珍しいタイプの試合だったねー」


「そうだな。まあ、でもショートのファインプレーが見れてよかったかな」


「あ、あれはすごかった。打率は低めだけど、守備はうまいって選手だもんねー。なんか智紀みたいだもんね」


「いや僕みたいではないでしょ」


「イメージの話だからそうなの」


「はい」


 イメージかあ。妄想を言葉にする機会を作り出しすぎたせいで、確かにそんなイメージでの話も結構好きになってしまった。たとえば、プロ野球選手だったら誰になりたいかとか、ある日自分が突然プロ野球の試合に出たらどんなふうになるかとか。




 一斉に帰る周りの人に囲まれながら、僕たちも球場を出る方向に向かう。


 点を取ると振って、みんなで盛り上がるのに使う傘。


今日は使わなかったけど、それをみんな持っていた。


「なんか小説の書きたい感じが少し変わった気がする!」


「え?」


「なんかゼロ対ゼロの試合も結構楽しかったから、なんか無理に点を取りまくり合う展開にしなくてもいいかなーって」


「たしかにな。ホームランとか中心に書かないっていうのも面白そう」


 今書いてる小説の主人公は、強豪校に入学したもののレギュラーがなかなか取れないセカンドの比較的平凡目な男子高校生だ。


 僕が好きなのは守備だし、萌映がそう思うのであれば、守備重視の試合描写にしてもいいかもしれない。そっちの方が世の中にある野球小説では少なそうだし、差別化がつけやすそうだ。


「うんうん。それにしても、なんかこんなに智紀と野球の事しゃべったのって、小学生のころ含めてもあんまりなかったから、今日はよかった」


「僕もよかった」


 萌映と話すことがなくなったり、野球を見飽きて退屈したりしなくて、よかった。


 そう安心して、隣の萌映を見れば、とても可愛くて、だけど、球をどこまでもかっ飛ばしそうだった。






 そしてその次の日からも、僕と萌映は執筆をつづけ、萌映の転校生的な注目が収まったころに、野球小説は、完成した。


「う、うわあ。できた! 十一万字もある! しかもちゃんと話になってる! すごい!」


 萌映は、百何十ページもあるワードファイルを見て感動していた。


 僕もかなり久々に高スピードで長編を書いたな、と思う。しかも共著というか、協力して書いた。いままでは野球はチーム戦、小説は個人戦という認識だったけど、今、小説もチーム戦だな、と思っているところだ。


 萌映が文芸部にほぼ毎日行っているのは有名だった。


 僕のことを悪く言って文芸部に行かないことを勧める人とかもほぼいなくなった。


僕も、毎日野球小説のことを考えるのが中心で、さつきや加賀道や真歩と話すことも少なくなって、気にすることも少なくなった。


 そんな中、出来上がった野球小説。


 萌映と僕は話し合って、まず投稿サイトに投稿し、そこでおこなわれているコンテストに挑戦することにした。


 完全に理想的に言えば、萌映と僕の書いた小説が本になりうるということだ。


「どれくらいずつ投稿するの?」


「一章の半分ずつくらいにしようか」


「わかった」


 僕は最初の一話を投稿する準備を進める。


「慣れてるね」


「他のも結構投稿してるからな」


「てことはすでにファンとかもいるの?」


「ほんの少しなら……」


「ほんの少しでもいるのがすごい!」


「いやほんとに少しだし、もう忘れてるかもしれないし、いつもは異世界の話だからこの小説も読んでくれるかは分かんないな」


「まあでもいいの! よしじゃあ投稿ね!」


「おう」


 僕は投稿ボタンを押した。


 一話が投稿された。


 よし、この瞬間に世に出たってことだ。


 なんかすごい広い空間がパソコンの向こうにある気がする。そんな気持ちで、僕はまた、次の話を投稿する準備を進めた。次の投稿は三時間後くらいに予約しておこう。








 そんな感じで、萌映と僕の書いた野球小説は、WEB上でしっかり完結した。


 そこそこの人に読んでもらえていて、ランキングにも少し載った。


 萌映は読まれていることがアクセス解析でわかるたびにめちゃくちゃ感動していて、僕も久々に、アクセスをチェックするたびに感動していた。


 あとはコンテストで少しでも、選考を通過できたらいいな。


 そう思いつつ、ひとまず満足していた萌位と僕のところに、やってきた人たちがいた。


 加賀道だった。


「野球しよう」


「え?」


「野球小説読んだぞ。ネットに上がってるやつ。結構面白かった。もう野球やめたことは責めないし今まで攻めてたことは申し訳ない。だから、今日は、野球をしてほしい。ちょうど紅白戦やりたかったから人が欲しいんだ。特にショート」


「あ……そうなんだ。わ、わかった……」


 やたら普通にバカにしなくなったので、何か不思議なことが起きてると感じた。流石に頑張って書いたとはいえ、野球小説に感銘を受けたからとかではないだろう。


 なぜかはわからないが、わからないから、僕はとりあえず野球をやってみようと思った。何か悪く言われれば、その時に野球から脱走して帰ればいい。


「智紀の野球久々に見れるなんて嬉しいな」


 そして、萌映がそう言ってくれて、ますます野球を久々にやろうと決意してしまった。






 紅白戦とかいうのに僕が混じってもいいのか心配していたら、どうやらショートの人が一人けがをしていて、ほんとに人が足りないらしかった。


 こういうときだけ僕を見下すのをやめて調子いいこと言うのが、加賀道のうまいところである。


 しかしなんだか野球にやる気が出てきたので、特に問題はなし。


 久々に軽くノックを受けたりしたが、そこまで鈍ってなさそうである。もともとそんなにうまくないこともあってね。




 そして、紅白戦開始。


 いやでもさすがに僕のところに打球がきたらいやだな、とは思った。


 ちなみに萌映は、真歩の隣で紅白戦を楽しそうに見始めている。萌映の見てるとこでエラーしたりしたら流石にダサすぎるなと思う。


打球がこなければエラーはしない。


 相変わらずの逃げ的な考えである。


 しかもそう言う考えしてるときに限って、ちゃんとボールがこっちにくるんだよなー。


 そう、さっそく高い内野フライが僕のところにやってきた。


 落ち着いてとる。


 いやこれだけでも緊張するわ。ただの紅白戦なのに。やっぱり鈍ってるところあるな。ビビり具合の調節ができてない。


 そんな調節できてない中、僕は野球をした。スライディングキャッチもしたし、ゴロを打ってめっちゃ走ったりもした。


 とにかく疲れたけど、まだ野球が好きでよかったと思った。


 萌映はにこにこ眺めているだけで、あんまりなんか声を上げたりはしなかった。時々真歩と何か話したりしていた。


 そんな紅白戦の終盤、僕は打席に立って、そしてピッチャーは加賀道だった。


 いまのところノーヒット。


 なんか別に何も起こるわけではないのに、ヒット一本出したいと思い始めていた。


 ここ最近執筆で疲れているし、ほんとは家で寝てたいはずなのに、もうこれでたぶん打席が最後だなと思うと、なんか物足りなくて、ヒットをここで打てば、物足りるのではないかと思った。


 加賀道は本気で投げてきていて、萌映は加賀道の球に夢中なように見えた。


 一応140キロ出るのだ。速い方だと思うかなり。


 僕は大体バットのどこでもいいから当てるみたいな感じしかできなくて、全部内野ゴロだった。


 仕方ない。


 加賀道はまたこの打席でも、本気で投げて来るだろう。終盤と言っても135キロくらいはまだ出してきそうだ。


 なら……もう一択しかない。


 僕は唐突にバントをしに行った。


 セーフティーバントを決めるしかない。


 そんな小説の世界じゃないから、いきなり覚醒してホームランがうてるわけもないんだから、ヒットを打つとしたらこれしか思いつかなかったし、実際これしかないんだろう。


 ボールはサード側にいい感じに転がった。


 僕は走った。


 ヘッドスライディングしようかと思ったけど、それをした方がずっこけるみたいになって遅くなって終わる気がしたから、僕は一塁ベースを駆け抜けた。


 しかし、アウトだった。


「いきなり最後にセーフティーバントとは。びっくりしたな」


「これしかなかったし」


「そうか」


 加賀道とそれだけ、一塁ベースから帰るまでの間に話す。


 はーつかれた。


「おつかれさん」


 萌映が話しかけてきた。


「あーありがとう」


 くそダサいバントを見せてしまったので、なんだか恥ずかしい。萌映ならもっとちゃんとう振っていただろうな。


「……」


「……萌映さ、ほんとは、多分、かなり僕が野球やめたことに納得してないでしょ」


「……まあね」


「やっぱりね」


 僕たちは、グラウンドの隅から紅白戦を眺める。もう僕がアウトになったことで、9回裏2アウトだ。


 まあたぶんこのまま終わって、負けてしまうだろう。


「萌映は全部知ったうえでちゃんと意見を言うタイプだったからさ」


「……それはそうかも」


 そう、だってやはり一番大事なのは、萌映が僕がいると思って野球部に行ったということ、そして部活を見て回ってた時、おそらく一番最後に、文芸部に来たということだ。


 萌映はたぶん、僕が今やっていることを全部受け止めたうえで、野球をまた始めてもらおうと思ったのだろう。


 野球小説の原型をみせてくれたのも、また野球をやりたくなるかもしれないから。


 けど、僕は野球をやりたくなるよりも、野球小説を書きてくなってしまい、結果として、ハイペースで十一万字書き上げたしまった。


 だけど、それでも、それに付き合ってくれたのは事実でも、萌映はきっとまだ、僕に野球をしていてほしいんだな、と思った。


 それは野球をやめた僕を見下すわけでもなく、何か僕を否定するわけでもなく、小説を書くことを馬鹿にすることもなく、萌映の希望。


 野球選手になると宣言し合った僕と萌映だからこそうまれてしまった、希望なのだ。


 そして僕は、野球を今日してみて、楽しかった。


 あの時……監督に才能を見限られ、てきとうにノックをして僕に対してはおしまいで、ピッチャーの加賀道の指導に監督は熱心だったあの時がまた来ても、気にせず野球を続けられるかもしれないと思った。


 でも、僕はもう、努力した事実を残して萌映に誠意を見せるくらいなら、いま少しだけ近づいている夢を追うことを選ぶ。


 選びたいと思っていた。


 けど……ここにきて、宣言を僕だけ自発的に捨てるのが苦しかった。


「ごめん」


「ううん。私のただのわがままな気持ちだから、気にしないで」


「……」


「ねえ、きいていい?」


「うん」


「あの宣言したときにさ、たぶん、智紀、迷ってたと思うの。あの時から、野球と小説、どっちが好きなのかなって」


「……そうかもな」


「でも、結局すぐ、野球って答えたじゃない。それは……どうして?」


それははっきりしている。幼稚な僕は、宣言をしてみたかったんだ。大きな夢に関する宣言を、萌映としたかった。


なぜなら、それは、僕が……


「……萌映のことが好きだったからかな」


「え? そうだったの?」


「うん。多分僕の野球好きの何パーセントかわかんないけど、結構な割合は、萌映が好きだったから、一緒にやってて、野球も好きになったっていうのがある」


「……そっか、なら……ま、いっか」


「ま、いいの?」


「うん。いいの。あ、今、私のことどう思ってるのかは気になるけど」


「今は……難しい」


「難しいかあ~」


 萌映は笑った。


 笑ってくれる萌映はすごく優しかった。


 萌映は宣言の時、本気の夢と、友情の話を僕にしてくれたのだ。


 なのに僕は、好きな女の子と一緒に夢を追いたいという幼稚な理由で、それに応えてしまったのだ。いや、僕の理由が幼稚かはわからないけど、とにかく……僕は、萌映よりも小さくて、今も小さくて。


「ねえ智紀。明日から第二弾書こうよ!」


「え?」


「野球小説第二弾! 野球の話なんて、いくらでも作れるよ。だからいっぱい書いて、絶対いつか、本にしよう!」


「それは……宣言?」


「宣言ではない。ただの今の目標」


「うん」


 僕はうなずいた。


 ちょうど紅白戦が終わった。


「片付けとグラウンド整備するから手伝ってくれー智紀」


 加賀道にそう言われ、僕は立ち、


「はい行くよ」


 真歩にそう言われ、僕は急ぐ。


 そんな僕に、


「一緒に帰ろ。待ってるね」


 そう萌映が声をかけてくれて、そして僕は、


「おう、ありがと」


 と返した。


お読みいただきありがとうございました。

二人が小説家デビューするまでを描きたいところですが、他の作品の執筆などがある関係で、ここでいったん完結とさせていただきます。また機会があればデビューするまでを描きたいと思っております。

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