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野球小説を書く

「こんにちは……」


「あ、こんにちは」


 僕と萌映は、あいさつする。


 音の響き方は、初対面の時と変わらない。


「あ、この子、里藤萌映さんっていう転入生ね。今日はちょっと事情があって、授業には参加できなかったから放課後の部活見学からやってるの。文芸部案内してあげて」


 先生がそう言う。


 事情……が何かわからない。


 けど、里藤萌映が……大人っぽくなってても、やっぱりすぐ僕はわかってしまって、そして萌映も僕のことを、多分……誰かわかっている。


「じゃあよろしく〜」


 先生がいなくなった。え、ちょっと案内したらまた先生と他の部活行くんじゃないの?


 先生どっか行っちゃうの? マジかよ。


 困った。二人きりで久々の人。


 そして僕は、今、その人と話したくない。


 全部僕が悪いんだが。


「……智紀くん、だよね? 久しぶり!」


「あ、萌映、だよな? 久しぶり」


「うん! やっぱり、文芸部に入ってたんだね!」


 やっぱり……なんかおかしい。テンションが。


 どうして明らかに夢を投げた僕がここにいるのに、そんな楽しそうなんだろうか。目の前の女の子は。


「ごめん……野球は……今はしてないんだ」


 もうそれから先に言うしかないというか、白状した。


 カゴに入れすぎた野球ボールを出すかのように、僕は息をはいた。


「そっか。ごめんね……私も宣言、捨てちゃった」


 そして、萌映はそう言った。


 そうか……萌映も。いや、でも……


 僕が考えていると、萌映は続けた。


「ま、でもとにかく! 智紀に会えてよかった!」


「……うん。萌映……あのさ、体調とか……」


「あ、バレてる? 私ちょっと病気がちでねー、あ、でもね。もうだいぶよくなってきたからそんな心配はいらないんだけど。でも……野球はできないかな」


「そうか……」


 僕は野球ができなくなって野球をやめたわけではないから、やっぱり僕は恥じるべきだ。


 どうすればいいのかわからないけど、とにかく僕はこの場から幽霊になることはできないんだし、萌映と話すしか……ない。


 でも何を話す?


 文芸部の案内って……今何もない。本だけ。


 あとは……パソコンに書かれた僕の文字列。


「そういえば、さっきさ、やっぱり、文芸部に入ってたんだねって言ってたけど……」


「あ、それはね。野球部に行ったら、智紀はいないよっていうから、あ、じゃあ文芸部かなって。だってよくお話とか読ませてもらってたもんねー」


「……そうだったな」


 萌映は明るく話してくれてるけど、先に野球部に行ったんだ。いやもうきっと真っ先に野球部に行ったっていうなら、もうそれは僕が野球部に入っていて欲しかったってことだろう。


 がっかりしてるよな。


 ごめん……。


 僕はそう落ち込む。


 そんな僕の肩をたたいて、萌映は言った。


「お! これが今書いてる小説? 読んだりしてもいい?」


 読まれてる間、僕は……なんかめんどくさいタイプの爆弾のカウントダウンが始まった気がした。


 制限時間が来ると爆発するけど、その前に止めれば爆発しない爆弾ではなくて、制限時間が来るまで少しずつ爆発するめんどくさい爆弾。


 だってね……僕が書いた小説なんて、萌映が読んだら……多分ね。


 萌映に堂々と見せていたあの時は、僕はもっと自然な気持ちで小説を書いていたと思う。


 けど今はどうだろうか。たぶんWEB小説を読んだことのない人が読んだらびっくりして一旦目をそむけてしまうかも。


 僕はいわゆる主人公がとにかく強い作品を書いていた。


 とにかく弱い僕が書いた、とにかく強い人々が活躍する作品は、投稿サイトでは結構読まれていた。


 といっても出版社から声がかかっている作品とかと比べると、まだポイントが、半分くらいしかない。


 けど、確かに楽しんでくれている人はいたのだ。


 しかし、目の前の萌映が。


 僕を知っている萌映が、こんな楽々に無双してモテモテな小説を読んだら、悲しんでしまうだろう。


 娯楽としてはいいけど、僕と久々に出会った人が読むものではない。


 でも僕はそういう妄想を描くしかしてこなかったのだ。


 野球をやめなかった人たちがひたすらノックを受けている時も、筋トレしている時も、ただ、空想の世界で強くなったストーリーを、ネットにとろんとろん流していただけなのだ。


 だから……これが僕の正直な活動の成果というか、まあ……それだけだってことだ。


「読み終わったー!」


「はい、ありがとう」


 僕はパソコンを閉じる。


 あれちゃんと保存したっけとかも気にならない。


 そして萌映の感想は……逃げたがりやの僕は、聞きたくなかった。


 だから、


「ま、その小説はいいよ。それより他の部活……」


 僕は話を小説から離そうとする。


 しかし、


「え、感想言っちゃダメなの?」


「あ……いや……そんな恥ずかしい小説に、無理して感想言わなくても……みたいな」


「え? 智紀、恥ずかしいの? 昔はめっちゃ嬉しそうに見せてくれたのに」


「まあ……そうなんだ」


「ふーん。すごい面白かったのに。ていうさ、さっき読んだ画面、投稿サイトのやつだよね? ネットには投稿できるのに、私に読まれるのは恥ずかしいの?」


「……うん」


「へー。なんでなんだろう。まあいいや。あ、そういえばね、私も小説書こうとはしたんだ! 入院の時」


 そう言いながらスマホを操作する萌映。


 どうやら見せてくれるみたい。萌映の小説。


 と思ったら、五百字くらいの長さの、なんかの文章だった。


「なんかね、私、文章書くの、原稿用紙一枚よりちょっと長くなるとだめみたい。いやだから改めてすごいと思うんだ! 智紀って」


 そんな……ただ妄想癖がしつこいだけでは?


 と思いながら、萌映が書いた文章を読んでみる。


 


 読み終わった。


 五百字なんで一分くらいで読み終わる。


 でも……これほんとに五百字くらいか?


 五万字くらいの話だった。


「なんかねー。もう小説って難しいなってなっちゃって、だからあらすじみたいになっちゃったんだよねー」


「……そうか、でも……」


 どうしよう。このあらすじみたいなのを、セリフつきの小説にしたものが、頭の中に生まれ始めてしまう。


 つまりは、この話を、ちゃんと書いて形にしたいと、めちゃくちゃ思っているのだ。


 どうしてそう思っているのかというと、おそらく、萌映が書いた話が野球の話で、野球がどれだけ面白いか、たった五百字で、わかってしまうからだ。


 ここにきて野球か……。


「体調悪くて野球出来なくなってあーってなってたから、めっちゃ野球やりたくなるような話になってる気がする」


「そうだな……」


 僕は黙ってもう一回読んでみた。


「……どうした? もしかして、また野球をやりたくなった?」


「いや……書きたい」


「え?」


「あ、だから……この野球小説を、本一冊くらいの長さにして、もう全世界に出版したい。マンガにもアニメにも映画にもしたい。翻訳版は全言語で」


「すごいスケールでか⁈」


「デカすぎたか……」


「ううん。なら、それやろうよ」


「え、実際にやる……」


「やりたいんでしょ。ならやろうよ。私文芸部入るから、野球小説書こうよ」


「……ありがとう」


 確かに前向きに見える流れだ。うれしい。


 だけど……僕は、今、みんなから馬鹿にされていて、僕も結構自分のことを馬鹿だと思っている。


 青春らしい、全力の野球から逃げて、文化部棟の一室でひたすら妄想を紡いでネットにアップするなにかになってしまっているからだ。


 それなのに……僕は……書きたいことを突きつけられてしまったから。


 どうしても、また、あの時……二人でセカンドとショートの二遊間を守っていたあの時のように、二人でまた、夢を追いたくなってしまったのだった。


 そしてその日に萌映は文芸部に入部した。


 幽霊ではない、一人の女の子が部室に来ることになったのだ。


「じゃあ、もう明日から書き始めようよ」


「うん」


 僕はうなずいた。


 けど、そんなスムーズに行くかな。


 それが気になった。

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