宣言を捨てた僕と、女の子
少年野球の最後の試合が終わった後、僕とその女の子は、二人で帰っていた。
「ねえ、野球選手になりたいって、思う?」
女の子は、そう訊いてきた。
僕は考えて。
それで、少し迷ったけど、うなずいた。
隣にいる女の子とたくさん野球をしてきたから、やっぱり野球が一番かな。
そんなふうに感じて、だから僕の夢は野球選手だ、と心の中で言って、そして訊きかえした。
「野球選手になりたいと思う?」
「もちろん! ぜったいなるよ。絶対なるから、智紀もなってね」
「……わかった」
「やったっ。じゃあ、二人で、『野球選手になる宣言』だね」
女の子はそう笑った。
その日家に帰った僕は、ノートに向かっていた。
ノートには僕の書いた文字が並んでいる。
小さな行に、たくさんの文字が結構そろって書いてある。
僕の好きなことは二つあった。
野球と、小説を書くことだった。
野球は特に守備が好きで、小説は特にSFが好きだった。
そんな僕は、野球の練習から帰ってきたら小説をノートに書くという週末を、ずっと続けていた。
僕は小六で、来年度は中学生。
中学生になっても、この二つの好きなことをしていけたらいいな、となんとなく気楽に思っていた。
☆ ○ ☆
僕……成山智紀の高校は、放課後のチャイムだけ変な長いメロディーになっている。
そのメロディーがちょうど終わる頃、少し伸びたホームルームが終わった。
ものすごいスピードで部活に向かう人たちに、流されそうになる。
「邪魔だってそこどいて」
勢いよく僕を押しのけたのは、かつてのチームメイト、加賀道悠堂だった。
あいつともすっかり仲悪くなった……というか僕が見下されてる感じだな。
ちなみに僕を見下してる人はそれだけじゃない。
向こうで話してる女子グループの二人。
「成山ってさ、昔野球やってたってほんと?」
ある女子がそう訊いて、僕の幼馴染の、藍田さつきが答える。
「やってたよ、まあ飽きてやめたけどね、だから腕前はガチ雑魚なはず」
「ていうか、ほんと、まだ加賀道くんとか頑張ってるのに、なんでやめちゃうかなあって感じなんだよねー。まあ確かに……雑魚ってとこあるかも」
さつきにそう付け加えたのは、中学が僕と一緒で、中学でもこの高校でも野球部のマネージャーをしている、棚真歩だ。
こうしてこの二人が僕のことをどんどん解説するから、僕は、クラスの女子から悲しい人だと思われている。
でも気にしない。
気にしたら……ダメだと思う。
だって、僕はもう、別れ道の片方を選んでしまったんだから。
放課後、僕が向かったのは文芸部の部室。
誰もいない。
はあ……幽霊部員って幽霊じゃなくて、実際にその場にいないんだよな。
それを毎日実感するだけである。
そしてパソコンを立ち上げ。
僕は今日ものんびりと文章を綴る。
野球部のかけ声が始まる前に千字は書きたい。
そう思い、タイピングを早めた時、一人の女子生徒と先生が部室に入ってきた。
「お、おい……」
僕は隠れたかった。せめて顔は隠したい。ノートパソコンで隠せるか? よし隠そう。いや隠すと変人だ。隠さなくてもバレないか?
何がバレたくないのか。
それはあの日の宣言を、あっさり捨てたこと。
……そう、部室の入り口に立っている女の子は、「野球選手になる宣言」を一緒にした、里藤萌映だった。
お読みいただきありがとうございます。
少し変わった「野球」の話、はじまりました。