秋の夜月の美しさよ
遠くから,都会独特の喧騒が聞こえてくる.それも更に遠ざかっていく.それを自覚しつつ歩いてく.
ふと,見上げると空は蒼く染まっていく.輝きを増していく今宵の満月は秋の澄んだ空気にあてられて一層美しく輝いていた.それを軽く見やりながらお気に入りの散歩コースを歩んでいく.落ち葉が顔に触れていく.もう,そんな季節.
終わりの始まりの季節.もうすぐ冬がやってくる.
もう嫌だって叫んでも
苦しみから解放されたいと願っても
だからって,こんな終わり方を望んでいたわけではない.
思えば小さいころからずっと自由を望んでいた.
束縛から,しがらみから,さまざまな人間という関係の渦から.
生まれたすぐは,子どもという枠に苛まれ,大人になるにつれ社会という枠に苛まれる.
義務もある一方で,形だけは権利とかいうハリボテの自由を与えられ,
本物の自由も知らされず,偽物の自由を教え込まれ生きてきた.
それが僕らだ.自由が何かもわからぬまま.自由が何かを問い続けながら生きている.
「しかたがないんだ.みんなそうなんだ」
こういう言葉が木霊して反響する.脳内に語り掛ける.
これは自分の声か,周りの人間の無意識の嘆きか.
だけど,最近になって少しずつ見えてきた気がしたんだ.
偽物の隙間を縫って,僕に語り掛けてきた自由が見えた気がしたんだ.
それは,秋の夜空が澄み渡っていたり.
昼の青空が高く染まっていたり.
無人の駅の寂しさが侘しさと相まって居心地がよかったり.
すり寄ってくる野良猫が可愛かったり.
そうそう,最近は趣味が生まれたりした.まったくの初めての事.
まったく才能がない,別の分野だから,住む世界が違うから.
そうやって,ずっと興味があったけれど避けていたものに触れてみた.
案外それが楽しかったりするものだと初めて気づいた.
挑戦することと現実から逃げることは同義にもなり得るのだと知った.
しがらみと感じていた人間関係は,絡んでいた糸からずっとしがみついていたから苦しかった.
糸の外に出て新たに構築されるその関係は,新鮮で,息が呼吸が綺麗だった.
これらすべてが,自由の一つだと理解した.
背後から,足音が近づいてくるのが分かる.物思いから現実に引き戻される.
自由の終わりの始まりの音だ.
自由を知ったばかりというのに,こんな新しい自分を見つけたばかりだというのに,こんな終わり方はあんまりだ.
想定外と言って相違ない.抜け出せるわけのない終身刑と変わりない.
嫌だと言って避けれるものでもない.一度定まってしまったからには逃げられない.
これが運命というものなのか,
何度も,暗い部屋で自問自答する.何故こんなことになってしまったのかと.
何度も,秋の朽ちる紅葉に語り掛ける.終わりの気持ちはこんなものであっているのかと.
今もまさに,僕の背中へ迫ってくる.
逃げることもしない.できない.これを避けることなど,今の僕には叶わない.
彼女には,もう敵わない.
「また,何かを眺めてるね.ぼーっとしちゃって.何を考えてたの?」
彼女のその瞳は,最初に見つけた時とかかわらず,綺麗な夜空に浮かぶ満月のようで.
僕が答える暇もなく,僕の手を握って,紅葉の並木道を引っ張っていく.
「今日は肉じゃがをつくってみるんだ.買い物の荷物持ちくらいはしてよね」
この気持ちは犯罪といっていい.もう逃げることもできない.
心地よいといってもいい.ずっと僕は彼女にとらわれる.
自由を知った僕は,自由のその先にある終わりを知る.
その終わりを始めていく.永遠に続くその終わりを噛みしめながら
僕はこれらからも自由に生きていく.
彼女と一緒に.幸せに.