金髪の青年
怖さや不安からくる吐き気を必死我慢していた私に「大丈夫ですか?貴女とても顔色が悪いようだけど」。一人の青年が心配そうに声をかけてくれた。
彼はたぶん純粋に心配してくれただけなのだろうけど、私はこれまでの経験上、恐怖心の方が強い。
まずいっ。顔を見られたくないっ。そう思って震える手で目深に被った帽子をさらに深く引っ張り顔を隠す。
「とりあえずここに立ってたらあぶないし、少し脇に避けましょう?」。そう言って私の手を優しく引いて歩きだす。どうしよう。逃げなければ。優しいフリして何をされるかわからない。頭はそう警告しているのに、身体はすごすごと手を引かれるままついていってしまう。もっとも頭が警告をしていても胃がひっくりかえるように痛んで機敏には逃げられそうもないのだけど。
とりあえず人の流れを邪魔しない程度の道の端にまで私を案内してから、
「体調悪い?それとも迷子かな?手も震えてるし。…大丈夫?」。気持ち悪さと、不安と恐怖とで返事をしたくとも声が上手く出せそうにない。なかなか言葉を発しない私を気遣いながら、青年はキョロキョロと辺りをみまわす。
「困ったなぁ。一人できたのかなぁ?」。
私は立っているのもつらくなってその場にしゃがみ込んでしまった。そんな私を心配そうに覗き込む青年の顔。美しい金髪に綺麗な碧眼。女性かと見紛うほどの美形が心配そうに顔を歪めている。
頬を流れる冷や汗に気づいたのか、ポケットからハンカチを取り出して、優しく汗を拭き取ってくれる。
「…憲兵に助けを求め…れないんだったわ」。青年はうーむと唸りながら何やら一人ぶつぶつとつぶやいている。
「こんな状態の子を置き去りにできないし…」。
そう言いながら、私の背中を気遣いながらさすってくれる。どのくらいそうしていただろうか、青年の手の温もりに少し不安が和らいできた時だった。
「リーナちゃーん‼︎リーナちゃーん‼︎」。遠くから大声で心配そうに私を探す声が聞こえてきた。ハッと顔を上げた事で、青年もその声が私を探しているものだと推察してくれたようで、
「待っててすぐに、あの人達を連れて来るから!」。と駆け出した。
程なくして、シュリー夫人が慌てて駆けつけてくる。座り込んだままの私に覆い被さる様に抱きつくと、
「リーナちゃんっ!心配したわっ!無事でよかったわ」。と私を抱きしめる腕に力が入る。
「ごめんなさいね、私ったら買い物に夢中になるあまり、貴女を見失ってしまうだなんて…」。
私も震えていたけれど、そう言って私を抱きしめる夫人の腕もわずかに震えている様に思えた。きっとものすごく心配してくれたのだろう。夫人にヒシッと抱きしめられているうちに胃の痛みも震えも収まっていく。
ひとしきり私を抱きしめて背中をポンポンしながら、私の身体に怪我や異常がないか確かめてからようやく身体を離すと、夫人は何かを思い出した様に辺りを見回す。
「そうそうお礼を言わなくては…」。しばらくキョロキョロと探してみたものの、すでにそこにはあの青年の姿はなくて、お礼を言えないままになってしまった。