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3.レオナルドの苦悩

 

「レオナルド様。早く起きて下さい!遅刻してしまいます!公爵令嬢ともあろう方が寝坊など許されませんよ!」。侍女のセシルに叩き起こされて朝を迎える。


「うー。もうちょっと。あと5分で良いから寝かせてよ」。寝転んだまま枕にしがみついてセシルの攻撃をかわす。


 ダメなんだ。なんだか今日は。


 意気揚々と悪役令嬢を演じられる気がしない。


 それはきっと、見てしまったから。俺に悪態をつかれながら怯えて固まってしまったリーナの頬をつたった一筋の涙を。

 

 あの場では気づかぬ様にやり過ごしたけれど。俺の胸を抉るには充分すぎる一滴だった。

 

 やはり辛いよな。あんな言われ方。

 

 王太子が勝手にかまってくるだけで、リーナ嬢は何も悪くないのに。彼女はむしろレオノーラに気を遣って、必死に王太子と距離を置こうとしてるようにさえ見えたのに。


 それがわかっていてもなお、俺はリーナに対して意地の悪い態度を取り続けなければならない。だって俺は悪役令嬢レオノーラなのだから……。




 学校に行きたくないとベッドの中で粘ってみても、「公爵様に報告差し上げてもよろしいのですね?」。とセシルに脅される。


 諦めた俺はレオノーラに変装して寮を出た。


 姉のせいで苦しいのは、確実に自分しかいない。姉は今頃自由を謳歌しているに違いないのに。なんだか色々理不尽だ。


 一人ぶつくさと呟きながら教室に向かっていると、学園の裏庭の池の淵にぼんやり佇むリーナの姿が見えた。

 寮を出たのはかなり遅い時間だったから、もうそろそろ朝礼が始まる時間だ。それなのに彼女は教室に向かわずにあんなところで何をしているのだろう?

 朝礼に遅れてしまうとは思ったが、それ以上に彼女の事が気になってしまって教室に向けていた足を裏庭に向ける事にした。


「もう朝礼が始まる時間ですわよ。貴女こんなところで何をなさってますの?」。胸は痛むが相変わらずの高飛車公爵令嬢の態度を崩す事なく、リーナに声をかける。


 驚いた様に振り向いた彼女と目がバッチリあった。そして俺はまた気付きたくない事に気づいてしまった。


 彼女はここで泣いていたのだ。


 彼女は声の主が、俺だと知って慌てて背を向ける。泣いていた事を気づかれない為だろう。


「な…なんでもありません。ちょっと探し物をしていて時間を忘れてしまった様です。私の事よりレオノーラ様こそどうしてここに?朝礼に遅れてしまいます」。背を向けたまま、涙声をなんとか誤魔化そうとわざとらしい明るい声を絞りだすリーナ。

 

 必死で涙を止めようと頑張っている様だが、その小さな背中が震えている事に俺は気づいている。


 そして、彼女の柔らかい白い髪や制服が泥だらけになってしまっていることも。


「探し物?そんなに泥だらけになって、何を探していらしたの?」。リーナが嘘をついていることくらいすぐにわかる。

どうせ、レオノーラの取り巻きか、皇太子殿下の取り巻きにやられたんだろう。


「それは…」。リーナが何も言えずに口籠る。


 

 今回、こんな馬鹿げた作戦を実行するにあたり、俺は母の愛読書を大量によまされた。そりゃもう夢に見るほどにだ。


 母の好きな小説で言うところの悪役令嬢がレオノーラであるとするなら、リーナの役どころはきっと、王太子と結ばれるヒロインといえるのだろう。そして彼女がヒロインであるとするなら、物語のようにリーナも少なからず、レオノーラや殿下の取り巻き貴族達に虐められている可能性はある。


 むろんリーナ嬢を虐げる急先鋒とも言えるのは自分である。だって王太子に悪印象を持たせたいから。だけども

これは違う。これはダメだろう。誰だよ。こんな事する奴は!


 こんな場所で一人泣いていたなんて…。嗚呼!なんで今俺はレオノーラなんだ?なんで悪役令嬢なんだ?出来る事なら俺は騎士が良かった。彼女を颯爽と助ける騎士になりたかった。心の底から湧き上がる感情に、身体が素直に反応してしまった。


気づけば、押し殺した声で泣く彼女の小さな背中を抱きしめていた。



 彼女の想像していた以上のか細さと小さを身体で感じて我に帰る。(やばっ!何してんの俺!?)



「!?…あ…あの…レオノーラ様?」。突然自分を嫌っている筈のレオノーラに抱きすくめられて戸惑うリーナが俺の腕の中で身動ぎする。


 離れなければと頭ではわかっているのに身体が動かない。




「レオノーラ様?」。再びリーナに問いかけられる。


 非常にまずい。まずい状況だが、腕の中にいるリーナの温もりと、リーナから香る女の子独特の甘い香りに、これまで散々消耗した心が回復する。腕を解けない。…いやほどきたくない。


「はっ…蜂がいるの!だから動いてはダメ!」。俺はなんとか言い訳を捻りだした。


「はっ、はい!」。リーナはすぐにそれを信じたようで身動ぎを止め、すっぽり俺の腕の中に収まったままになった。本当は蜂なんていないし、羽音もしないけどな。


 どうせ今、他の生徒は教室にいるはずだから、誰かに見られる心配はおそらくないし、もう少しこうしていたい。


 俺より随分と低いところにある頭に顎を乗せる様にしてリーナを抱きしめ直すと。彼女の髪からふわりと良い香りがする。背中から伝わる温もりも心地よい。ずっと抱きしめたいと思っていた小動物が自分の腕の中にいる。もうそれだけですべてどうでも良くなりそうだ。


 どのくらいそうしていたのか、さっきまで泣きながら震えていたリーナの肩が落ち着いている。涙も止まったようだ。それに気づいてゆっくりと身体を離す。


「ごめんなさいね。もう大丈夫みたい」。…ゔっ…気まずい。


そして改めてリーナを見る。涙は止まったようだけど、泥だらけなことには変わりない。泥だらけのリーナを抱きしめた俺の制服もまた泥だらけだ。


「…ああ、これでは授業どころじゃありませんわね」。高飛車公爵令嬢の演技を崩さず、彼女に浄化魔法をかけた後、自分にもかける。


ぶわっと風が巻き起こると吹き飛ばしたように体中の泥が消える。


「あ…ありがとうございます。レオノーラ様は浄化魔法お使いになられるのですね?」。リーナは目をパチくりさせて綺麗になった制服を眺めながら礼を言う。


「魔法属性が風や水の者でしたらたいてい使えますでしょう?光魔法にはありませんの?浄化魔法?」。そういえば光魔法なんて属性は伝説級にめずらしすぎて、どんな魔法がつかえるのかよくわからないな。光魔法というからには何かを明るく照らすとかそんなかんじだろうか?


「光魔法にそんなことができるのでしょうか…?実は力に目覚めたのはつい最近の事で私にもよくわからないのです。何が出来て何が出来ないのか…。この力に目覚めるまでは魔力が0だったので魔法つかえませんでしたし。魔法に関しては落ちこぼれなんです私」。リーナは悲しそうに呟いた。「だから聖女なんて無理なんですよ。本当は」。そう言って俯くリーナの目に再び涙が溜まる。あ、ヤバいまた泣くのか⁉


「そっそれを学ぶためにここへいらしたのでしょう?やる前から弱気になるなんて愚かでしてよ」。悪役令嬢らしく文字通り上から見下ろす上から目線で言ってやる。本当は抱きしめて励ましてあげたいんだけどね。出来ないからね。ここは叱咤激励するしかないよね。でも悪役が叱咤激励ってのもどうかと思うんだけど。


「光魔法なんて、何の役に立つやらわかりませんけど、きっと王国にとても重要だからこそ聖女なんて地位をあたえられたのでしょう。あなたが今やるべきことは、そうしてうじうじすることじゃありませんわ!少しでも国の役に立てるよう学ぶ事でしてよ」。偉そうにフンっと鼻をならして腰に手を当てふんぞりかえる。

 嗚呼、こんなときでも完璧な悪役令嬢を演じてしまう俺。なんだか悲しい。


「ほらボヤボヤしてる暇はありませんわ。探して見つからないものなどとっと諦めて教室にいかないと。朝礼は間に合いませんでしたけど、一時間目の魔法学にはまだ間に合いますわよ!」。そう言ってリーナの手をとった。






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