2.防犯システム
たゆんたゆーん♪
……と、目の前で揺れているレベッカちゃんのお胸。
代金の支払いと、薬の効果を報告しに来てくれた……のは良いとして。
女視点でも、この胸の揺れは目のやり場に困ってしまう。
「あーし、踊り子のトップを目指すよぉ~♪」
本人の目標も、以前と比べて随分と大きくなってしまったようだ。
まぁ……最終的に、目指すところまで辿り着いてくれれば嬉しいけどね。
純粋に、友達として。
「うん、応援してるよ!
ところでレベッカちゃん、うちのお客さんになってくれそうな人、いたかな?」
「ごめーん。ここのところ、痛みに耐えるのが精一杯で、まだ探せていないんだぁ……。
でも、10万ルーファのためだもん。絶対に誰か紹介するから!」
「出来るだけ早いと嬉しいなぁ。
……それにしても、痛みに耐えながら仕事をしたって……本当?」
「だって、ステージの予定が最初から入ってたんだもん!
すっごく汗かいちゃって、座長にも心配されたんだから~っ」
「うーん?
いつもと違う様子だったのに、座長さんは止めてくれなかったの?」
「初日は止める勢いで心配してくれたんだけどねぇ。
でも2日目からは、ボーナスが付いちゃって」
「ボーナス? 体調が悪いのに、頑張って踊ったから?」
「ううん。何だかねぇ、汗がはじけ飛ぶのが好きなお客さんがいたんだって。
それで、そのお客さんからチップ……みたいな?」
「……やっぱり私、そっちの業界は理解不能なところが多いわ……」
「まーまー。
あーしとしては、少しでも稼げて助かったんだから。
エステルちゃんに支払って無くなっちゃった分、しっかり稼いでいかないとね!」
「あ、一括払いが難しければ、ローンも組めたよ?」
「そ、そうなの!?
……っていうか、エステルちゃん! いっつも大切なこと、後から言うの止めてよ~っ!?」
「う……。そ、そうだった?」
「胸が痛むのだって、三日三晩続くのだって、後から言ったじゃーん!!」
「ご、ごめん……。私って、昔からこんな感じで……」
「ゆ・る・し・ま・せ・ん!!
だから次の依頼は、20%値引いてね!!」
「あ、誰かの紹介を追加でくれれば20%……」
「それとは別に、20%!!」
「む、むぅ……」
……ま、まぁ?
頂くお金の半分以上は手間賃だから、問題は全然無いんだけど……。
でも値引きが簡単なイメージが付いてしまうのは、私としてもブランド戦略がごにょごにょ……。
「いーい? 絶対だからね!!」
「し、仕方が無い……。
でも1回だけだからね!」
「……本当に?
へへ、やったぁ~★」
私が苦渋の決断をすると、レベッカちゃんは一転して満面の笑みになった。
まぁ、この笑顔が見れただけでも値引く価値は十分に――……あるわけ、無い!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レベッカちゃんを見送ってから、ひとまず私は背伸びをしてみた。
大きく息を吐いて、吸ってから、改めて自分のお店を振り返ってみる。
『錬金術のお店 アトリエ・ガーネット』
お洒落で小さな看板が風に揺られて、小気味好い音を立てている。
ちなみに、お店の名前にしている『ガーネット』……というのは、私の苗字でもある。
――エステル・ガーネット。
それが私の名前。
ガーネットっていうのは宝石のひとつでもあるから、看板にも色を合わせたガラス玉を埋め込んでいる。
本当ならガラス玉じゃなくて、正真正銘の宝石を入れたかったんだけど……そんなことをしたら、すぐに盗まれちゃうからね。
「……さて。レベッカちゃんのルートからは紹介がまだ来なさそうだし……。
それまで、どうしようかなぁ……」
ひとまずレベッカちゃんの売り上げはあるから、今月の収入がゼロになることは無いけど……。
でも、私へのお給料がちゃんと払われなきゃいけないからね。
お客さんの悩みを解決したい、というお店ではあるけれど、私だってお金の悩みを抱えたくは無い。
私のお店は慈善事業なんかじゃない。
だからやっぱり、少しずつでもお客さんを開拓していかないといけないなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――コンコンコン。
天気も良く、陽気も春らしい昼下がり。
私がお店の中で本を読んでいると、開いていた扉を叩く音が聞こえてきた。
「もしもし? このお店、もうやってるの?」
「あ、はい! いらっしゃいませ!」
私は椅子から立ち上がり、慌てて扉の前まで移動する。
今回来たのは、直に30歳になろうかという女性だった。
「ここは……、錬金術のお店?
草がたくさんあるけど、草屋じゃないの?」
……草屋?
「いえ。この草は全部、錬金術に使う素材でして……。
それとこのお店、お客さんの注文を聞いてから作るスタイルなんです」
「ふーん、そうなんだ?
あたし、向こうの通りの南側の2ブロック先の斜向かいに住んでるんだけどさ」
「はぁ」
……どこ? 近いような、遠いような……。
このお店とは、あまり関係の無さそうな場所に暮らしているようで。
「あたし、その辺りの住民の取りまとめをしているの。
それでね? このお店をみんなに紹介してあげるから、いくらかあたしにまわしてくれない?」
「え、えーっと……?」
「あなた、ここで商売を始めたばかりなんでしょう?
あたしみたいな人間、敵にまわしたら怖いからね。
それじゃ、明日にでも誰か連れてくるから♪」
……そう言うと、その女性はさっさと帰ってしまった。
え、えええぇえー……。
何だか面倒な人に当たっちゃったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少し気分が悪くなったので、今日は早々に店仕舞いをすることに。
この辺り、自分が店主だから自由自在なんだよね。
正直、お客さんがまだいないっていうのも大きいんだけど……。
「……振り返ってみれば、こういうときの対応は考えていなかったなぁ」
真面目にものを作って、真面目にそれを売って、売り上げをたくさん伸ばしていく。
基本的には商売なんてそれで良いんだけど、中には困ったお客さんもいるわけで。
私には強そうな知り合いなんて誰もいないし、誰かを用心棒に雇う……っていうのもまだ早い気がする。
少なくとも、2人分の給料を稼げるようにならないと赤字なわけだから――
「……っと。
払えないなら仕方が無い。何か作ろうかな」
私のお店は、困った人を助けるためにある。
だから私が困っているときは、私自身が助けてあげれば良いのだ。
……今までに覚えたものから考えて……。
今回は、防犯用の何かを作れば良いだろう。
しかしあくまでもさり気なく、あまり目立たないものを――
「……えぇっと。
『縄』と『銅線』と『アルモリカ球』……だっけ?」
素材を見つけてから、椅子に座って1本の長い縄を膝の上に置く。
そしてアルモリカ球と呼ばれる、海の上で採集する不思議な小さな球体を両手に取って――
「……錬成術、始動」
その言葉と共に、アルモリカ球はパァッと宙に溶けていき、不思議な文字になって円環状に形を成した。
私の髪と同じようなピンク色。……いや、もう少し紫に近いかな?
銅線も不思議な文字に変換させて、そのまま宙に浮かばせておく。
……儚く光る文字は、幻想的な世界を作り出す。
個人的にはもう見慣れたものだけど、初めて出来たときは胸が凄く高鳴ったっけ。
物質を不思議な文字に変換して、それを基に新たな物質を紡ぎ出す。
薬草を調合したり、化学反応で何かを作る……そんな『錬金術』とは、まるで違う『錬成術』。
私は宙に漂う文字を指に巻き取り、膝の上の縄に丁寧に編みつけていった。
縄の端から端までを終わらせたところで、次は薬草を数種類、同じように縄に編みつけていく。
……時間は全部で1時間くらいだったかな?
私の手元には、うにょうにょとうごめく縄が作り上げられた。
名付けて、『防犯用の縄』!!
……まぁ、そのまんまなんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌日の昼下がり。
窓辺のテーブルでうつらうつらとしていると、外の方から喧しい声が聞こえてきた。
誰かが大声で喚き散らしているような……。
お店の扉を少し開けて、外の様子を恐る恐る眺めてみる。
すると庭に仕込んでおいた『防犯用の縄』が、昨日の女性を宙高く放り上げ、ぶんぶんと振り回しているところだった。
「……あれ?
あそこまでやるつもりは無かったんだけど……。もっとこう、目立たない感じで……」
宙を舞う女性の下では、見知らぬ女性が呆然とその様子を眺めていた。
察するに、あの女性から私に依頼をさせて、紹介料をふんだくるつもりだったのだろう。
……ま、あの人からの紹介じゃ、私も仕事は受けたくなかったからね。
申し訳ないけど、今回は選り好みをさせて頂こう。
私がお店に引っ込む頃には、振り回されていた女性は気絶をしてしまっていたようだ。
縄はそれをトリガーに隠れる設定だから、今回のことは正体不明の事件として処理されるだろう。
……うーん。
でもせめて、ご近所様には周知くらいしておいた方が良いのかな?
うるさいだけでも、十分に近所迷惑だからね……。