1.本日開店、よろしくお願いします!
私の故郷の南の南、船を乗りつぐ遠い場所。
広い大地の片隅の、きれいな水がたくさん流れる交易都市――
……水の都、『クラルス』。
「やぁっほ~♪ エステルちゃん、元気ぃ~!?」
そんな明るい声と共に、私の背中に軽い衝撃が走った。
……まったく、この人は。
私の背中から忍び寄って、いつもいつも勢いよくぶつかってくれるんだから。
「もー! レベッカちゃん、普通に話し掛けてよ!!」
私が振り向くと、そこには同い年の美しい女の子が立っていた。
まだ15歳だから、多少なりも可愛らしさは残っているんだけどね。
「あははー、ごめんごめん!
これ、あーしのクセだから! いい加減、エステルちゃんも慣れてぇ~?」
そう言うと、レベッカちゃんは私と目の前のお店を交互に見てから、紙の箱を差し出してきた。
見るからに、ケーキでも入っていそうな箱だ。
「これ、何?」
「開店祝いだよぅ♪
お店、今日から始めるんでしょ?」
「わぁ、ありがと!
はぁ~。クラルスに来てから半年、ようやくここまでこぎつけられたよ……!」
……錬金術の世界には10歳で入り、そこから早いことでもう5年。
私は故郷で腕を磨いてから、この街には半年前にやって来たばかり。
そしてようやく今日、自分のお店を出すに至ったのだ。
「本当におめでと~!
えへへ、同い年の子が頑張ってると、あーしも張り合いが出てくるよ♪」
「レベッカちゃんも踊り子、頑張ってるからねぇ。
私はちょっと見物に行けない場所だから、応援しか出来ないけどさ」
「エステルちゃんも早く彼ピ作って、一緒に観に来てよぉ~」
「いやいや、今は恋愛よりもお店だし……。
そもそもそこって、彼氏と一緒に行く場所でもないでしょ?」
「男の子の性欲は無限なのだ~★」
「せい――……って、いやいや、それは置いておいて……!
ところでお客さんが来るまで、中でお喋りでもしていかない?
ほら、レベッカちゃんの差し入れもあることだし!」
私は受け取ったばかりの紙の箱を、レベッカちゃんに見せるようにして軽く揺らした。
「うん! 実はね、しっかり2人分買って来たんだぁ~♪」
「あはは、そうだと思った♪」
……今日は私のお店の開店日。
でも実は、お店の宣伝なんかは全然していない。
基本的にはクチコミで、徐々に徐々に広げていきたいって感じかな。
だからレベッカちゃんとのお喋りも、きっと営業のひとつになる……はず、なんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ケーキを突きながらしばらくお喋りしたあと、レベッカちゃんが話題を変えてきた。
「ねぇねぇ、エステルちゃん。
このお店ってさ、お客さんの注文を聞いてくれるお店なんだよね?」
「うん、そうだよ。お店の中、素材の展示しか無いでしょ?
必要があれば素材を見てもらって、そのあと私が色々作るって感じなの」
「ふむふむ……。
でも錬金術って、大きな窯で煮込んだりするんだよね?
やっぱり時間が掛かるもの?」
「あ、私の場合はちょっと違くてね……。
でも、他のお店よりは短い時間で済むから。そこは安心して?」
「おぉー、企・業・秘・密★
……んとさ、それじゃあーしから依頼を出しても大丈夫?」
「え? レベッカちゃん、何か欲しいものがあるの?
他のお店で買えるものなら、そっちの方が絶対に安いからね?」
「んー。あーしの欲しいもの、どこにも売ってなくてさ~。
それでエステルちゃんなら……って、今日をずっと待ってたんだよぉ♪」
「ごめんね、ずっと忙しくて……。
それで? レベッカちゃん、何が欲しいの?」
「胸が大きくなる薬!」
……レベッカちゃんは明るくはっきり、そう言い切った。
一瞬間が空いたあと、私は彼女の胸を改めて見てみる。
……既に、十分大きい。
私の胸のサイズだって、世間一般で見れば普通に大きい方だ。
しかしレベッカちゃんの胸は、私よりももう少し大きい。
その上で、さらに胸を大きくしたい……、だと?
「……その薬、必要?」
「必要なんだよぉ~。
あーし、もっとお金が欲しくてさ~。
それで座長に相談したら、やっぱり男の子ってそう言うのが好きらしくて?」
「……私、男性不信になりそう」
「エステルちゃんが好きになりそうな男の子は、エステルちゃんのサイズで十分だと思うよ~?」
そう言いながら、レベッカちゃんはニヤニヤと私を見てきた。
「……何とも反応がしにくい。
まぁ、そういう薬も一応あるけど……」
「わぁ、本当にあるんだ! さっすがエステルちゃん♪
お値段、どれくらいな感じ?」
「えーっと……。
素材的に、50万ルーファ、100万ルーファ、500万ルーファの3種類かな」
「うぇっ!? やっぱり高いねぇ!?」
「まぁねぇ……。
でも他のお客さんを紹介してくれるなら、2割引きで大丈夫だよ」
「うーん。それでも、一番安いのは30万ルーファかぁ……」
「いやいや、計算間違ってるって。一番安くて、40万ルーファ」
ちなみにレベッカちゃんのお給料は、推定で30万ルーファくらいになるのかな?
だから一番安くてもひと月分以上のお給料。逆に一番高いのは、年収を軽く超えてしまう……というわけだ。
「むー……。
ちなみに、値段が違うとどうなるの?」
「一番高いのは、レベッカちゃんのイメージ通りの薬だと思うよ。
飲んだらすぐ、ぼいーんっと」
「おぉー、それそれ!
……っていうと、他のは違う感じ?」
「一番安いのだと、ちょっと痛かったり、他の影響があったり……。
真ん中の値段のやつは、その辺も真ん中って感じかな」
「うー、選択肢がほとんど無いなぁ……。
よーし、それじゃ一番安いのでお願い!!」
「あ……、本当に買うの……?
……うーん」
「えー? 何、その反応? あんまりオススメしない感じ?
でもここまで聞いちゃったら、絶対に使うし~!?」
「そこまで言うなら……。
それじゃ、在庫持ってくるね」
「あれ? もう作ってあるの?」
「この薬はね、ちょっと前に別件で作ってて……」
「ふーん? 同じことを考える人、いるものなんだねぇ♪」
レベッカちゃんの表情が、ぱぁっと明るくなった。
既に実績がある薬なら、不安なんかも解消されるものだからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――んぐぐぐぐぐうぅぅぅぅ~っ!!!?」
『胸が大きくなる薬』を一気に飲んだあと、レベッカちゃんは苦しみだした。
この辺りはまぁ、前に飲んだ人と同じ状態だ。
単純に副作用……というか、身体が大きく変わるための痛みなのだろう。
「三日三晩くらい続くから、頑張ってね」
「えぇえー……っ!?
いや、マジ、無理……」
「やっぱり止めるなら、効果を消す薬もあるよ。
10万ルーファだけど」
「ぐぅ、高い……!!
でも40万ルーファを無駄にするわけには……んぐぐっ」
「うーん、やっぱり辛そうだね……。
痛みを和らげる薬なら、アフターサービスで分けてあげるけど?」
私は近くの棚から、少し大きめの瓶を持ってきた。
中にはとろみのある液体がタプンと揺れている。
「さ、最初からちょうだいよぉ……。
それでこれ、飲んじゃえば良いの……?」
「ううん、これはマッサージで揉み込む用のだから……。
家に戻って使ってね」
「んぐぐ……。
え、えぇー? ここで使っちゃダメぇ……?」
「いや……。
その、あんまり友達の……。そういう姿を見たくないと言うか……」
「あー……。
確かにあーしも、エステルちゃんのは見たくないや……」
「……でしょ?」
「そ、それじゃもらっていくね……。
お金は痛みが収まったら持ってくるぅ~……。んぐぐぐ……」
「はーい、お大事に~」
ふらふらと帰るレベッカちゃんを見送ったあと、私は帳簿に今日の売り上げを付けることにした。
帳簿には燦然と、『500,000』ルーファの文字が!
……う~ん、感動!
これからも、お客さんの要望を聞きながら、たくさん稼いでいきたいな!
――4日後の後日談。
お金を払いに来たレベッカちゃんの胸は、なんと10センチほども増えていた。
ちょっと他のお肉が減っていたけど、その辺りは値段相応の効果……って感じかな?
座長からは何があったのか聞かれたそうだけど、レベッカちゃんは誤魔化したらしい。
他の踊り子と差を付けるため……だとか何だとか。
……ま、自分のお給料を上げたいなら、絶対にそうするよねぇ。