第2話 透過の魔法はちゃんとかけましょう
うーーん、今日はお月さんが明るすぎるな……やっぱりやめとこうかな……
リィズちゃんを美しく照らしていた月が同じように煌々と憲兵隊の兵舎を照らす。
忍び込むには少し明るすぎるかな。
しかし早めに回収しなくてはいつ処分されるか分からないか……モタモタしていたら明日には家畜の餌にされているかもしれない。
原稿に付けておいた印はこの憲兵隊兵舎から発せられている。
さてさて、こっそり忍び込んでうまくいくかな……
兵舎一帯は薄くだが侵入察知用の結界が敷かれている、まあ、当然といえば当然なんだが。
『はーーー、よっこいせ』
結界をこっそりと作り変える。
普通の魔導士ではそれなりに苦労する場面なんだろうが、こちとら妖精さんの加護もマックスに受けてるのでほぼ勝手に妖精さんが作業してくれる。
後で戻しとくのも忘れんようにしなきゃな。
次に気配遮断とか姿を透過する魔法や暗視、周囲の音をカットする色々な魔法を自分にかける。
このあたりの補助魔法は精霊さんを呼んで働いてもらう。
ここぞとばかりに考えられる補助魔法を一通りかけまくる、こんだけやりゃバレんやろ……精霊さん達しっかり頼むで。
正直、こっそり建屋に忍び込むなんて経験ないから緊張するなあ、これ。
いつもなら問答無用で相手を吹き飛ばすだけだからなあ……
一応身バレすると怖いんで持ってきたほっかむりを被るかあ。
古臭い、王道の泥棒スタイル完成。
しかし我ながら、王道の泥棒ってなんか変な言い回しだな。
なんだかんだ準備して兵舎の入口付近を伺うと何人か警備兵が立っているのが見える。
塀を魔法で乗り越えて侵入してもいいのだが、補助魔法が効いているか試してみるか。
試しに門番の前を通り過ぎてみる。
『…………………………………………』
反応が無い。
はははは、こりゃ精霊さん達凄いな。
補助魔法が効いているとはいえ、あんまり音を立てるのはなんだか怖いのでゆっくりと忍び込む。
…………………反応は三階か。
羊皮紙に付けた魔力の反応は上階から発している。
しかし押収品みたいな物は、金庫に保管されている可能性があるよなあ。
金庫に保管されていた場合の開け方とか考えてなかったわ。
まあいざとなれば金庫ごと持って帰るか、重力制御の魔法でなんとかなるやろ。
そのまま階段を上がる、羊皮紙の反応が近づいてきた。
途中、何人かとすれ違ったが気づかれた様子は無い。
あーーーーそれでもドキドキするなあ、心臓に悪いよほんと。
さてとここか。
目の前には普通のドア。
んんんんん――――?????
ドアには木札が掛かっていた、そうカイルラインと――――
あ――――
あ、ここもしかしてここ、カイルライン様の部屋か?
うううううんん――――ええのかな?
おそらくこの時間だと本人が室内にいる場合は就寝中と思われる。
うううううんん――――ええのかな?
まあ仕方ないか。
ドアにはカギ、まあ当たり前か。
解錠の魔法は意外と難易度が高い。
はっきり言ってドアを壊していいのなら簡単なのだが、ドアを壊さんようにするのが難しい。
小さな妖精さんに色々お願いして10分ほど。
意を決してハンドルを回す。
音を立てずにゆっくりと忍び込む。
入口からは中の様子は伺えない。
入口のすぐ目の前は壁になっていて、一旦壁沿いに歩いてから突き当りを左に曲がる造りになっていた。
この造りなら入口からすぐに中を見られる心配も無いわけだ。
慎重に音を立てないように中へ進む。
暗視の魔法で中がよう見えるわ。
中は広めのリビングになっていた。
どうやらさらに奥の部屋があるみたい。
リビングにはドアが一つ。
あそこが寝室っぽいなあ。
羊皮紙の反応はリビングには無い。
くそう、ここに反応があれば会敵せずに家探しして帰れるのにいいいいぃ。
はあーーーーっ、緊張するなあ、本当。
ほんま疲れるなと思いながらリビング奥のドアを開ける。
中にはベッドが一つ。
人の気配がある。
ベッドの脇には椅子が一つ、羊皮紙の反応は椅子の上から。
おわーーーーーっ!!! あったーーーー! 私の原稿!!!!
意外にも羊皮紙は椅子の上に無造作に置かれていた。
良かった、金庫には入って無かった。
ゆっくりと忍び足で椅子の羊皮紙に手を伸ばしゲットする。
と、ついでにベッドで眠る御仁に目を向ける。
ほわわわわ、やっぱりカイルライン様だ。
はややや、寝顔も美しい。
いかな騎士団長といえど、この世界で最強ランクの精霊にがっちりガードされている今の私は感知できまい。
むほほほほ、あ、これはシャッターチャンスかもも。
はよう逃げなきゃいかんのは百も承知だが、こんなチャンスは滅多に無い。
邪魔くさいのでほっかむりを取り、両手の親指と人差し指でよくある四角い枠を作ってカメラのフレームを作る。
光の精霊さん、精霊さん、カモン!
私の呼びかけに光の精霊さんが答える。
意思疎通の魔法で肩に現れた小さな精霊さんにお願いをする。
――私から見えるこの枠の中に映っている景色を保存してほしい――
光の精霊さんは肩から指の枠を覗き込む。
――なぜこのような人が寝ている場面を残すの?――
――趣味です――
光の精霊さんは首を横に振った。
――人としてどうかと思うよ――
光の精霊さんの答えは辛辣だった。
――いや! お願い! 何というか不謹慎なのは分かっとるから!――
光の精霊さんはまた首を横に振った。
コ、コイツ! 使えんな!
『う、ううん』
ハッ! やばい!
カイルライン様が目を覚ます!
――ひ! 光の精霊さんがぐずぐずするから!――
――邪な願いは叶えません――
などと光の精霊さんと罵りあっているうちにカイルライン様の上半身ががムクリと起き上がった。
『……………………』
ごくり。
精霊魔法で色々がっちりガードされている今の私は見えないはずだ!
『……………………?』
カイルライン様がこちらを凝視する。
『なぜ?』
なぜ?
『なぜ、あの如何わしい羊皮紙が宙に?』
宙に?
私が小脇に抱えている羊皮紙を凝視しながらカイルライン様が呟く。
はっ! しまった! この羊皮紙に透過の魔法かけるの忘れてた!
あかん! ということはカイルライン様には羊皮紙がひとりでに宙に浮いてるように見えてる!
『はっ!? 曲者か!』
カイルライン様はそう言うとベッド脇に置いてあった剣を抜き、斬り掛かってきた。
うお!!!!!
なんとか一撃を躱し、入口にダッシュする。
ドス!!!
うわ!
自身のすぐ横、壁に思いっきり剣が突き刺さる!
『むっ! 外したか!』
ひええええええええ!!!
入口から飛び出し廊下を駆け抜け、窓から外を目指す!
『曲者だ! であえ! であえ!』
時代劇でしか聞いたこと無いセリフを吐きながら、カイルライン様が追いかけて来る!
あばばばっば!!!
窓から屋根に躍り出る!
ひえええええええ!
ここからは飛行魔法で逃げる!
そう呪文を唱えようとしたときだった。
『強制解除!』
おわっ!
い、いつの間に! 速い!
流石というべきなのか、いつの間にか追いついていたカイルライン様、すれ違いざまに呪文解除の魔法をかけられてしまった!
『むう、子供か』
透過、気配遮断、無音、暗視、色々な補助魔法を解除されてもうた。
『あばばばばっば』
『邪教の使いがまだ年端もいかぬ男児とはな』
ふっ、確かに同年代女子と比べて成長著しく無いが、外見評価が年端もいかぬ男児とは、とほほ。
『大人しくしろ、そうすれば手荒な扱いはしない』
『うぐぐ』
『最も、兵舎に忍び込み、あまつさえ私の寝室に侵入した罪はそれなりに償ってもらわなければならないがな』
むううう、こいつはヤバイな。
さっき撮影の邪魔なのでほっかむりも取ってしまった……あんまり顔を見られると覚えられてしまう。
さてどうするか。
『賊は! 賊は! 何処でしょうか!』
ぞろぞろと庭に兵隊が出てきた。
『ふむ、投降の意思は無いようだな』
カイルライン様はスラリと剣を構え、次の瞬間、一気に間合いを詰めてきた!
速い! ちょーーはええええええ! ちょちょちょスピードアーーーーーーップ!
咄嗟に身体能力アップの魔法を自分にかける。
うお! わっと! よっと!
なんとかカイルライン様の三連撃を躱す!
『む? 貴様、ただものではないな?』
あっぶねーー、掠った!!!
正直、この世界に来てから戦った相手でも1、2を争う剣撃だよカイルライン様。
『あっ、あそこだ!』
庭にいた兵士達に気付かれた! うお! みんな上がってくる!
さてどうするか? 正直、本気出せばなんとかなりそうな気もするが、あまりカイルライン様を傷付けたくはない。
このまま逃げても追いつかれそうだし、逃げ切れる気がしない。
相手を傷付けず、力を無力化する方法。
『ふう……』
私は深いため息を吐く。
エナジードレインしかないかあ。
エナジードレインしかないよなあ。
『なにをニヤニヤしている!』
カイルライン様は警戒している。
あ、思わず顔に出てしまった。
エナジードレイン、相手の生気を吸い取り気力を削ぐ魔法。
魔法というか、本来はアンデッドとかが使う能力だ。
相手を殺すことが目的では無く、その生気を吸い取ることを目的とする高位アンデッドが使う能力。
私は色々な妖精をまぜまぜして似たような呪文を作ったことがある。
『多少痛い目をみてもらうぞ!』
カイルライン様が向かってくる。
『ハァ!』
身体能力アップの魔法をかけてこちらもカイルライン様へと飛び込む。
『な!』
こちらから向かってくるのが予想外だったのか、カイルライン様に動揺が見えた。
そのまま接近して喉の辺りに手を添える――
薄い紫の光がカイルライン様を包み込む。
『うっ……』
それから1分ほど、カイルライン様は崩れ落ちた。
うふ、うふふうふふふふふふふ。
おいちーーーーー!!! イケメンのエナジーおいちーーーーーー!!!
何と言うか、まろやか!
喉越しが良い!
コクがあるのにキレがある!
甘露!
天地陰陽の気の調和を感じる!
以前使ったときは、くそショーも無い相手だったから、なんだかエナジーもまずかったが今回のエナジーは旨い!
あかん、これは下手をすると病みつきになる味だ。
もし死んで高位アンデッドになったらイケメンを狙おう!
『それにしても……』
うふふ、やはり寝顔がかわいいのう。
横たわるカイルライン様の寝顔を見つめながらニヤニヤしていると兵隊達が集まってきた。
とりあえずカイルライン様を中庭に運んで寝かしておく。
『トオッ!』
一度言ってみたかった掛け声と共に飛行魔法を唱え、私は夜の闇へと消えるのだった。