もみじを狩って
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふふふ。つぶらやくん、このところは秋とか冬の写真ばかり見てるのね。
気持ち分かるわあ。暑い時には涼しさを求め、寒い時には暑さを求める。自然なこととはいえ、はたから見るととてつもなく現金な考えに思えない?
ガマン、辛抱といったって、隣の芝生は青いもの。実際に手で触れられなくても。いえ、触れられないからこそ、魅力的に見えてしまうものが多い。
でも、目の前にあるものだって、使い方によっては自分が望む以上の効果を望めるかもしれない。他人の視線や気持ちに病まない、強い気持ちがあればだけどね。
私も友達に、そんなちょっと変わったことを試みた女の子がいたわ。彼女の話、聞いてみないかしら?
その年は、珍しく夏の暑さがすんなりと遠ざかったときだったわ。
8月の末から、もう秋を思わせる涼しい風が吹き出し、9月に入ると封を切ったように、木々の緑は黄色や赤色に変じていく。
みんなの服装も、日に日に秋物、場合によっては冬物さえ引っ張り出してくるほど、気温は急降下する。つい十数日前までは暑さにあえいでいただろう子供たちが、早くもその暑さを懐かしみ出すっていう、奇妙な空気が漂っていたわ。
そんな中、件の彼女が動いたの。
度を越した寒がりの彼女は、その日もぶくぶく着ぶくれの重ね着に、ロングマフラーをグルグル巻き。耳あてにニット帽を足した、はてなマークすら浮かびそうなファッションで震えていたけど、ついに休み時間に吠えたわ。
「もういやだ! 今日から夏、探しに行ってくる!」
堂々過ぎる宣言に、他のクラスメートは「はあ?」とあきれ顔。カレンダーの上じゃ、すでに9月も半ばを過ぎている。天気予報でも、これからずっと気温は下り坂の模様だ。
かなわぬ夢を叫ぶ、少女のざれごと。大半の子はスルーしたんだけど、私は彼女の言い分に興味があった。
私はさほど厚着をしていないけど、こっそり服の下にカイロを仕込んだりしている派。夏の暑さを、じんわりと懐かしがっているひとりだった。
どんな手を使うかは分からない。それでもこの寒さを、少しでも紛らわせることができるなら、知っておいて損はなさそう。
放課後。さっさと教室を後にしようとする彼女に、私は追いすがって何をするのか尋ねてみる。
彼女は食いつきがあったことが嬉しいらしく、先ほどまでの仏頂面をささっとしまい込んで、ニコニコしながら話してきた。
少し前に聞いたおまじないのひとつで、そのためには「もみじ狩り」が必要なんだと、説明してくれたわ。
もみじ狩り。それがもみじを見て楽しむ意味だということは、すでに私も知っていた。彼女もそれを承知の上で、あえて告げてくる。本当にもみじを「狩る」必要が出てくるんだって。
いったん彼女の家へ寄った。中へは入らず裏手に回ると、彼女は倉庫の中からゴミ用のビニール袋と、二本の小さい熊手を取り出してくる。
「これでね。真っ赤なもみじだけを選んで、片っ端から拾っていくの!」
目を輝かせる彼女。自分との温度差に、ちょっと引き気味になりながらも、私は彼女の希望通りに動いてあげる。
さっきも話したように、すでにこの辺りには紅葉の気配があふれかえっていたわ。それでも真っ赤な葉っぱのみを探すとなると、少し骨が折れる。私が大丈夫だと思うものでも、彼女に言わせるとボツ、というパターンがいっぱいあって、道路に落ちているものだけではたいしたかさが集まらなかった。
それでもめげず、私たちは学区内の公園やお寺など、大きな木が植わっている場所をめぐって、真っ赤な葉っぱを回収していったわ。
私の門限が近づくと、この作業は中断。けれど彼女は翌日も、同じことをやる気まんまんらしかった。
私もそれにつき合ってあげる。巡回するコースを変え、前回から繰り越した袋の中の落ち葉の量は、着実に増えていた。いずれも彼女が認める、「深紅の精鋭たち」ばかり。
「まるで、このまま火が噴けそう」
私の何気ない漏らしを拾って、彼女は頷いたわ。
「そうよ。本当に火が噴けちゃうくらい、すごいものを作るの。そうすれば夏がすぐそこに戻ってくるのよ」
またも目を輝かせる彼女に、私はまた不信感を覚える。
私たちがやっていることは、ほんの気休めだと、私は思い込んでいた。けれど彼女は、頑なに夏の再来を信じているかのよう。
――本当に、ここまでつき合っちゃって良かったのかな?
ゴミ袋に真っ赤な落ち葉が半分ほどまで溜まると、彼女は向きを変えて、学区内を流れる大きな川へ足を向けたわ。
そこの岸の一角には人が二人ほど、すっぽり中へ入れてしまう、小さい穴が口を開けている。彼女の話では、あらかじめ用意していたものらしかった。
ちらりと頭をよぎる想像。その思い浮かんだ流れそのままに、彼女は袋の中のもみじを穴の中へぶちまけたの。どさどさと雪崩を打って転がり入る紅葉たちは、思ったよりもたくさんあったみたいで、穴の半分ほどをすっかり埋め尽くしてしまう。
その溜まり具合をのぞいて、彼女はしきりにうなずくと、穴を指さして私を促してくる。
「今から、もみじ風呂に入らない?」ってね。
本気か? と思ったわ。
確かに予報通り、今日は夏が終わってから一番の寒さ。9月の下旬なのに、すでに2ヵ月以上は時季を先取りしているかのようで、私も彼女も汚れ以前に、素で手袋のお世話になっているほどだった。
新聞紙にくるまると、思いのほか暖かいというのは聞いたことがある。紙面を成す繊維のすき間に温かい空気を取り込んで、その熱を感じることができるからだ、と。
けれど、路上に転がっていたもみじたちに、もまれるなんてちょっと……。
私がまごまごしている間に、彼女は熊手と袋を置くや、ぴょんと穴の中へ。彼女の身体が埋まると共に、穴のふちから飛び出すもみじたちは、あたかも湯の張った風呂の水しぶき。
彼女はというと、肩近くまでもみじ風呂に浸かりつつ、目を閉じてご満悦の表情を浮かべている。これもまた肩へ湯をかける要領で、もみじを肩へかけていくの。
彼女の顔はやがて赤みを帯び、汗も垂れ始めている。とても演技でできるとは思えない様子に、私はますますいぶかしげにもみじ風呂を見つめてしまう。
この寒さの中、やせ我慢だけでこんな真似を続けるわけがない。それこそ、ここにこたつが置かれている、とかでない限り……。
「――入らないの?」
かすかに揺らぎ出した私の気持ちを、彼女が後押ししてくる。緩みきったその顔は、心の底からとろけてしまいそうだったわ。
私はついに、誘惑に勝てなかった。
ちょっとだけ足先をもみじ風呂につけてみると、葉っぱを相手にしているとは思えない、お湯のようなにじむ温もりが広がってきたの。温泉に初めて足を入れた感覚にそっくり。
あとはもう誘われるがまま。私は葉っぱを相手にしていることも忘れて、着の身着のままもみじに身体を浸してしまう。外気とは雲泥の差のお風呂の感覚が、たちまち私の全身を覆いつくす。
服越しにもかかわらず、私は湯船に浸かっているような感覚に襲われた。周りにあるのは真っ赤なもみじだけなのに、顔の前を湯気のような暖かみが撫でて、うとうとと船を漕ぎ出してしまう。
しかもとどまっている間、足元はますます温まり、外気にさらされる頭は冷える一方。もうコタツみたいだなあ、とうっかりまぶたを閉じかけて、いきなりぐいっと腕を取られたわ。
「はい、おしま〜い。早く出ないと溶けちゃうよ〜」
ぱっと彼女は穴の上へ飛び乗ると、腕を掴んだまま私の身体も一気に引き上げてしまう。
肩が外れるかと思う痛みが一瞬だけ走ったけど、それ以上に驚いたのは私の下半身。
スカートから靴下にかけての私のさらした肌は、もみじの色と見紛うくらい、真っ赤に染まっていたの。その表面はさわると、ぬるりと滑って血がにじんでいるのが分かったわ。
「気持ちいいんだけどね〜、どこかで我慢しなきゃいけないんだ、これ。
やっぱり季節に合わないことをすると、パワー? エネルギー? みたいなものを、余計に食っちゃうんだ。だけどなかなかやめられなくて。
私もね、もう浸かり過ぎて5センチくらい背が縮んじゃったんだ」