天国の入り口
春の暖かい日、友人のミブちゃんと旅に出た。ミブちゃんは足にけがをしていて、松葉づえを使っていた。
「ミブちゃん、足はどうしたの?」
「交通事故にあってね。結構大変だったんよ。リンちゃんが、旅行の予約をしてくれてたのに、来られなかったらどうしようかと思ってた。でも、なんとか歩けるから、来たのよ」
「まあ、観光地もあまり立ち寄らないし、おいしいものと温泉の旅だから、なんとかなるよね。とにかく、いっしょにこられてよかったわ」
「うん」
バスの中では、他愛のない話でもりあがり、途中の道も春の花が咲き始めていて、うきうきするような景色。なんとも楽しい時間となった。
ふと、となりの座席を見ると、以前住んでいた街のオオトモさんのおじいさんが乗っていた。
「あら、オオトモさんじゃないですか?お久しぶりです、お元気にしてられましたか?」
「ああ、リンちゃんか。わしは、ずっと心臓が悪くて入院していたんだ。でも、退院できることになって、旅行も大丈夫と言われて、久しぶりに来たんだよ。景色もいいし、たのしいよ」
「よかったですね。今日は、バスも満席みたいですね。みんな、それぞれ楽しそうですね」
「そうだね、リンちゃんも楽しみましょう」
「はい」
そんな会話をしているうちに、目的地の旅館に着いた。おいしい料理、素晴らしい景色と温泉が自慢の宿だけに、落ち着いた外観と玄関の見事な桜が目を引くところだった。
バスを降りると、仲居さんが、
「田中様はおられますか?こちらにどうぞ」
などと、手際よく宴会場の席に案内してくれる。もちろん、ミブちゃんも呼ばれて行った。けれど、リンは、最後まで呼ばれず、
「リン様は、こちらに来てください」
と、従業員の控室に案内されてしまった。
「あの、なにかのまちがいでは?」
と、慌てて聞くと、
「いえ、リン様は、まだあちらには行けないので、宴会のお手伝いをしていただきます」
と言われて、制服に着替えさせられて、宴会場の料理を出す仕事を任せられた。
あわただしく働いた後、やっとおにぎりの軽食を食べるように言われた。でも、小休止の後には宴会場の片づけを言いつかり、働きづめで働いた。それも終わり、疲れ果てて、
「あの料理、おいしそうだったな。私も食べたかったのにな」
と、不満交じりにつぶやくと、同じように働いていた女性が、静かに窓の外を指さした。
窓の外には、美しく剪定された庭に、先ほどの宴会を終えた人たちが歩いていく姿が見えた。その先は、黄金に輝く庭が続いている。そして、歩いていく人たちも、黄金の庭に近づくにつれ、美しく光だして、庭に溶けていく。オオトモさんも、ミブちゃんもそこにいた。なぜか、ミブちゃんは、松葉づえもなしで歩いていったのだ。
びっくりして、先ほどの女性を振り返ると、
「みなさんは、この世での最後の食事をして、天国に行かれるのですよ。あの料理を食べたら、もう生きては帰れません。ここは、天国の入り口なんですよ」
という。
驚きすぎて、声もでない。
その時、いつもの間抜けな目覚まし時計の音がして、目が覚めた。
朝の光が、まぶしく、リンは思いっきり手を伸ばして、ベットから起き上がった。






